第2話 王の企み

(くそ! こうなったら他の者を後継者にするしかあるまい。あの恥知らずめが、ワシにいつまでも迷惑をかけおるわ!)


 謁見の間には誰も訪れる予定がなかったが、国王が考え事をするには最適な場所ではあった。静かすぎもせず、かと言ってうるさすぎもしない。近くにいるのは護衛の兵士と大臣のみである。


 しかし、その日は来客が訪れることになった。二十台半ばほどの若い商人だ。だがギルは彼が挨拶をしても、黙殺して思考の海に沈んでいた。


(もう不要だし、消すか。だが、事はそう簡単ではない。ロランの奴は幼少より国民や貴族共に慕われ、国内の人気という一点では肩を並べる者がおらん。もし露骨に虐げる……または危害を加えようものなら、最悪暴動が起こる可能性もある)


 商人は国王が反応を示さないことに内心恐怖を覚えたが、得意の作り笑いで穏便に進めようと画策する。


「ギル様。実は今日、こちらに来訪しましたのは、あなた様にとびきり相応しく、素晴らしい羽衣を手に入れたからでございます」

(どうしたものか、あのような奴はもうワシの子ではない。むしろ、あの女の息子であるというだけで邪魔で仕方なかった)


 国王ギルの婚期は、他の王族と比較して遅く、三十代も半ばであった。とある地方の娘と婚約を交わして、第一王子であるロランが誕生することになる。


 彼は王族としては珍しく熱愛の末に結婚したのだが、妻は突然行方不明となった。他王子や王女は、現在の妃との間に生まれた存在だ。現妃と結婚したのは、ロランの母がいなくなってすぐのことである。


(許せぬ。奴め、ワシが育てた恩を忘れ、手酷く裏切りおってからに。あんな奴は殺してやる。何かないか……奴を上手く葬る手が)

「この羽衣にはですね。かの伝承に存在する魔王の息吹でさえも、たちどころに消し去ってしまうという力が込められています。それはもう素晴らしい一品です」

「……ん」


 ようやく彼は商人に返事をした。だが結局頭の中は王子への憎悪で溢れている。いつの間にか彼は、玉座の肘掛けを拳で殴り始めた。その姿に商人は怯え始める。


「あ、えっとですね。つまり、こちらの羽衣をご贔屓していただければ、天におわします神々の恩恵を授かることとなり、きっと今後の展望も明るくなるかと」


 ギルは話など聞いていない。再び陰湿な怒りは息子へと向かう。彼は元々ロランに愛情など持っていなかった。失望などすぐに通り過ぎ、今や憎悪が脳内を渦巻いている。しばらく椅子を拳で叩きつけていると、ふと顔をあげた。商人の先程の言葉に、思いがけない閃きを得たのだ。


「大臣よ。ロランの処……いや、旅立ちは決まった。奴を呼び出してくれ。それと、パレードの準備もな」

「なんと!? パレードですか? 突然何を」

「なあに、多くは聞くでない。全ては息子の為なのだ。派手に送り出す必要があるぞ。クックック。そうじゃ、そこのお前」

「は、はい!」


 呼ばれた商人は、背を伸ばして快活に返事をした。


「羽衣だかなんだか知らぬが、ワシに気に入られたくばもう少し面白みのある物を用意せい。今は幸い虫の居所が良いが、普段ならば容赦せぬぞ。消えろ」

「し、失礼しました!」


 商人は青い顔で一礼すると、そそくさと部屋から逃げ去って行った。ギルの顔には汚れた笑みが浮かんでいる。


 ◇


 スキル授与の儀式より一週間が過ぎ、ロランは落ち込みつつも剣や魔法の修行をかかさなかった。


 しかし、稽古をつけてくれる先生は呼べないことになり、食事もたった一人で取らされる機会が増え、少しずつ孤立していくことを実感していた。懐いていた弟や妹でさえ、国王の目が怖いが為に、彼に近づかなくなっていた。


「僕は、結局こうする以外にはないんだ」


 中庭で一人、鉄製の人間型をした的へ、ファイアボールを当てる訓練を始めようとしていた。初歩の魔法を覚えて以来、まだ新しい魔法を習得できていない自分が歯痒かった。しかし、今日久しぶりの訓練で一発目のファイアボールを放った時のことだ。


「あ……な、なんだ!?」


 詠唱を終えて火球を発動させたまでは良かったが、火の勢いがあまりにも強くなりすぎ、面食らった彼は庭を燃やしてしまった。


「ロラン様!」


 すぐに駆け寄ったベラが吹雪の魔法ブリザードを使用したことにより、大事にはいたらず消化することができた。突然の事態に驚いてしまい、転んだロランに手を差し伸べる。


「お気をつけくださいませ。魔法の修練とは、かくも危険なものです」

「ごめん。何をやってんだろ、僕は」

「落ち込むことはありませんよ。あなたには私がついています」


 あからさまに冷たくなった父とは違い、ベラは何も変わっていない。そんな彼女に、ロランは感謝をしたかったのだが。


「ベラ……悪いけど僕は、もうそんなもので喜ぶ歳じゃないから」

「あらー? これは意外でしたわ」


 いつの間にか目の前でガラガラを振られていた。呆れるばかりのロランを見て、ベラは反対に楽しそうである。


「では、こういうのはどうです?」


 彼女は手を後方に差し出した。示した先には、昔ロランが遊んでいた騎士の人形が草原に落ちている。

 だが、人形は急に薄紫の光に包まれると、立ち上がって規則正しく手を振りながら行進を開始した。


「うわ! 凄いじゃないか。ベラは物を操ることもできるんだ」


 ロランが感動している姿を見て、メイド長は嬉しくて仕方なかったらしい。傍目からもすぐに分かるほど興奮している。


「うふふふ! 私の魔法はこの程度ではありません。ではもっと派手なものをお見せしますね。ここから更にー」


 だが残念ながら、彼女の魔法を披露する場はすぐに終わった。少々焦り気味の騎士がこちらに駆けてきたからだ。


「失礼致します! ロラン様。陛下がお呼びです! 至急謁見の間へ来てほしいとのことです」


 一体どうしたというのか。しかしロランに拒否権はない。すぐに着衣を整え、謁見の間に向かうことにした。

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