第43話 ガブちゃんも、体にきをつけてね

「急には元に戻せません。徐々にですので、そこは我慢して下さい」

「うん…、あ…!ああ!そうか…」


「どうしました…、ひょっとして…後悔…」

「後悔じゃない…んだけど…。そうだよな~、山下さん、かわいいな~という気持ちがね、気持ちがさ…、はぁ…」


「ビールたくさん、たくさん頂きましたので、もしよろしかったら何かお助けしましょうか?」

 う~ん…

「実はね、実はさ…、山下さんってかわいいな~、いい人だな~ってさ…、前からね、はぁ…仕方ないけれどね…」


 ああ、イカン!いけないよ、自分で拒否したばかりじゃないか…。だめだ、あ~あ…。


 笑っているガブちゃん。

人ってこんなもんなんだよ、弱いね、人って…。いや、小杉ってさ…、はぁ…。


「ヨットやられている小杉さんなら…」

 うん…?なに?

「わかりやすいと思いますが…」

 ガブちゃん、人差指をまっすぐ立て、僕に見せる。


「この天使こと、ガブちゃんは、小杉さんの人生を変えました。でも、小杉さん…、この天使は小杉さんの人生の舵をほんの5度程度変えただけです…。小杉さんでしたら、こんないい方しますかね、5度変針…」

 5度…?たったの…。


「本当ですよ、本当です」

 立てた人差指を少し斜めにした。

「やればね、その気になれば、人生なんて変わります。その気になればね…」

 5度変えれば、1マイル先ではどれくらい到達地点が変わるだろう…。だが、変えたのはたったの5度…。その気になればか…。


「それにね、いくら暇なガブちゃんでも、小杉さんのマグカップ、漂白したりはしませんよ…。飴だってFAXにつけたりしません…、ね!」

 いつも真っ白なマグカップ、FAXの飴…?そうなの…。


「さて、この辺でけっこうです」

立ち止まり、少し夜空を見上げて、ガブちゃん天使の微笑みを僕に向けた。

「気をつけてね、この前みたいなことないようにね…」

「はい!」


 ガブちゃんが右手を出してきた。

 僕は両手でそれをしっかりと握った。意外と暖かい…。

「小杉さん、ご協力ありがとうございました。助かりました」

ガブちゃんも左手をそえた。

「楽しかったよ…」

「小杉さんはいい人です。選んで正解でした」

 いい人の意味にはビールも入っているんだろうな。


「ただし、この不思議な体験の記憶は残りますが、私の顔形の記憶、それだけは消させて頂きます」

「そんな気がしたよ…」

「こんな体験、人に話しても信じてもらえないでしょうからそっちのほうはいいのですが、もう一度どこかで私に会って声でもかけられるとまずいですし、もう一度幸運を授けてくれ、なんて言われちゃいますとね、一度縁があって無理なお願いした生物さんですし、困ってしまうんですよ。なので、私の顔形を忘れて頂きます」


 手を強く握られる、ちょっと痛いくらいだ。

「もう、お会いできません、残念ですが…」

「残念だね…」


 僕らはやっと手を離した。

「お仕事、がんばってください。あと、山下さんの件も…」

「うん、ガブちゃんも、体に気をつけてね」


 どちらからともなく手を振った。雑踏の中にガブちゃんが埋もれていく。

 すぐに見失ってしまった。もう記憶を消しちゃったのかよ、ガブちゃん。


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