第20話 地下室の秘密?

「服よし! 髪型よ! 掃除よし! お昼ご飯の仕込みもよし! おやつの用意もよし!」

 姿見の前で、念入りにチェックする。


 サリューの町でカエルムと会ってから五日、今日はカエルムが、ポーション作りの手伝いに、うちにやって来る日だ。

 いつもより早起きして、いつもより丁寧に身なりを整え、掃除も済ませた。お昼は一緒にする事になるので、その下ごしらえも済ませておいた。作業しながら摘まむ用のおやつも準備もばっちりだ。



「おかしいとこないよね!?」

 窓際に留まっているナベリウスを振り返って、そわそわしながら尋ねた。

「そんな事より、調合部屋の方の準備をした方が、よいのではないか?」

「ああ! そうだった! すぐ取りかかれるように準備しとかなきゃ」

「それが一番重要だと思うのだが……そんなにあの小僧が来るのが楽しみなら、人間の町などに連れて行かず、あのままここに置いとけばよかったものを」

「そういうわけにはいかないわよ」

「何故?」

 コテンとナベリウスが首を傾げた。鳥が首を傾げる仕草は無駄に可愛いので、ナベリウスの癖にズルイ。


 私とカエルムは赤の他人。たまたま森で行き倒れてるのを拾っただけ。

 何かの事情で国境を越えて、こちら側に来たにしろ、やはりヒトはヒトの町に帰すのが正しいだろう。私の感情で引き留めていいものではない。


「お前は森で拾われたにも関わらず、人間の住処に戻らずずっと森にいるではないか?」

「私が拾われた時は子供で、私だけだと何もできなかったから……。カエルムはもう大人で、自分の意思で行先を決めれるし生きていけるから」

「ならばお前は何故ずっとこの森にいる? お前も大人だ、自分の意思で好きなところに行けるだろう?」


 ナベリウスのいう通り、今の私なら魔の森から出て生きて行く事も出来るだろう。だけど、私はそれをしない。

「私は……私がこの森に居たいと思うから」

「怖いから?」

 ナベリウスの血のように赤い瞳がこちらを見据えている。


「ええ、怖いわ」

「人間が?」

「そうよ」


 家族だと思ってた。仲良くやってると思ってた。なのに突然捨てられた。

 家族の事は、遠い記憶であまり覚えてないけど、それでも突然森の中に捨てられた記憶は、私の中で人間への不信感となって残っている。


「あの小僧はいいのか?」

「え?」

「あの小僧もお前を裏切るかもしれないぞ?」


「……そうね、私はカエルムの事を何も知らない。約束はしたけど守ってくれる確証なんかない。でも、なんだろう……カエルムがここを出て、一人に戻ったら急に寂しくなったから。人間は怖い。でも一人は寂しい。だから、会ってくれる間は、また会いたい。彼が来なくなったら来なくなったで、その時はその時かな」


 自分で言ったのに、カエルム何も言わず、どこかへ消えてしまったら……今日の約束も反故にして、現れなかったら、と思うと急に不安になった。


 私はカエルムの事を何も知らない、ただ森で会っただけの関係で、彼を引き留める権利も何もない。

 それに、何となくわかってる。住んでいた国から逃れて来たとは言え、元は高い身分だったに違いない。魔女と呼ばれ、森でひっそり暮らしてる私とは、違う世界に住む人だというのは薄々感じている。


 いつかは遠くに行ってしまう人だという事は、何となくわかっている。



「ふむ、人間とは難儀なものだな……だが、それでこそ退屈しない」



 ナベリウスの言葉は私の耳に留まることなく、そのまま流れていった。












 ……と、少しセンチメンタルな気持ちにもなったけど、カエルムが来ると思うと、やっぱりどこか嬉しくなって、いそいそと調合の準備を始めて、調合室もせっせと掃除をしてしまった。

「他に何かやっておく事はあるかしら……」


 早起きしすぎたせいか、カエルムとの約束の時間より、随分早く支度が終わってしまい、手持ち無沙汰になってしまった。

 やることがないと、そわそわして落ち着かない。


 あまりに落ち着かないので、調合に使う魔物の骨を、魔力で分解して粉にする作業を始めた。

 魔力を含む魔物の骨は、魔法薬の効果を底上げする為の素材になる。骨なので腐ることもなく、保存が利くので多少作りすぎても問題ない。

 それに、こうやって地味にな作業を延々やっていると、時間が経つのも早いし、余計な事を考えずにすむ。


 魔物を狩って解体した際に、その骨は残しているので、在庫は山のようにある。空間魔法を付与してある、素材保存用の棚から魔物の骨を取り出しては、魔力を通して粉々に粉砕していく。

 何も考えないで粉砕するだけなので、心を無にするのにちょうどいい。



 はー、やっぱ単純作業はいいわ……何も考えなくていい。



 心を無にしてひたすら魔物の骨を砕く。


「……ァ」


 この、骨を掴んで魔力を込めて、パリンって砕ける感触がまた、ストレス解消にもなるのよね。


「……ア」


 繰り返し砕いて、サラサラの粉になると手触りも気持ちいいわ。


「……リア」


 砕き終わった粉が、どんどん溜まって行くのもなんだか楽しいわね。ボウルの中が骨粉でもこもこだわ。


「リアッ!」

「うひゃあ!」


自分の世界に籠って、ひたすら魔物の骨を粉砕していたところに、突然声を掛けられて変な声が出た。

 驚いた拍子に、ひっくり返しそうになった骨粉入りのボウルを、慌てて掴みなら声の主を振り返った。


「カエルム!? え? どうしてここに!?」


 壁掛け時計を見るが、約束の時間にはまだなってない。というか、魔物の骨を粉砕するのに夢中になりすぎて、敷地に来客や侵入者があった時に鳴る、呼び鈴が鳴った事に全く気付かなかった。


「遅れないようにと、時間に余裕をもって出発したら、思ったより早く着いてしまいってな」

「呼び鈴が鳴っても、お前は気づかずに骨を砕いているから、我が迎え入れた」

 ナベリウスがカエルムの肩に、ちょこんととまって、呆れた顔をしている。

「え? ああ、ごめんなさい。作業に夢中になりすぎていたわ」

「それにしても、すごい量の魔物の骨の粉だな。そんなにたくさん作らないといけないのか」

 見れば、テーブルの上には、砕き終わった魔物の骨の粉が、山盛り入ったボウルが、いくつも並んでいる。


 無心でやりすぎたわ。


「ちょっと作り過ぎちゃったわ……」


ちょっと、ではないけど、首を傾げて誤魔化しておこう。




「約束の時間よりちょっと早いわね、時間までゆっくりしてて」

 働いてもらうからには、就労時間はちゃんと守りたい。サービス労働絶対ダメ。


「リアの準備が出来てるなら、すぐに開始でかまわないよ? その分早く終わらせればいいだけだし」

「そお? カエルムがそれでいいならそうしましょ」

「それで俺は何をすればいい? いつものように触媒用の水を作ればいいのか?」

「今日は水はもう準備してあるから大丈夫よ。今日は上級のヒーリングポーションを作るから、いつもと材料が違うの」

「上級!?」


 いつもサリューの冒険者ギルドに買い取ってもらっているポーションは、初級と中級がほとんどだ。

 しかし、騎士団からの依頼は中級が主で、上級も欲しいと言われた。


 ポーションはその効果量で初級、中級、上級、特級と分類され、効果が高くなるほど、高い調合技術が必要となり、材料も稀少な物や効果な物が含まれるようになって、値段も上級以上は跳ね上がる。


 騎士団というだけあって、厳しい任務中に重傷者が出る事も少なくないらしく、求められたポーションは中級と上級のヒーリングポーションとマナポーションだった。

 一方、冒険者ギルドの方は、町周辺や森の浅い場所で活動する者が過半数の為、求められるのは初級と中級のヒーリングポーションや毒消しポーションが主だ。


「上級ポーションなんて、知識として学んだ程度で、実際に作るところも材料も触ったことないが、俺に手伝えるか?」

 カエルムが不安そうに眉を寄せた。

「ええ、調合は私がやるから、カエルムには材料の準備をしてほしいの。今回使う材料は、地下室で飼ってるから案内するわ」


「……飼ってる?」

 カエルムが不思議そうに首を傾げた。





 調合部屋の奥の扉の先には、地下室に続く階段がある。

 その地下室では、調合やそれ以外の素材にもなる、とある魔物を飼育している。


「ここよ」

「うわ……」


 飼育用のガラスの水槽が並べられた地下室は、わたし的にはかなり気合の入った飼育部屋で、気に入っているのだが、隣のカエルムからドン引きしたような声が聞こえた。

 たしかに、上品なお坊ちゃんにはちょっと刺激が強いかもしれない。


「これは……スライム?」

「ええ! スライムよ!」

 胸を張って答えた。


 スライムは自分が包み込めるサイズなら、何でも捕食する魔物だが、捕食した物、育った環境でその性質が変わる生き物だ。

 そして、その性質によって、スライムから採れる素材は、様々な用途がある。 


 スライムから採れる主な素材は、その体を構成しているスライムゼリー、そしてスライムの核になっている魔石だ。

 さらに、摂取した物によっては、それを体内で変質させ、結晶として吐き出す事もあり、それもまた素材と需要ある物もある。


 野生のスライムは、生息域で捕食される物でその性質で左右されるが、生まれたばかりの無垢なスライムを捕獲して、飼育環境と与える物を管理して育てれば、任意の素材を作り出すスライムを育てる事ができる。


 スライムから採れる素材は、薬用から食用まで用途が幅広く、飼育方法も餌の管理がメインであまり手間がかからないので、うちの地下室でも用途に応じたスライムを飼育している。


「一ヵ月この家で暮らしてたのに、地下に大量にスライムがいるなんて、全然知らなかった……」

 目を泳がせながら、カエルムがブツブツ言っているが、そんな事は気にしない。


「カエルムには、このスライムのスライムゼリーを回収してほしいの」

「……なるほど、わかった」

「やり方はこうよ」


 棚からボウルとお玉を取り出して、今回回収するスライムの水槽の上蓋をあけて、中にいるスライムのスライムゼリーの部分をお玉で掬ってボウルへ入れる。


 スライムは核を壊したり、ゼリー部分の約九割以上を採らなければ死なないし、採取して目減りしたゼリー部分はそのうち再生する。

 なので、殺さない程度にゼリーを回収すれば、ゼリー採り放題なのだ。


「薬草しか与えてないスライムだから、毒とかはないから安心して。時々元気な子が飛び出したりするけど、その時は捕まえて中に戻せば大丈夫よ。ボウルがいっぱいになったら、上に持って来てね。その時、水槽の蓋を閉め忘れないように気を付けて、開けたままだと脱走しちゃうから」

 簡単に説明してカエルムにお玉とボウルを渡した。


「これで掬って、こっちに入れればいいのだな……」

 お玉とボウルを受け取ったカエルムが、水槽の中のスライムに恐る恐る、お玉を差し込んだ。お玉を差し込まれたスライムは、不快そうにプルンっと揺れる。それに反応して、お玉を持つカエルムの手が一瞬ビクンと跳ねたが、難なくスライムゼリーを掬い取った。


「大丈夫そうね? じゃあ、私はナベリウスと一緒に上で作業してるから、ボウルにスライムゼリーが溜まったら持って来ててね」

「ああ、任せておけ」






 スライムゼリーをカエルムに任せて、私は他の素材の準備に取り掛かろう。


 地下室から調合部屋に戻って、上級のポーションに使う素材の加工を始めて、しばらくした頃。



「うわああああああああああ!!!」



 地下室からカエルムの悲鳴が聞こえてきた。



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