屋根裏プラネタリウム

寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中

第1話


 ぷすっ。おおいぬ座のシリウスに少し大きめの穴をあけて完成した僕だけの宇宙は所々アンバランスだ。


 真っ黒いアクリル絵の具を何重にも塗った画用紙に開けられた無数の穴。今はただの穴だけどこの穴一つ一つがこれから星になる。星座図鑑の見開き5ページ目にある冬の星座早見表を見ながら一週間かけて丁寧に作ったこの宇宙も、めでたく今日で完成を迎えるのだ。

 一年で一番太陽の自己主張がうっとうしい季節、地面がアスファルトで埋め尽くされたこの街は特別に暑苦しい。そんな真夏の日に作りはじめた星空があえて冬の星座なのは、友達が少ないせいで退屈が増した夏休みへの復讐でも、街灯だらけで僕に満天の星空を見せてくれないこの街への嫌味でもなく、僕の誕生日が6月10日だからだ。


 つまりは僕、大住叶斗(おおすみ かなと)が双子座なので双子座が綺麗に見える冬の星空をひいきしたかったというただそれだけの話。一人っ子なのに双子座なんて変だと思った事はあるけど、クラスで一番身体の大きな鬼島君は乙女座だし、カナヅチの瀬尾さんはうお座だ。


「よし、これで完成」


 大き目のカップ麺をひっくり返したようなゆるやかな黒いドーム型は僕が二週間かけて完成させた自作プラネタリウム投影機だ。図工の成績2の僕が作ったものなので少し見栄えは悪いけど、大事なのはドームの綺麗さではなくこいつが映してくれる星空がどれだけ綺麗かなので見た目のいびつさは気にしない。


 僕にとって家の中でいつでも星が見られるというのは、普通の小学五年生でいうと全部のゲームやり放題とか、木の上の秘密基地で一晩過ごすとか、オリジナルヒーローに変身できるとか、巨大ロボットのコックピットに乗れるくらいにワクワクすることだ。一駅となりの市営プラネタリウムに行けば子供150円でいつでも見ることができるじゃないかと大人は言うだろうけど、何度も通っていると毎回同じ解説のナレーションが邪魔になってくるし、上映時間は10分程度で僕には物足りない。

 誰にも邪魔されずに、ごろんとあおむけになって無限に星空を見ていたい。きっと夜空の綺麗な田舎の子供たちはそんな僕の夢をけらけら笑って馬鹿にするだろうし、もしかしたら都会っ子の嫌味か自慢かと思われるかもしれないけど、とにかく僕は星空の中でぼーっと出来るような体験を夢見ているんだ。


「よいしょ、っと」

 先っちょがフックみたいになった長い棒を持ってきて、二階の天井をつつく。嬉しい事に僕の家には小さな屋根裏部屋があったので、初めてのプラネタリウム体験は屋根裏部屋でやると決めていた。狭くて天井が低く、天井が角ばっている場所の方が綺麗に映りそうだし、楽しんでいる途中に母さんが部屋に入ってきて興ざめすることも無さそうだからだ。

 長い棒でロックを解除したら、手をはさまないように屋根裏部屋へと続く階段をゆっくりと降ろしていく。階段の関節からカチッ、という音が鳴ったのを確認してから僕はゆっくりと登る。できたての投影機をうっかり落とさないようにそおっと、一歩ずつ頼りない階段を上り切ると、狭い屋根裏部屋にたどり着いた。


 暑い空気が閉じ込められていた屋根裏部屋には、僕がもう興味なくなった大きなクリスマスツリーとか、母さんが僕を産む前まで趣味でやっていたサーフィンのボードとか、そういう捨てるのは勿体ないけど押入れにあったら邪魔な物でひしめいていた。


 それでも今日というプラネタリウム上映初日の為に予め片付けをしていたので埃っぽさも我慢ができるし、僕一人分があおむけに寝転がるだけのスペースは確保されている。充電式の身に扇風機も持ってきたから暑さだって耐えられないほどじゃない。


 きぃ、ばたん。屋根裏の内側から扉を閉めると、狭いピラミッド型の空間は暗闇に包まれた。真っ暗になってしまえばここが狭い屋根裏部屋でも関係なく、星の消えた夜空に放り投げられてしまったような気分にすらなる。僕は手探りでプラネタリウムの裏側を触り、一か所へこんだ部分にある突起に爪をかけた。


「すぅ・・・はぁ・・・」

 わざとらしく深呼吸をすると、どくどく、と突然緊張が襲ってくる。これは傍から見ればただの夏休みの自由研究かもしれないが、大住叶斗にとっては偉大な夢が叶う瞬間になるんだ。僕は今、この狭い屋根裏部屋で初めて星空を手に入れる。


 カチリ、僕は指先に力を入れた。


 ドームの奥で点灯したライトの光が細かく開けられた穴からもれて、一瞬で屋根裏部屋の天井に星空を映し出す。斜め造りの壁に、三角の天井に、プラネタリウムを膝の上にのせていた僕のシャツに夜空が現れ、あっというまにそこは宇宙空間になった。


 床に寝転がるのも、投影機を床に置くのも忘れて、僕は思わず星空に魅入った。

 狭い筈の屋根裏部屋が無限に広がる宇宙みたいで、僕の呼吸に合わせて時々ゆらゆらと揺れる星空。特に天井の平なところに映し出された冬の大三角は非常に綺麗で、偽物だとわかっていてもここが宇宙のど真ん中みたいな気持ちになる。

 その少し北東に視線をずらすと、双子座がひと際輝いていた。本物の双子座よりも目立ってしまっているのは僕が興奮して少し大きめに穴をあけてしまったからだろう。おかげで北極星よりもオリオン座よりも目立ってしまっている。


 あまりに美しい僕の星空に感動して、じっくりとしんみりと、目を閉じた。ずっと見ていたい筈なのに僕の中にある感情の波が僕の瞼を無理やり閉じさせたようだ。とにかく、それくらいにこの屋根裏部屋は美しく、どんな星空にも負けないくらいに素敵なモノだった。


 そして、興奮するあまり疲れてしまったのか、暑さでふらついていたのか、僕の目はそのまま開くことが出来ずに頭の中がぼんやりとどこかに沈んで行ってしまった。



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