第19話 ラムネ

 そして部内の昇進祝い翌日の朝…。

 そう、巣鴨の亡くなったはずのアキラおじさんから電話があったんだ…。


 なんだろう…。いつまで続くの…。


 きっと、宝くじとか馬券とか、当たらないから買うのだろうな。絶対当たると思うと、とても買う気が起きない。


 ツイているのに、僕は何に失望しているのだろう。


*****************


 高梨さんは明るい。

 山下さんはかわいい。

僕にはもったいない。本当、こんな僕のどこがいいんだ…。

 こう思うこと自体、今自分がネガティブなのがわかる。

 ネガティブというか、困惑だね。


「ねぇ、高梨さん…」

「はい…?」

「僕のいいところはどこだろう…?」

 笑っている高梨さん。

「昇進うつですか…」

 ちがうんだけれどもな~。


「小杉さんのいいところは、やさしいところです」

「そうなの?」

「ええ…、自信を持ってください」

 ハハ…、そうなのかな? 気が弱くて優柔不断なんだよ、それは。


「どうしたんですか? なんか最近、元気ないですよ…」

 さすがに分かるのかな…、でも説明のしようがない。

「元気はあるけれどね、ツイているけれどね」

 うんうんと聞いている高梨さん。


「このままでいいのかな…って思うんだよね」


「昇進うつですね」

 ちがうんだけれどもな~。

「元気だして下さい。そうそう、初めて坐忘に連れていってくれたときみたいに」

「うん…」

 そうだ、あれは山下さんと初めてデートしたときのことだったな~。もう高梨さんとのことになっちゃっているんだよな。


 うん…?


「僕はさ…、あ…、僕はね、普段は女性をデートに誘うなんて勇気はなかったんだけれどもね。なんだろう…、あの時は…」

 きっかけは高梨さんに話してもらおう。完全に入れ替わっているならわかるはずだもんね。


「ふふ…。FAX持っていったんですよ…。なぜか経営企画部にきてたもんで…。そうしたら給湯器の前で会っちゃって…」


 そうだ…、やっぱり完全に入れ替わっているね…。

「そうです。ポストイットにメッセージが書かれていました」

「ちょっと書きました。小杉さん宛てだったんで、ラッキーって思ったんですよ…」

「本当に?」

「ええ、女子社員の間ではね、いろいろと男性社員のことを話すのですけれど、小杉さんはやさしいってことになってます」


 少しは、いや、かなりうれしいな。

「気が弱くて優柔不断なんだよ…」

 今度は声に出して言ってみた。


「それも個性です」

 ハハ…、そうなのかな?

 でも、そうだ、きっかけはメッセージだけじゃなかったぞ。そうそう、飴だ。

「文鎮がわりに、貰ったよね…飴。あとロビーでも…」

 高梨さんの表情がくもった。

「そんなことしてないと思うけれど…。誰ですか、小杉さんにそんなことするのは…。メッセージはすっごくかわいく書きましたけれど…」

 そう言って高梨さんは僕をすこし睨んだ。


「それに私はこれです…」

 バッグをちょっとのぞいてすばやく何かをだした。

「子供みたいだってみんな笑うんですけれどね。でも急な電話のときに、飴はすぐに食べられないですからね…。これならすぐにかんで食べられますから…」

 笑顔に戻っている。やさしくもあるんだね。

「でも、そうやってなにか置いておいたら…、男の人はうれしいのかな…?今度からそうします。まずは、はい、どうぞ…」

 高梨さんが僕の手に平の上になにかを置いた。軽いな…、何だろう。


 僕はそれを顔の近くまで寄せて見た。それはビニールに包まれたラムネだった…。


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