僕らは好きを抱えて今日も生きる

@chauchau

第1話


 未来を知ることが出来ないように、過去を変えることもまた出来はしない。あの時こうしていれば、もしくは、しなければ、そんな悩みは考えるだけ無駄だと切り捨てられるほど少なくとも僕は強くない。


「や、やめてください……」


「困っている顔もめっちゃ可愛いじゃん! 絶対楽しいから良いっしょ!」


 過去に戻れたとして、それでも僕はきっと繰り返す。

 目の前でクラスメートが困っている時に見て見ぬふりをする男になんてなりたくはないから。


「止めなさい、困っているでしょう」


「ッ!」


「はぁ!? ちょぉぉテンション下がるんで……す、け……ど?」


 身勝手なナンパ野郎の手が彼女の肩に届く前に割り込んだ。

 ともすれば、少女漫画の一幕だが残念だけど現実はそんなに甘くはない。


「その子、先約あるから」


「美人さんがキタァァァ!!」


 女装している分際で、助けた女の子と始まるラブロマンスなどあるものか。騒ぐナンパ野郎を放置して、僕は彼女の腕を取り早足でその場をあとにした。



 ※※※



「それで何もせずにのこのこと帰ってきたってのか?」


「大して話したこともないクラスメートに、女装しているけど僕は五月乙女です、とか言えるはずないだろ」


「馬鹿だなぁ……、絶対にそれ恋愛フラグじゃん」


 僕、五月乙女さおとめ優真ゆうまは、幼馴染で親友の三日月みかけ真司しんじ真子まこ兄妹の家で午前中に起こった出来事を話していた。


「いや、待てよ……? あえて正体を明かさないことで向こうに女装中のお前を探させるシンデレラ作戦か……」


「与太話は小説のなかだけにしとけよ」


 双子の兄、三月真司はヤンキーな見た目をしておきながら中身は残念なオタクである。今の見た目にしても高校デビューは高校生でしか出来ない! と彼にしか理解できない信念のもとでの行いだ。


「……真司、そのネタはもう古い」


「絶対碌でもないこと言うつもりだろう」


「ほほう、申してみよ。我が妹よ」


「……すでに優真はナンパ男の手によってアヘ顔ダブルピース堕ち」


「案の定だよ」


「はっ……!?」


「それか……ッ! みたいな顔するな。ねえよ、どっちの意味でも綺麗な身体のままだよ」


 令和の時代に着物を日常的に着こなす高校生、双子の妹、三月真子は首をこてんと可愛らしく振舞いながらいつも通り下世話な台詞を吐き散らす。

 二卵性である二人は双子ではあっても容姿はまったく似ていない。派手な恰好をしているが平凡な顔つきである兄と、和装を好んでいるくせに目鼻の通った妹とは実に対照的である。


「じゃあもう何のために女装しているんだよ」


「何度も言わすな。僕は綺麗な女性が好きなんだ。そして女装中の僕は美しい。これほど見て楽しめるものがどこにある」


 小説や漫画で女装キャラは元から男のくせに可愛い……。なんて表現が多く見られるが、あえて言おう。


 綺麗は作れる。


 そして、顔なんてものは僕のように元が薄ければ薄いほど加工しやすいのだ。バ化粧なんて言葉があるがまさしく僕に相応しい。

 地味男子の僕が化粧の力で頻繁に声を掛けられるほどの美女に変身できるんだ。これを楽しむなと言うほうが難しい。ああ、そうだとも。


「僕は、女装している僕が誰よりも好きなんだ」


 理想の女性を追い求め、それを体現させる。

 一般的にはズレている感性かもしれないが、自分磨きの一環だと割り切っている。


「……真子も優真は綺麗だと思う」


「ありがとう」


「そこまで堂々と言えるのはすごいと思う」


「二人だからだよ」


 先日発売されたばかりの対戦ゲームを起動する。

 まだ発売されて三日と経過していないのに、僕と双子の腕前には越えられない壁がある。


「そうなると恋愛的な何かは始まりそうにないのか」


「残念だけど、そうだろうね」


「そういえば、助けたクラスメートって誰だったんだ?」


「……話に出てこなかった」


「ああ……」


 助けに入った時の困っている彼女は、申し訳ないけれど随分と綺麗だった。やはり元が美少女であればあらゆる表情が映える。


四月一日わたぬきさんだよ」



 ※※※



 美少女は切羽詰まっていても美少女である。

 などと言っている場合では。


「もう一度女装している姿でお会いさせてもらえませんか!?」


「展開が早すぎる」


 ないようだ。

 真司の言葉じゃないが、あの時助けてくれた人は誰だったのか。探している内に僕と知り合い、僕は僕と女装中の僕との魅力の差に苦悩するってのが定番なんじゃないのか。


 誰が想像するだろうか。登校するやいなや学校一の美女と名高いクラスメートに屋上へ連れ去られて、昨日の今日ですでに彼女を助けた女性の正体がバレていることを。


「私、……私!」


「四月一日さん」


「あの姿の五月乙女くんに恋しました!!」


「落ち着こうか」


 屋上への扉の傍でこちらを凝視している双子と目が合って、助けを求めることしか出来なかった。

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