第34話 蝶の舞子さん、シマウマの島田さん

 汗をかいたような、白く半分凍った感じのジョッキからビールを飲んで、ガブちゃん、天使の微笑に戻った。


「魂の話はないです。ご安心ください、本当、人間の想像力、妄想力ってすばらしいですよね」


 安心したよ。

「それでさ…、おそれおおいいことだけど…、プラスアルファーって何ってことになったの? 同僚と…」


 ニラタマを全部食べられた。僕はおねえさんにもう一度ニラタマと、追加で冷奴を注文した。なんか肉系はガブちゃんに似合わないような気がしたので。


 ガブぢゃん、僕の注文をすごくうれしそうに頷きながら聞いたあと、

「さて…、本題は忘れてません。関連したお話をします。経験上、人間さんにはこういったお話の仕方のほうがいいみたいなんで…。本当です。天使は嘘はもうしません。こういった話し方、順序が一番いいようですので続けます」


 うん、死後や変なこと挟まないよ、聞くよ。僕はちょっと姿勢を正した。


「昔ね、ああ、個人情報だから、うん? 個匹情報だから、そうだ、舞子さんにしよう。そう、舞子さんという"蝶"がいましてね。いや~、きれいでしたね、飛びかたも優雅でした」


「蝶の舞子さんね…舞子さん…」

 例えがな~、まあ聞くよ。


「ええ、彼女を調査の対象にしたんですよ、でね、それをご本人が打ち切ったあと、すぐに蜘蛛の巣にかかっちゃいましてね…」

 涙ぐむガブちゃん。


「僕も鬼じゃなく、天使のはしくれですから、他の動物に化けて、『助けましょうか』と訊いたんです。でも彼女『たくさん卵も産んだし、もう十分に生きたし。ありがとう』と言ってそのまま亡くなられました」


「そう…。まだ飲むかい? ガブちゃん」

「あとで頂きます。きりのいいところで…」

 今は“きり”が悪いのね…。


「島田さん…にしよう。そうだ、シマウマの島田さん…」

「島田さん…」

 今度は島田さん…仮名はガブちゃんのサービスなんだろうけれど…。


「その方もすばらしいシマをお持ちでした。うっとりするくらいの、本当にきれいなシマウマさんでした。その方も打ち切った直後、ライオンさんに追われていたとき、たまたま足をくじいちゃって。たぶん、野鼠の穴にでもひっかかったんだと思います。まだまだ若くて強いシマウマさんでしたから…」


「なんか、先が読めるけれど」

「ええ、僕も鬼じゃないですから、天使のはしくれですから、なんとかしますよって言ったんです、他の動物にばけてね、『これも運命だよ。たくさん子孫残したし、俺、けっこうがんばって生きたし…』と言ってそのまま亡くなられました…」


 本当に泣いているよ、ガブちゃん。

「何か頼むかい?」


 首をふる。きっとまだ”きり”が悪いんだろう。枝豆とニラタマと冷奴が運ばれてきたが、ガブちゃんが手をつけないので、僕は遠慮した。

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