第17話 あの時

 「おめでとうございます!大阪のシステムトラブルがあったときにひょっとして…って思ってました。黙ってましたけれどね…」


 高梨さんがワインバーに誘ってくれた。昇進祝いだそうだ。

 といっても、急遽トラブル対応のため大阪に異動した係長の穴埋めなんだけれどね。

「そうなんですか…、じゃなくて、そうなんだ…。驚きました、じゃなくてね、うん、驚いたよ…」


 慣れないよ…、会社でもプライベートでも身分不相応だよ…。

「よかったですね、大変そうですけれど、よかったですね!」

 よかったのか…?いいのかな…?高梨さんうれしそうだ、どうしてさ…?


「なんか、残業代もなくなっちゃうし、どうなんだろう…、僕にできるのかな…」

「大丈夫ですって!基本給は少しは上がるし、手当てもでるし、ぼちぼちいろいろとおちついたらいいんじゃないですか?」

 ニコニコ笑っている。そんなに嬉しいのかな…?でも、“いろいろおちつく”って

なんか怖い感じがする…


***********


 部内の昇進祝いがあった。


 吉沢の気分はあまりよくないようだが、でも笑っている。たいした男だよ。

 前から気になっていることを訊いてみる。


「なんかさ…、怒られるかもしれないけれど…」

 吉沢は静かに酔っている。決して乱れることがない、いくら飲んでも、少し饒舌になるくらいだ。

「なんだ…、係長補佐には怒らないよ…」

「いじめるなよ…」

「バカ…。今時残業代も出ない管理職なんて、誰もうらやまないよ…。おそらく給料も変らないか減るぞ…」


 俺の肩を抱く吉沢。手がでかい。

「気にするな…。すぐに追いつく…」


 いいやつだ、吉沢は…。いつも思う…。

 そうだ、かなり前だけど、そう強く思ったことがあったっけ…。

 あれはいつだっただろうな…。


「なんかさ…、なんかね。前から気になっているんだけどね」

 やっと本題に入れるな…

「まだツキすぎているんだよ…、本当に…、きっとこれもさ…」

 ギュっと肩に痛みが走る。でも、やさしい。


「悪くないだろう。ツイてないほうがまずいだろう…。そうだ、宝くじのおこぼれもらったよな…。いいじゃないか、ツイているほうが…」

 吉沢はきっと昇進のことだけだと思っている。違うんだよな~。でも、なにも言えないしな…。


「おかしいんだ…。絶対に、いろいろと…」

 店員さんに俺と周りの人のビールを頼んだあと、吉沢は言った。

「気にするなよ…、本当に怒るぞ」

 そう言いながら、目が笑っていた。


 いいやつだ…。いいやつ…、ああ、そう言えば…思い出した。

 あの時だ…あの時も強く思ったっけ…。


吉沢は他人を助けて、でも笑っている。そうだ、あの時だ。


 ”あの時…”。


 え~っと、二人とも多少飲んでいたんだよな。悪いことばかりで、部品構成システムもうまくいかなくて、かなりやけ酒に近かった飲みだった。いつだったかな…。


 そう、翌日にあれだ!おしりのほこりを気にしたっけ…。どうして気にしたんだ…。


 ああ、ああ、かわいいかわいい山下さんに…。

 そうだよ、おしりを見られなかったかな…って。


 うん!そうだ、山下さんを誘った日の前日だ。


 吉沢はいいやつで、僕といっしょに他人を助けたんだよ…、それで、僕のおしりにほこりがついていてね。


確かこんな感じだった…。

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