後輩の女の子の告白を断ったら、身体から電撃が出るようになったらしいんだが。

アジのフライ

第一章

第1話 電撃少女は青春の青に染まらない

 ――俺、新村にいむら帆高ほだかの元にその連絡があったのは、よく晴れた夏の日の夜のことだった。 


 先日、後輩の女の子からの告白を断った。

 すると彼女の身体から電撃が出るようになったらしいのだ。


 何言ってんだお前、この暑さで頭でもおかしくなったのかと言われても文句は言えないだろう。


 しかし、事実だ。

 ……念のため言っておくが、告白されたのも事実だ。そっちの方を疑うのはやめてくれ。


 夏休みを二日後に控えた、とある日の夜。

 俺は半信半疑で、いや、正直彼女の冗談だろうとは思いながらも指定された神社へ向けて自転車を走らせていた。


 ぬるい風が吹いていて、夜空には星がちかちかと煌めいている。こんな田舎町の良いところと言えば、この星空と人混みなんかが殆どないくらいのものだろう。


 家から自転車で十五分ほどの神社に着く。

 そこまで大きな神社ではないが、毎年夏祭りが行われている場所でもある。お祭りの当日、多くの灯籠が並ぶこの神社の景色は幻想的だ。


 境内へと続く階段のそばに自転車を停める。

 しかし夜の神社ってちょっと不気味だよな、なんて思いつつ階段を登る。石造の鳥居の手前の辺りに、件の後輩はちょこんと座っていた。


 薄水色の大きめのポケTにハーフパンツ。

 そんな格好で虫に刺されないのだろうかと心配になる。


「……あ、せんぱい。こんばんは」


 肩まで伸びたさらさらとした黒髪が揺れる。

 彼女はこちらに気づくと同時、安心したのか幼さを残す顔にふにゃりと笑みを浮かべた。


 七海ななみ瑠夏るか。高校一年生。俺の中学からの後輩だ。


「……よお」


 暗い神社に落ちる月明かりで照らされた七海の瞳は、星空みたいに深く輝いていた。

 彼女の白い肌がぼうっと発光でもしているみたいに見えて、俺は無意識のうちに空を見上げる。


「ここ、どうぞ」


 ぽんぽんと叩かれた階段に、七海に倣うようにして腰掛ける。途中の自販機で買ったサイダーを差し出すと、彼女はそれを嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます」

「で、なんだって?」


 俺がサイダーの蓋をひねりつつ訊ねると。


「せんぱいにフラれたせいで身体からばちばち、って電気が出るようになりました」

「……一応聞くけど、誰が?」

「私です」


 なんで自慢げなんだろう。


「やっぱり何度聞いてもちょっとよく分からないんだけど」

「そのままですよ。これ、絶対にせんぱいのせいです。こっぴどくフラれた日の夜からです」

「いやそれは流石に、無理があるだろ……」


 頭をかかえた俺を、七海はそのまんまるの目できっ、と睨みつける。


「せんぱいが可愛い後輩の告白を断るから」


 ――そう。俺は彼女の告白を断ったのだ。


 俺たちの間にはどうにも気まずい空気が流れ、このままもう話すことも無くなってしまうのではと心配していたのだが。

 まさか、こんな形で呼び出されようとは。


「……いや。いきなり言われると俺も心の準備がね?」

「いつになったら準備が出来るんですか?」

「で、なんの話だっけ」

「話を逸らさないでください」

「逸らしてない。戻したんだ」


 納得がいかないのか、七海はなにやらぶつぶつ言いながらサイダーの蓋をひねる。ぷしっと音がして、爽やかな香りが鼻腔に広がった。


「身体から、電気が出るんですよ」

「この機会に先輩が教えておいてやる。それは静電気というもので」

「ぶん殴りますよ?」


 物理が過ぎる。もし仮に身体から電気が出るのなら、そっち使って攻撃しろよ。


「静電気と違うの?」

「違います。めっちゃ凄いやつが出ます」

「めっちゃ凄いやつ」


 何言ってるんだろうなこの後輩。

 俺の視線に気づいたのか、七海は不満げに頬を膨らませる。


「ぜんぜん、信じてない顔ですね」

「……当たり前だろ。そもそもどうやったら出るんだよそれ」


 彼女はまたサイダーのボトルに口をつける。

 どこか勿体ぶるように濡れた唇を手の甲で拭うと、らしくもない真面目な顔で、どこか遠くを見つめながら言った。


「――実を言うと、全く分かりません」

「帰っていい?」

「ちょ、せんぱ……」

 

 立ち上がろうとした所で七海に腕を掴まれる。ばちっ、何かが弾けるような音がして、青い閃光が目の前を駆け抜けた。


「………………え?」

「……なるほど」


 彼女は納得したようにその小さな手をぐーぱーさせている。そしてこちらを見上げて。


「これ、私がせんぱいにドキドキしたら出るのかもしれません」

「今のどこにドキドキする要素が? ふざけんな。俺に一生近づくんじゃない」

「試してみましょう。そうですね、ちょっと抱きしめてもらえますか? ……はいっ」

「人の話聞いてる?」


 両手を開いておいでおいで、とでも言いたげな七海。少しだけ可愛いのが腹立つ。


「嫌に決まってんだろ」

「なんでですかっ……ふぁ、へくちっ」


 ばちばちっ。

 暗闇に一瞬、青い光が迸る。

 背筋をぞわりとなにかが駆け抜けた。

 ……俺は、何度か瞬きをして。


「…………なあ。これ手品かなにか? ドッキリ?」

「へ? 違いますけど。あ、出てました?」


 にわかには信じられない。

 でも、彼女の身体から何かが出ているのは間違いなさそうだ。


「……それ、どうやったら出るって?」

「せんぱいにドキドキしたらです」

「さっきくしゃみで出てたよね?」

「……もしかしたらドキドキした時とくしゃみした時に出るのかもしれません」

「限られた条件下すぎる」

「試しにドキドキさせてみてくださいよ」

「…………」


 どうしろってんだよ。

 ……しかし、ドキドキか。

 俺は顎に手を当て、先日読んだ青春ラブコメ漫画を思い出す。そして、言う。


「可愛いよな、七海って」

「…………!」

「……いや出ねえのかよ!!!」

「おかしいですね……けどドキドキはしました。へへへ」


 ほんのりと頬を染めてつぶやく七海。

 なんだよこれ。俺がただ恥ずかしい思いしただけじゃねえかちくしょう。


「これで分かりましたか。こんな可愛い私と付き合わないせんぱいに罰が当たったんですよ」

「全然分からないんだが? なんで七海が自慢げなんだよ。今の状況から鑑みるに、どう考えても罰が当たったのはそっちの方だろ」

「やっぱり、ちょっと一回付き合ってみるのはどうですか?」

「だから、付き合わないって言って――」


 その瞬間。


 ばちばちっ。

 激しい音とともに、青い光が七海の周りで弾けて消えた。


 本当に電気なのか? いや、電……気? 

 そんな言葉で表現するのは生ぬるい気がした。それは、まさに――。


 俺たちは目を見合わせる。


「え……マジで出るじゃん。バチバチじゃん」

「だ、だから言ったでしょう。やっぱりこれ、せんぱいのせいですよね。……責任、取ってくださいよ」


 それは、とても意地悪な笑顔だった。

 しかし俺はそれに応えるわけにはいかない。


「……いや、言ってなかったけど。俺、好きな子いるし」

「…………え?」


 ――ぱちり。それは、弾ける火花のように。


 七海が目を大きく見開いた。

 響いたその音に、俺は思わず後ずさる。


 ――ぱちぱちっ。それは、線香花火が散るように。


 青い光が散っては消えて。


 ――ばち。ばちっ。


 その点火音のような音とともに。


 目の前が、俺の視界が。世界が。

 激しい音と青い光に染め上げられていく。


 青の世界の中で、七海の瞳もまた染まっていく。まるで、夏の青空のように。


「嘘、だろ……?」


 そんな俺の声は、夏の夜空に溶けて消えた。



 ――後輩の女の子からの告白を断ったら、身体から電撃が出るようになったらしいんだが。

 なんか詳しい人、どこかにいませんか?


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