第3話


 しばらく歩いていると、

「痛いっ!」

 親指に何かがぶつかって僕はつま先を抑えて悶絶した。

 どうして足の指ってこんなに脆いんだろうと頭の中で現実逃避をしながら暫く砂の上をごろごろとばたつく。やっと痛みが引いたあたりで僕の親指をいじめた「何か」を確かめにさっきまで歩いていた方を見やる。


「何か埋まってる?」

 砂の中から一部分を出している何か。銀色の金属かメッキの古そうな家具みたいだ。

「もしかしてお宝だったりして」

 僕は両手を使って埋まった何かを掘り起こした。それは随分と浅く埋まっていたので素手で掘り返すと直ぐに全貌が明らかになったのだが、その姿を見て僕は肩を下ろす。


「なんだぁ、ただの鏡か」


 出てきたのは僕の身長くらいある姿鏡。銀色の淵に青い流れ星の装飾が美しいけど、どうみてもお宝には見えない。綺麗だけど所々剥げかけているし、あまり大事にされていない鏡のようだ。


「幻のプラネタリウム投影機とか、未来の天体望遠鏡とかが良かったな」


 とはいえ、せっかく砂から掘り起こした鏡をそのまま捨てておくのは勿体ない気がする。せめて一度くらい使ってやろうという気持ちで僕は寝ていた鏡を起き上がらせ、その中を覗き込んだ。

 鏡面が砂で傷だらけの鏡は風のそよぐ水面のように微かに揺らぎ、ゆっくりと僕の顔を映しだした。少しだけ明るい栗色のくせっ毛、小学五年生にしては小さい身体、よく女の子みたいだと言われるまるい瞳、自信なさげに垂れ下がった眉毛、口を開くと少しだけ目立つ八重歯。


「夢の中でくらい、かっこよくしてくれてもいいじゃないか」

 僕は鏡に見慣れた僕の姿に少しだけがっかりした。どうやらこの夢はあまり僕にとって都合の良いようにしてはくれないみたいだ。



 鏡に向かってため息をつき、諦めて視線を外す。その瞬間。


「なんだ、辛気臭い顔だな」


 どこからか声が飛んできた。


「な、なんだ!?」

 誰もいないと思っていた砂漠のど真ん中で突然話しかけられたことに驚き、僕は尻餅をつく。そのまま首をぶんぶんと振って辺りを見回すけど誰の姿もない。


「まさか・・・」

 僕が恐る恐る鏡を覗き込むと、そこには僕とよく似た顔つきの銀髪の男の子が映っていた。


「うわぁっ!」


 僕が二度目の尻餅をつくと、鏡の向こうの銀髪の彼はニヤニヤと馬鹿にしたような顔でさらに話しかけてきた。


「おいおい、そんなにビビらなくたっていいじゃないか」

「だ、誰だお前は!」


 ガクガクと足を震わせながら尻餅のポーズでゆっくりと後ずさる。そんなの無駄と言わんばかりに銀髪の彼はぐぐっとこちらに手を伸ばし、なんと鏡をすり抜けた!

 そのまま反対の手、脚、頭、身体とゆっくり伸ばしてしまい、鏡に映った僕みたいな少年は全身そのまま僕の目の前に現れたのだ。


 顔だけはそっくりだけど全然雰囲気の異なる不気味な僕は、怯える僕をしっかりと見下して、再びニヤリとむかつく笑みを浮かべる。


「よぉ。とりあえず握手でもしようぜ、相棒」


 やけに荒々しい口調の鏡から現れた僕は、僕と同じように小さくて、ふわふわしたくせっ毛をしているのに与える印象が僕とは正反対だ。


 乾いた土見たいな僕の髪とちがってそいつの髪はアンドロメダ銀河みたいに神秘的な銀髪だし、瞳だって僕は普通の黒なのにあいつは海王星みたいに深くて美しい青色だ。なにより、やけにニヒルな口元とか堂々としたところが全然僕と別人で気に食わない。


「・・・な、なんだよ。急に表れて、君は誰なんだ」


 僕が鏡に映った姿から現れたくせに、なんで僕よりカッコいいんだ。怯える気持ちで声が震えているくせに理不尽な怒りが沸いて喧嘩腰になる。

 僕はゆっくりと立ち上がって、落ち着いているように見せるために膝の砂を払ってから奴の事を睨みつけた。


「さぁ? 俺だって俺が何者かなんてわからない」

「そんなわけあるか。自信満々に鏡から出てきたくせに」

「鏡から出る方法は知っているんだ。けど俺が何者かはわからないんだよ」

 奴はさっきから話の通じない子供をなだめるように呆れた顔をしている。子供なのはお互い様なのに。


「どこからきたの?」

「さぁね」

「家族は?」

「記憶にないよ」

「好きな食べ物は?」

「知らないね」

「僕の事知ってる?」

「はじめましてだな」


 僕ばかり子ども扱いされるのは下に見られているようでムカつくので、初対面の人と話すことが苦手な僕なりに精いっぱい歩み寄ってあげた。それなのにわからない以外の答えが返ってこないから困ったものだ。


「とにかく全部わからないんだ、仕方ないだろ。見た目だってこんなひ弱そうな顔じゃなかった気がするし・・・」

「僕の顔を馬鹿にするな」

「俺の顔だ」

「鏡に映った僕のくせに生意気だ」

「よその星から来たくせに、お前の方が生意気だ」

 奴の言葉に言い返そうとした僕の口が止まる。他所の星だって?

「なんだそれ、ここは僕の夢の中じゃないのか」

「お前の夢? なに寝ぼけたこと言ってるんだ。お前は何処か遠い星から来たんだろ」


 僕は僕なりの理論でここが夢の世界だと信じているのに、あろうことかこいつはそれを否定してきた。


「ここは『宇宙の惑星』だ。お前はこの星の人間じゃない」


「宇宙の惑星だって? そんなの聞いたことが無い。太陽系の惑星って言うのは水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星のことで『宇宙の惑星』なんてものはないよ。太陽系外惑星のことだったとしても、そもそも惑星は質量とか形とかが特別な星のことなんだから宇宙の惑星なんて言葉はおかしい」


「うるさいな、そういう名前の星なんだから仕方がないだろ。お前は自分の名前をそんなのおかしいって言われて納得ができるのか」


 納得できるもんか。僕は叶斗という名前をとても気に入っている。シンプルで描きやすいし、叶うっていう漢字が入っているのが素敵だ。僕の名前を馬鹿にされたら、学校では事なかれ主義を貫いている僕だって言い返してしまうだろう。


「わかったよ、仮にこの星が宇宙の惑星っていう名前の星だとするよ」

 自分で言っていて頭が痛くなる文章だ。


「だとして、僕はじぶんちの屋根裏部屋にいたのに気が付いたらここにいたんだ。ここが僕の夢か僕が勝手に見ている幻じゃないとおかしいだろ?」

「そんなの知った事か、宇宙の惑星はずっと前から存在しているし、お前の夢なんかじゃない。信じられないならつねってやるよ」


 そう言って彼は僕に断りもしないでほっぺたをつねってきた。

「いてててて! 何するんだ乱暴者!」

「ほら、夢じゃなかった」


 なんて乱暴な奴だ。僕とそっくりの顔で乱暴なことはしないでほしい。神様が僕とあいつを間違えて、死んだときに僕を地獄に送ったらどうしてくれるんだ。


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