第12話 電撃少女と七海もどき
七海は、いや、正しくは俺に向けて声を発した方の七海は。ぱちぱちと青い電撃を散らしながら狼狽えたように一歩下がる。
「なんで……ここに、先輩が」
隣に立つ同じ姿形をした七海の方は、表情を何ひとつ変えることなく。ただその青く光る瞳で俺をじっと見下ろしていた。
心臓が信じられないくらいに速く脈打つのを感じる。今目の前で起きていることに対してなのか、それとも、彼女が俺を呼ぶ声が今までとは違うものだと分かってしまったからなのか。
わからない。
もはやなにがわからないのかさえ、自分でもよくわからない。
隣を見る。
怯えるように小さく首を振った椎名と目が合う。もう見て見ぬふりを出来るような状況では無くなってしまった。いや、きっと最初からそんな状況では無かったのだ。
けれど。
今ここから逃げてしまったら、きっとなにも分からないままに夏休みが終わってしまう気がして。そうさせないために俺はここに来た。
「…………ほら、七海が俺に聞いたんだろ。その電撃、なんだと思いますかって。それを突き止めに来たんだよ」
かすれそうになる声をどうにか絞り出す。
揺れる木々の音で掻き消されないように、できるだけはっきりと。
「そんなの……」
七海がぎゅっと唇を噛むのが見えた。
一体こいつは、俺に何を隠しているんだ?
「――おもしろいなあ。きみが言っていたのはこの男の子のことなの?」
ぞくりとするほどに、澄んだ声が響いた。
七海の隣、同じ姿をした彼女を見上げる。
明らかに、違う。
彼女は、七海じゃない。姿形は同じだとしても、異質で異常なほどに異なる雰囲気を纏っている。
「そんなに大したものには見えないけれど」
くすくす、と笑い声が漏れる。
背筋がぞわりと粟立った。
……なんだ? 彼女の声に、一挙手一投足に身体が過剰に反応する。目が離せない。
「……大したもんじゃなくて、悪かったな」
震える手を握りしめて言い返す。
「きみは、どうしてここにいるのかな?」
七海がしたのと同じ質問だ。
その意味を考えるが、掴めない。なんでかと問われれば、今の俺ならこう答える。
息を吐いて、顔を上げて言う。
「俺の後輩が非行に走ろうとしててな。ギラギラバチバチ光るようになって、夜にこんな神社に入り浸ってる。ちゃんと歩く道を正してやるのが先輩の役目なんだよ」
「いや、言い方」
隣で椎名が小さくぼやく。
……ようやく落ち着いたか。
一瞬、七海もどきの顔が曇ったのが見えた。
「きみは、ほんとうになにも知らないんだね」
「知らないかどうかは本人に聞くさ」
七海に視線を向けるけれど、ぱちぱち、と青い光を纏いながら俯いたままで彼女は何も言わない。
「知らないことがどれだけおそろしいことなのか、きみは知ったほうがいいよ」
「それを知ろうとして俺はここに来たんだ」
俺は一段階段を登る。
知らないことは恐ろしい。その通りだ。
知らないこと、分からないことは怖い。
怖い。怖い。怖いから、俺は階段を登る。
七海もどきは表情を変えることなく俺を見下ろす。ここまで来たらヤケだ。こいつがなんなのか、七海から出る電撃に関係しているのか、せめてヒントくらいは掴んでやる。
「…………きみは、へんなやつだな」
あと二段登れば彼女と同じ場所に立つというところで、そんな声が飛ぶ。
「電撃が出たりだとか、同じ姿をしてたりとか、夜に神社をうろうろしているやつらよりはよっぽどまともだと思ってる」
あと一段。
「そこまでやれるのなら、きみは――」
階段を登り切る。
「せんぱ――」
七海が小さく叫んでこちらに手を伸ばす。
青い光が散った。
同じ顔をした七海もどきを真っ直ぐに見据えて。石造の鳥居に一歩踏み出したところで。
世界が、暗転した。
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