16 死神と呼ばれる男

「大丈夫だよ、トーヤはそんなことする人間じゃないよ」


 シャンタルが明るく笑って言う。


「さ、それよりも早くご飯食べて部屋に帰ろう。お兄さんが一人で不安だと思うよ」

「う、うん……」


 そうして急いで夕飯を食べて部屋に帰る。

 幸いにもアランの状態は落ち着いていて、もう意識を失うこともなさそうだった。


「よかったな、兄貴」

「本当に世話になりました」


 ベッドに寝たまま、シャンタルに頭を下げる。


「うん、本当によかった」


 シャンタルはそう言って満面に美しい笑顔を浮かべる。


「あの」

「はい?」

「本当に男の人なんですか?」

「兄貴、何聞いてんだよ!」

「いや、だってな」

「うん、お兄さんだよ」


 また笑ってシャンタルが言う。


「何歳ですか?」

「兄貴!」


 ベルが慌てるが、シャンタルは落ち着いて、


「15歳」

「え、そんなに若いの?」


 今度はベルが驚いた。


「えーそんなに老けて見える?」

「いや、老けてじゃなくて、なんてのかな、えっと大人に見えるっての」

「落ち着いてるか?」

「うん、そう、それ!」


 アランの言葉にベルが右手の人差指でビシッとシャンタルを指差して言う。


「大人の女の人に見える」

「ああ、そんな感じだな」

 

 兄と妹がそう言って頷き合う。


「そうなの? でも大人でも女の人でもないから」


 そう言って楽しそうに笑った。


 そんな話をしていたら、ドアが荒っぽく開かれ、黒い短い髪の男が入ってきた。


「あ、トーヤ、お兄さん目を覚ましたよ」

「そうか」


 ろくにそっちも見ずにドサリと荷物を床に置く。


「ご飯は?」

「適当に食ってきた」

「そう」


 そうしておいてアランにつかつかと近づき、


「目ぇ覚めたか」


 そう言ってじっとアランを見た。


「はい、おかげさまで、お世話になりました」

 

 ベッドに寝たまま頭を下げようとするアランを押し留め、


「まあ意識は戻ったってもな、まだまだ傷は治ってねえ。しばらく不自由かも知れんが、とにかく今は元気になることを考えるこったな」


 そう言ってアランのベッドの横の椅子にどさりと腰を下ろす。


「トーヤ」


 シャンタルがトーヤに話しかける。


「なんだ」


 トーヤがぶっきらぼうに答えた。


「どこ行ってたの? ベルが、トーヤがさよならの準備をしに行ったんじゃないかって心配してたよ」

「へえ」


 トーヤが驚いた顔でベルを見る。


「なんでそんなこと考えた」

「え」


 ベルが困った顔でシャンタルを見る。

 シャンタルが大丈夫、というようにこくりと頷いて見せた。


「おれが」


 ベルが渋々のように話しだした。


「シャンタルって子のこと、ルーって呼んでたって言ったから」

「ああ、いたな」


 アランもその子に心当たりがあるようだ。


「それでなんでだ?」

「だって、トーヤは縮めて呼んだらだめって言っただろ? だから、それでおれのこと怒ったのかなと」


 トーヤはベルをじっと見て、


「つまらんな」


 そう言い捨てる。


「なんだよ、そんな言い方ないだろ!」


 ベルが怒ってそう言うが、


「とにかく、こいつの名前は縮めるな。それさえしなけりゃ怒ることもねえからな」


 特に気にすることもなくそう答える。


「そうなのか?」

「ああ、だが半分は当たってる」

「え?」

「さよならの準備しに行ったってやつな」

「え!」


 思いもかけない言葉にベルの顔色が変わった。


「おい、アランっつーたな」

「あ、はい」

「おまえ、元気になったらもう傭兵やめろ」

「え?」


 急にそんなことを言われ、アランも戸惑う。


「なんで……」

「なんでってな、このまま続けてたらおまえ、一年もせずに死ぬぞ」


 アランもベルも返事ができずにいると、


「だからな、ケガが治ったらこの町のどこかで住み込みで仕事でもしろ。それを探しに行ってた」

「え?」


 また思いもかけないことを言われた。


「いくつか聞いたら2人ぐらいなら雇ってもいいってとこもあった。動けるようになったらまた聞きに行って、いいところで仕事すりゃいい。ここが嫌ならよそでもいい。そこ探す間ぐらいなら面倒見てやるし」


 もう決まったことのように言う。


「おまえらの兄貴も傭兵やってて死んだんだろ? そいつ一人残して死にたくねえだろうが」

「トーヤだって傭兵じゃん!」


 ベルが異議を唱える。


「俺か? 俺はいいんだよ、腕も運もあるし死神だしな」

「死神?」

「ああ、何があっても生き残るんでそう呼ばれてる」

「うん、本当だよ」


 横からシャンタルもそう答えた。


「死神……」


 不吉な言葉に兄妹きょうだいが言葉をなくす。


「おまえらにはそういうのねえだろ? だからそうして命拾ったついでに足洗え。分かったな?」


 黙ったままいる2人に、


「そういやおまえ」


 ベルに向き直ってトーヤが言う。


「気になることがあるんだがな、こいつのこと初めて見た時『銀色の魔法使い』っつーたよな? なんで分かった?」

「え?」

「まだ魔法なんて使ってもなかったよな? なんで分かった?」

「なんでって……」


 ベルが困った顔になる。


「聞かれても困るけど、なんか魔法使いだなって……」

「なんだ、そりゃ」


 トーヤがちょっとバカにしたように笑い、


「おまえ、バカだけど鋭いな」

「なんだよそれ!」

「ほめてんだよ」

「ほめてねえだろ!」

「今もそうだ、俺が何しにいったかちゃんと分かってた。なんか不思議なガキだよな」


 そう言って今度は楽しそうに笑い、ベルは困りきった顔になった。

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