第13話 お嬢の北辰流の覚悟

 視線の先に扉が見えてきた。

 室内は畳表だ。ようやくに道場に到着のようだった。


 光川らに続いて、靴を脱いで室内に入ると、空手着を来た女性が股割りをしていた。最後尾の草下も室内に入ったところで、右足にペタリとつけられていた顔が上がる。


「ようこそ」


 東京駅から桃佳を藍服姿で案内した、伊能二等尉だった。


 見事な股割りの姿勢から、右脇に置かれた黒棒を手に、伊能はスッと立ち上がる。

 皆の方に歩み寄りながら、

「今日の前半戦はね、こういうの使うわ」

 と黒棒を桃佳に投げてよこした。

 

 正面から緩やかな放物線を描いて飛んできた黒棒を桃佳はキャッチした。軽く、表面は柔らかい。


(これから、外地へと赴くことになる私の剣を見ておこうというところでしょうね)

 その桃佳の思いのとおり、「振ってみて」と伊能は求めた。

 

 桃佳は軽く小手を打つように黒棒を振ってみた。

 竹刀とは異なるものだが、しなりは感じられる。

 

 桃佳の小手に、

「上杉家のお嬢様だと、お師匠さんは北辰流かしらね?」

 と伊能は訪ねた。

「ええ」

 と、桃佳は答える。

 お嬢様呼ばわりに、上杉家の剣を軽んじられたように思ってしまう。


「準備運動替わりに私と打ち合ってみようか。ムツムツ、桃佳ちゃんに更衣室、案内してあげてね」

 と、伊能。

 

「「はい」」と、むつみと桃佳の声が重なる。

 歩き出した睦に続き、桃佳は更衣室の方に向かう。

 

 背後から、光川の声がする。

「サンギ君はこっちな。君は武道やってないそうだけど、見込みありそうやから、おじさんが少しみっちり教えてあげよう」

 

 変態館長との第一印象を与えてくれた光川だが、道場で発せられる声に底知れない凄みを桃佳たちは感じた。


 (当然のこと)と、桃佳は思う。

 光川は強いし、伊能二等尉も強い。間違いなく。


 お嬢様の剣と挑発されても、カッとなってはいけない。

 伊能が真に修めた武術がそもそも剣術か剣道なのかすら分からないが、士官学校で必須科目とされる銃剣道はたしなんでいるのだろう。 士官学校の教程といえば、突きを主体とした銃槍術も有名である。あとは、脛攻めを得手とする薙刀術もある。


 それに、国防軍のパイロットをしている長兄の瑛佳えいかに、警護班の藍服組は、対テロ戦や市街戦を想定した訓練を積んでいると聞いたことがある。そもそもが長男ながら竹刀も剣もとうに手放してしまっている瑛佳えいかが、帰省ついでに訪れた道場で、10歳も年下の中2の桃佳から面や胴を取られた後の悔し文句ついでに聞いた話であり、その訓練がどのようなものかは知りはしないが。

 

 更衣室では、空手着、柔道着のようなものから、桃佳に馴染みのある袴や綿上着がある。袴は紺一色だが、上着は何色もある。

 脇から睦が、

「モナカちゃん、せっかくだからお揃いの色にしない? せっかくこれから即興コンビを組むのだから」

 と笑いかける。

 ムチムチ・・・ではなく・・・メリハリボディの睦とのペアルックに少し思うところがある桃佳だったが、満面の笑みの睦を前に、いいえとは言えない。

 

「分かりました」

 言葉の上では年長者への敬意を伴う答を返しつつも、桃佳よりも背が低いこともあってか、桃佳は睦との間の年齢差をあまり感じなかった。

 

 ☆

 

 睦のチョイスに従い、桃佳も、桜色に染められた綿上着を選んで身につけた。

 更衣室を出た睦と桃佳のペアルック姿を、草下と立ち話をしていた伊能が見て、ニヤリとした。

 

 ペアルックに油断してくれるなら幸い。お嬢と呼ぶなら呼ぶが良い。


 小学中学年までの兄の瑛佳えいかのなまくらな指導は、北辰流師範代の零佳れいかにこの数年鍛えられた、お嬢の北辰流で銃剣使いを打ち破ってやろうと、桃佳は、伊能を静かに見つめた。

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