第46話 ルナはぷにきゅあに憧れる

 神はサイコロを振らない。


 これはかのアインシュタインの言葉だ。

 世の中に偶然なんてものは存在せず、すべては予測可能な出来事である。

 ざっくり言うとそんな感じの言葉である。


 だけど、ちょっと待ってほしい。


 生きているとどうしても、こう言わざるを得ない時がある。


 ――どうしてこうなった、と。


 すべては必然だったのかもしれない。

 だけど、その必然が訪れる理由ってのは、必ずしもわかるとは限らないんじゃないかな。


 例えばそう――


「マスター! 一緒にぷにきゅあになろう‼」


 あほの子天使のルナが取る突拍子のない行動なんて、読めるわけがないんだ。



 それはゲーム大会がある前の、あかねとナターシャと一緒にダンジョン攻略に向かった2日目の朝のことだった。


 塔のダンジョン最上階で拾った天使ことルナが、突然言い放ったのだ。


「マスター! 一緒にぷにきゅあになろう‼」


 ぷにきゅあ。

 それはぷにぷにでキュアキュアの少女戦士のことである。少女戦士のことである。

 少女戦士の、ことである‼


「いや、さすがにキツイ」

「どうして⁉ ぷにきゅあだよ⁉」

「何がルナをそこまで熱くさせているんだ……」


 俺はぷにぷにでもキュアキュアでもない。

 まして少女というには年を取りすぎた上に性別は男だ。

 これで年を取った女性なら年を取った魔法少女的な笑いを狙いに行けたかもしれないが、いい年した男がそれをやったらただの危険人物だ。


「ぷにきゅあってすごいんだよ‼ 自分たちよりもずっとずーっと大きい怪物相手でも、みんなを守るために立ち上がるの‼」

「どこでそんな知識拾ってくるんだ……」

「昨日テレビで特番してたの‼」

「……あのな、ルナ。ぷにきゅあはあくまでおとぎ話で、現実には――」


 いないんだよ、とは言えなかった。

 顔を真っ青に染めたルナがガチガチと歯を鳴らし、今にも死にそうな顔をしていたからだ。


 泣きそうな顔ならまだわかる。

 でも死にそうな顔をしてる。


 ダメだこれ。


「――ん、んっ‼ えーと、ぷにきゅあは『自分たちよりもずっとずーっと大きい怪物相手でも、みんなを守るために立ち上がる』だったか?」

「うんっ!」

「ルナはもし、俺が巨大な悪者に襲われていたら助けてくれるか?」

「もちろんだよ‼」

「よし。じゃあルナはもう立派なぷにきゅあだ」

「え、違うよ? だって変身できないもん」

「変身したいだけだろ」

「みんなの平和を守るために! 変身したいの‼ 女心をわかってよ‼」

「小学生のころ漢字テストで女心おんなごころを『女心めしん』と書いた俺には難しすぎる注文だ」


 女心は読めない。


「なろうよー! ぷにきゅあー‼ 変身したいよー‼」


 でも駄々をこねる子供がお預けされたところで納得しないことは知ってる。

 ……仕方ない。好きにさせてあげるか。


「よし。なら一つ条件がある」

「変身してくれるの⁉」

「今さっき条件があるって言ったよね?」


 話聞いてた?


「いいかルナ。勇気ある女の子に変身する力を授けてくれるのは、いつだって小さなマスコットだ」

「メープルのことだね⁉」


 ごめん、マスコットの名前までは知らない。

 でもここはあえてハッタリをかます。


「そうだ。そしてルナ、お前が本物のぷにきゅあのように変身したいなら、彼らの力が必要不可欠になる」

「……確かにっ!」

「ゆえに、ルナ。お前に重要任務を授ける」

「そ、その任務とは……っ!」


 俺は「ああ」とうなずき、言葉をつづけた。


「世界のどこかにいる彼らを見つけ出すんだ。そしてお願いするんだ。わたしをぷにきゅあにしてください……とな」

「な、なるほど‼」


 もう何言ってるのかわかんなくなってきた。


「この任務はあまりに過酷だ。どこかにいるからと言って、いつか会えるとは限らない。無限の時間をかけたって出会えないかもしれない」

「それでも、やるよ……!」

「……決意は固いようだな。だが、これだけは覚えておけ。つらくなったら、いつでも戻ってきていいからな」

「……っ! イエス、マイマスター‼」



 以上が、数日前の出来事なんだよ。

 さて、そのうえで、だ。


「マスター‼ 見つけてきたよー!」


 上機嫌のルナが帰ってきた。


 え、見つかったの?


 え、なんで?

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