第17話 パンツもはいてない

 アイテムボックスから適当に服を見繕って彼女に着せた。

 体格差があるから全体的にダボっとしているはずなんだけど、素体が美人だからかストリート系ファッションみたいに着こなした感じになった。


『そういえば、名前がまだだったね。私はルナ』

『素っ裸で昔話をする天使よ』

『忘れてっ!?』


 彼女曰く寝ぼけていたから仕方ないらしい。

 そっかー、寝ぼけてたなら仕方ないね。


 彼女はぷっくりとほっぺたを膨らませている。

 俺としてはもうちょっとイジってもいいくらいなんだけど、やりすぎていじけられるとめんどくさいとも思うんだよね。


 先に聞いておきたいことを聞いておくか。


『確認なんだけど、俺の持ってる錠前は世界に一つしか無くて、下位互換の錠前が世界中のダンジョンに隠されてるってことでいい?』

『そうよ。どうしてコード:覚醒アウェイクンがあなたの手元にあるのかは私にもわからないけどね』


 あらま。

 どうして俺のもとにこの錠前があったのか聞きたかったのに、彼女ですらわからないのか。

 じゃあ聞きたいことはだいたい聞き終わったかな。


 開きっぱなしになっていた錠前をカチンとロックする。すぐにあの浮遊感がやってきて、ぐにゃりと歪んだ視界の先に現実世界が現れる。

 それから、隣ににゅるって感じでルナが現れる。


 うーん、転移に慣れたと思ったら別の不気味さを抱えてしまった。


『マスター、あのさ』


 ルナが、恐る恐るといった様子で、あるいはおずおずといった様子で、こちらの顔色を窺うように、不安げに口を開いた。

 胸の前に置いた右手の震えを、上から抑える手で止めようとしているのがわかる。


『マスターはさ、この後、世界中のダンジョンをめぐって、世界のダンジョン化を食い止める、よね?』

『え? なんで?』

『え?』


 ルナがきょとんとした顔をする。

 多分俺もこんな顔をしてると思う。


 いやなんで?

 ああ、まあ俺がダンジョンを潜るだろうって予想する理由に見当はつく。俺が世界で唯一の覚醒者だからだ。

 それはそれとして、だ。

 どうしてそんなことを聞くんだろう。


『じゃ、じゃあ』


 唇をわなわなと震わせて、声の強弱が揺れるルナ。

 つんのめった様子で泣き声を押しとどめるように、彼女はまっすぐな瞳でこちらを見ていた。


『マスターは、私を一人置いて行ったりしない?』


 その一言で、すべてがわかった。


(そっか。彼女は長い間、ずっとあのフラスコの暗闇で眠っていたんだ)


 胸の奥がぎゅっと締め付けられる気がした。

 喉を熱い衝動が駆け抜けて、鼻の奥がツンと刺す。


『ずっと、一人だった。だって私は、ファンタジー世界の存在だもの。この世界の異物だもの。……そんなの、分かってる、でも、でもっ!』


 前任のマスターとやらがどんな人物だったかは知らない。だけど、目的が「ファンタジー世界の侵食を食い止める」だったのは確からしい。

 異世界のテクノロジーによって生み出された彼女もまた、排除すべき存在だったのだろう。


(だから、ダンジョンの管理を任され、ダンジョンとともに封印された)


 前任のマスターが取った行動は、彼女の心にどれだけの傷を負わせただろう。俺には推し量ることしかできない。


『ひとりぼっちは……嫌だよ――』

『一人になんか、させねえよ』


 気が付けば俺は、彼女を抱きしめていた。

 腕の中にたしかなぬくもりが広がっている。


『でも、私は、ダンジョンの管理者だから、ここを離れられない』

『ハッ、現代人の適応力を舐めんなよ。どうせ今に、探索者とかいう職業ができてダンジョンの攻略に乗り出し始めるさ』


 これは予測にすぎないけれど。


『ルナが一人で抱え込む必要なんて、どこにもない』


 この言葉は、本心だ。


 だから、俺は手を差し伸べた。

 ルナの瞳には変わらずためらいが見える。


『でも』

『自分がどうあるべきかなんて知ったこっちゃねえ! ルナ、お前はどうしたいんだよ!!』

『私は、私は……っ』


 ためらい、振り払い。

 しゃくりをあげて、ルナは叫んだ。


『マスターのそばに、いたいよ』

『だったら、決まりじゃねえか!』


 彼女の手を取り、立ち上がらせる。

 問いかける彼女の目に、俺は静かに頷いた。


『四の五の考えるのはやめだ。来いよ、一緒に』


 現代のダンジョン化がはじまったこの世界で。

 俺は天使に出会った。


 彼女の名前はルナ。


『……うん、うんっ!』


 無邪気で、陽気で、そのくせ強がりで。

 重荷を抱えようとする――


『あっ』

『ルナ? どうした?』

『パンツ、はいてない』


 ――ちょっと抜けたところのある、ごく普通の少女だ。

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