第5話 坐忘

 昼の休憩時間。

 軽くそばを食べて、時間をつぶすため書店に寄る。昼休みはできれば一人になりたい。ずっと会社の同僚と顔を合わせていてもめんどくさいだけだし…。


 「KAZI」という超マイナーなヨットの雑誌を読んでいると、そのスポーツ雑誌の棚の向こうから聞きなれた声がした。向こう側は婦人誌、旅行系だったかな?


「ここ、ここのお店ね、行ったことがあるよ、え…?何言ってんのよもう、旦那と!ダンナとよ!」

 うん…?総務の佐々木さんの声だ。


「ちょっとね、奥まった所にあるんだけれども、創作中華料理のお店でね。おいしかったよ。なんて言うのかな、ナスを揚げたのを中華ソースでからめた料理…、あとオーソドックスだけれども麻婆豆腐がね、おいしかった…。そうそう、マンゴープリンは絶品だった」


 聞いているだけでおいしそうだよ、昼飯食べたばかりなのにさ…。

「行きたいな~、マンゴープリン食べたいし、麻婆豆腐も大好きなんですよ…」

 これまた聞きなれた声がしたが、すぐに誰かはちょっとわからないな。アレ ?

でも今朝聞いたような気がする。アレ…、あ…山下さんだ…。


「行きなさい、川崎だけれども、誰かに連れていってもらったら?」

「いないです。佐々木さん、連れて行ってください!」


「はは、無理無理、家から逆方向だしさ。旦那がね、接待されて行ったお店なんだ。おいしいっていうから旦那だけいい思いするの!ってすねたら休日連れて行ってくれた…」

「川崎ならうちから近いんだけれどな…。家族で行こうかな…?で、このお店なんて読むんですか?」


「坐るに忘れるで、ざぼうって読むらしいよ。山下さんもたまには親孝行したら?」。

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