第15話 摩天楼最上階、天使との邂逅

「これで、99階、だ!」


 鑑定によると、ここが最上階のはずだ。

 俺はこの回にたどり着くまでに数えきれないくらいの敵を倒したけれど、未だにレベルが上がる兆候はない。

 やっぱり、俺が持っている錠前で行ける空間は、特別レベリングがしやすいステージらしい。


「……なんだ、これ」


 99階、つまり最上階。

 摩天楼と称するにふさわしいこの稲妻状の建造物で、もっとも天に近い空間。


 その中央で、人が眠っていた。


 否、それが人かどうかすら確かではない。

 なぜならその人物は、巨大なフラスコのような容器の中で、培養液につけられて瞳を閉じていたからだ。


 いや、それすらも理由としては弱い。

 限りなく人に近い容姿をしていながら、人だと認識できなかった理由、それは。


「光輪、白翼……まさか、天使?」


 神のお告げを人に伝令する、神話上のそれにそっくりだったからだ。


 俺にどうしろと?


 何、全く展開が予想できないんだけど。

 魔物が跋扈するダンジョンの最奥部に天使がいるってどういうこと?

 あれか? この天使は人に裁きを与える側なのか?

 この天使も倒せばいいのか?

 さすがに脳筋だよな。


 じゃあ話しかければいいのか?

 いやゲームなら話しかけるけどいざ目の前にどんと神々しいお姿を配置されて声かけられるか?

 俺には無理だね。


「よし、無視して部屋を調べるか」


 きっと第二第三の俺がこの天使にアプローチをかけてくれるだろう。俺は不干渉を貫くぞ。


『――』

「……ん?」


 声が聞こえる。

 なんだ? どこから聞こえてる?


『――』


 ……いや、まさかな。

 だって、ほら。

 ついさっきまで眠ってたわけじゃん?

 俺が目をそらした一瞬に目を覚ました?

 そんなまさか――。


――――――――――――――――――――

言語理解Lv10発動

――――――――――――――――――――

神代語を習得しました

――――――――――――――――――――


 ぎゃああああ!

 しゃべったあああぁぁぁ!?


『おはよう。あなたはだあれ?』


 振り返る。

 そこには一糸まとわぬ裸体でこちらを見据える少女が培養液の中で揺蕩っている。


『えと、はじめまして。灰咲はいざき一真かずまと申します』

『灰咲、一真』


 少女はフラスコの中をゆっくりと移動すると、その透明な境界にぐっと手を押し付けた。

 ぴき、ぴきと、フラスコが悲鳴を上げる。

 え、ちょ、出てくるの?


 ――パリィン。


 フラスコはひび割れた。

 中に堆積していた培養液があふれ出し、その周囲を液体で満たしていく。


『データベース接続、失敗。代替に当機の蓄積データを使用。検索対象「灰咲一真」、該当データ無し。エラー、エラー、エラー』

「え、ちょ」

『推定エラー原因、オブジェクト「灰咲一真」。問題解決策、対象の排除と予測。実行に移しますか?』


 なんか不穏なこと言ってない!?


『待て待て待て! 却下だ却下! 代替案、蓄積データへの「灰咲一真」の登録を申し出る!』

『当機の全権限の移譲要求を確認』

「そこまで言ってない」

『登録条件開示、当機の全力を180秒間凌ぐこと』

「え、ちょ」

『これより、当機の総力を挙げて腕試しを開始する』


 頭をかばうように掲げた右腕に強い衝撃を覚える。

 体に急激な加速度が加わる。


(なんっ、見えねえ……っ!)


 初撃を防げたのは全くの偶然だ。

 考えるより先に体が動いていただけだ。

 超直感が知らず知らずのうちに最適解を導き出したと言い換えてもいい。


「……おいおい、残り170秒以上、このバケモノから逃げ切れってか?」


 瞬間、今まさに立っていた地面が爆ぜる。

 撃力が発生するタイミングに合わせて地面を蹴り抜き、空中へと逃げる。


 ……そこに、天使がいた。

 こちらの行動を予測し、先回りしていたのだ。

 否、誘導されていたんだ。

 冗談、きついぜ。


 時間の感覚が間延びする。

 無意識下でゾーンを発動したのだとわかる。


(考えろ、考え続けるんだ。俺に取れる手段はなんだ。この窮地を脱するにはどうすればいい)


 相手の動きは目で追えない。

 こちらの行動は読まれている。

 迫りくる魔手は半秒後には俺の体を貫くだろう。


 それでも、諦めきれるか。


(ようやく、生きる理由を見つけれそうなんだよ……邪魔すんじゃ、ねえよッ!!)


 極限まで吊り上げられた集中力、粘性を帯びる時間、刹那。

 ……微弱な電流が、脳裏をよぎった。

 音は聞こえないが、言葉にするなら「ちりっ」という、本当にわずかな衝撃。


 ――カシャン。


 小気味いい音が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る