Girls with Dirty Stigma

 子宮切除手術が普及し始めたころ、手術跡をデザインに組み込んだタトゥーやボディペインティングが流行ったことがあったらしい。欧米のセレブとかの間で。

 最初のころは大人になってからの手術になるから痕も大きくて生々しかったし、何より人工子宮への信頼度もまだまだ低かったから、健康な臓器を切っちゃう手術に踏み切るのは、結構大きな決断だったみたい。そういう時代もあったってことも、私たちは学校で教わる。不安の中で、女性の自由と自立のために勇気ある選択をした人たちのお陰で今があるんですよ、みたいな。彼女たちの選択を誇るため、そして周囲を励ますための色鮮やかなタトゥーは教科書にも載っている。


 でも、それらが淫紋って呼ばれてることについては載っていない。それは、ネットの裏話的に知る類のこと。

 とあるセレブが手術跡に施したタトゥーをSNSに載せたとき、主に日本のユーザーはざわついたらしい。下腹部にピンク系の色でタトゥー、って当時の人たちには文脈があったそうだから。例えば、こんな感じで。


淫紋!淫紋!( ゚∀゚)o彡゜

知らないって恐ろしいwww

あーあ🤣

誰か教えてあげて・・知らない方が良いのかな・・

In-Mon refers淫紋とは to a symbol or 女性の下腹部に design on a woman's 描かれた意匠等で under stomach and日本のエロ漫画では often means sexualしばしば性的な depravity in 堕落をJapanese意味 porno fictionsします.  Good Luck頑張って.


 コメントでの指摘と、あと大量の画像で送られたを見て、そのセレブは怒ったのか泣いたのか。使うべきでない単語を連発して凍結された、という説もあるけれど。とにかく、本来なら傷痕を隠すためのカヴァー・スカータトゥーと呼ばれていたはずのそれは、すっかり淫紋、という呼び方が定着しちゃった。今は可愛いデザインが主流なのもあって、字面の「強さ」とのギャップが逆に良いよね、って感じで。英語でもDirty Stigma堕落の烙印とかLewd Crestえっちな紋章とか言われてるらしくて、ちょっと攻めたファッションとして受け入れられてる。

 もちろん日本ではタトゥー自体が褒められたものじゃないってことになってるし、字面を理由に「ちゃんとした」大人は眉を顰めるものなんだけど。──でも、私にはそれがちょうど良い。


      * * *


「綺麗なお腹ー。若い子の肌ってやり甲斐あるわあ」


 彫り物師──タトゥー・アーティスト、とでもいうんだろうか。タトゥースタジオのお姉さんは、私のお腹を見てうきうきした口調でそう言った。下絵を描いていくペン先のくすぐったさに耐えながら、私は少しだけ笑う。


「……止めないんですね」


 未成年ひとりで訪れても施術しちゃうようなところだから、当たり前なのかもしれない。もうお金も払ったし(足がつくと面倒だから電子マネー不可って言われたのはちょっとドキドキした)、どんなデザインにするかも話し合ってる。今さら止めたら、なんて言われたら馬鹿にされたと思うところだろうに、止められないのもそれはそれで不安になるなんて勝手なものだ。


「自分の身体に傷つけなきゃやってられない時もあるよね」


 はっきりした顔立ちのお姉さんは、確かに二の腕や鎖骨に大きくタトゥーを入れている。蝶とか薔薇とか十字架とか。でも、お姉さんがシャツを捲って見せてきたお腹は、引き締まっているけど手術の痕がひっかき傷みたいに残っているだけ。

 淫紋は入れないんだ? あと、知ったようなこと言いますね? って私の疑問の視線に応えて、お姉さんはにんまりと笑みを深める。


「私、もと男だから。何の意味もないんだけど、形だけ真似したの。だから、まあ、そういうこともあるでしょ」


 瞬きしての言葉の意味を呑み込んでから、私はの心の中に思いを馳せる。

 存在しなかった臓器を取り出した、その痕を真似るなんて確かに無意味だ。でも、この人はそうしたかったんだろう。その理由は私には分からないけど、その気持ちは、多分今の私と似ているのかも。


「そう……そうなんですよ」


 この歳で赤ちゃんを、作るんじゃなくて産むことになってしまった清香きよかも、お臍を持って生まれてくることになる清香の赤ちゃんも、消せない烙印を負わされたようなものだ。きっと色んな人に色々言われて、苦労するだろうって分かり切ってる。私には何もできないけど──できないから。じゃあ、私も烙印を引き受けなきゃ。そう思ったのだ。はみだし者のDirty Stigma堕落の烙印をお揃いで、って訳だ。


「可愛いのを、お願いします」

「もちろん」


 大きく頷くが、頼もしい。私は訪れるであろう痛みに身構えて──目を閉じながら、思う。


 ──これはまったくの無意味って訳じゃない。妊娠には及ばなくても、淫紋を入れた生徒がいるって話題は先生たちやみんなの注意を惹けるはず。私は、清香の盾になれるはず。親は、まあ怒るだろうし、取り返しがつかないことも分かっているんだけど。


 子供は無茶をするものってことで諦めて欲しい。

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