六章 来訪者と怪しい青年ー⑩

「そろそろ大将首を頂くとするか」


 素早く廃屋の屋根に上ったシェニーは、傭兵達に発見される前に円の中心で指示を飛ばす、誰がどう見ても傭兵団の団長であろう男に矢を射ろうとするが、まさかの事態が起こる。


 火災のせいで脆くなっていた屋根がシェニーの逞しい体の重量に耐え切れず崩壊してしまったのだ。


 咄嗟に受け身を取ったものの、転がった先が不味かった。


 「えっと……皆様御機嫌よう」


 素早く立ち上がったシェニーは傭兵達と目が合い、思わず挨拶してしまう。


 しかし傭兵達から帰ってきたのは挨拶では無く怒声だった。


 一斉に遅い掛かってくる傭兵達の剣を躱しながら弓と矢筒を捨てたシェニーは、腰に交差させて装備していた二振りの短剣を抜くと巨体に似つかぬスピードで次々に傭兵達を切り裂いていく。


 返り血を浴び、赤いコートを更に赤く染めていく様は赤い死神の名に恥じぬ姿であり、数の暴力で一気にシェニーを血祭りに上げようとした傭兵達の顔が次第に青くなる。


「お前ら! バラバラに行くな! 距離を取って囲むんだ!」


 このままでは下手をしたら全滅させられると焦りながらトーゼは部下に命令を下し、自分は後方に回って安全を確保しつつシェニーを包囲させた。


「流石にこいつは不味いねえ。アンタ等大の男がそんな卑怯な真似して恥ずかしくないのかい」


 焦りを隠す為に軽口を叩いたものの、本来闇討ち不意打ち狙撃を基本に戦うシェニーにこの状況を覆せる手段は無い。


「なんとでも言え! 勝てばいいんだよ、勝てば。俺達は騎士様じゃなくて金目当てに戦場で殺しをするろくでなしなんでな。お前もそうだろ、赤い死神のシェルナさんよう」


 違う、その言葉が喉まで出てきたがシェニーは呑み込んだ。


 ザッケ村に来る前、シェニーではなくシェルナだった彼女も目の前のろくでなし共と同じ穴の狢だったからだ。


「……そうだな、確かに俺もろくでなしさ。でもなあ、そんな俺を受け入れて真面な暮らしを教えてくれた恩人達の敵も撃たずにくたばる程のクズじゃねえ!」


 例え自分が死ぬことになってもレッカ達を守り抜き、村人達の敵を取る為に覚悟を決めたシェニーが自分を囲んでいる傭兵達に突っ込もうとするが、それより早く勝手に囲いの一部が焦げた匂いを漂わせながら崩れた。


「ダイジョブカシェニー!」


 片言の下手な叫びと共に、間に合うと思っていなかった援軍が来た事に驚きながらもシェニーは額から煙を上げる死体を飛び越えそのままフリックと合流する。


「よう兄ちゃん。あの土の化け物相手には苦戦してたみたいだが人間相手の自信はどうなんだ」


「モンダイナイ。オレハヘイシダ。クンレンシテル」


 フリックの答えに満足したシェニーは改めて武器を構え直すと再びトーゼを中心に円形に陣取った傭兵達に突っ込んでいく。


 フリックもビームガンを連射しながらシェニーと共に走り出す。


  シェニーの矢の命中精度に負けず劣らず、走りながらとは思えない程的確なフリックの射撃により、次々に焦げ跡が付いた傭兵が倒れていき、シェニーが傭兵達に切り掛かる頃にはトーゼの前にもう部下という壁は無くなっていた。


「テメエの首、皆の墓前に供えてやる!」


「そう簡単にくれてやるものか!」


 首筋を狙った一閃をトーゼは金を掛けた愛剣で辛うじて防ぐもシェニーの剛腕には敵わず、剣を弾き飛ばされてしまう。


 今度こそ止めの一撃を放とうとするシェニーに、咄嗟に両手を上げたトーゼは降参すると叫び出した。


「か、勘弁してくれ! ほんの出来心だったんだ! もう二度とこの村には手を出さないから見逃してくれ!」


 恥も外聞も捨て、泣き叫びながら許しを乞う団長の姿に団員達も戦意を失い、皆武器を地面に捨てながら団長に倣って両手を上げ降伏の意思を見せる。


「お前、ふざけてるのか?」


 今までシェニーから聞いた事の無い恐ろしい程低く冷たい殺意のこもった声に、フリックですら身が縮み上がり思わず体が強張ってしまう。


 それでもフリックは無理矢理体を動かしシェニーの側に行き、剣を振り上げたままの彼女の手を掴む。


「おい兄ちゃん、その手放しな。こいつと纏めて切られたくはないだろ」


 猛禽類を思わせる鋭い目に睨まれながらもフリックはシェニーの手を放そうとしない。


「テキブキステタ。コロセバコイツラトイッショ。アナタチガウ」


 別にフリックとてザッケ村を二度も襲った傭兵達を許そうとは思わないし助ける気も無い。


 だが、一人の軍人として降伏した敵を殺す事は見逃せないのだ。


 この世界の司法制度については分からないが、ここまでの事をしておいて無罪放免な訳は無いだろう。


 襲ってきた傭兵達を返り討ちにしたのはまだ正当防衛だとしても、投降した彼らを自分達で処断してしまえば傭兵達と同じ犯罪者となってしまうかもしれない。


 そんな事を、どんな過去を背負っていたとしてもシェニーにさせたくないともフリックは思ったのだ。


 互いに睨み合い、静かに思いをぶつけ合うフリックとシェニーだったが、結局折れたのはシェニーだった。


「……分かったよ。こいつらにもう何もしねえから手を放してくれ」


 シェニーの言葉を信じたフリックを少し後ろに下がらせると、血を振り払い鞘に納めたシェニーは、頭を冷やす為に大きく息を吐きながらフードを取る。


「悪かったな兄ちゃん。流石にこれで殺してたら俺がまたクズになるとこだったよ。折角村の皆にちっとは真面にしてもらったってのにな」


 少し寂しそうに言いながらシェニーがフリックに向き直った瞬間だった。


 隙ありとばかりにトーゼが懐に隠していた短刀でに襲いかかろうとする。


「シェニー! アブナイ!」


 叫びながらフリックがホルスターに収めたビームガンを抜くよりも早く、シェニーがコートの内側から抜きながら投げたナイフがトーゼの喉に突き刺さった。


「フン、どうせこんなこったろうとは思ってたよ。お前みたいなやつが素直に降参する訳ないからな。大人しくしときゃ、臭い飯も食えたろうに馬鹿な奴だよ」


 口から血を吐きながら藻掻き苦しみ、地面に伏して動かなくなったトーゼからナイフを抜いたシェニーは傭兵達に血の滴るナイフを突きつけながら叫ぶ。


「テメエら! こいつみたいに苦しんで死にたくなけりゃあ変な気起こすんじゃねえぞ! 大人しくお縄つけ!」


 シェニーの脅しが相当効いたらしく傭兵達の心は完全に折れてしまい、震えるものや失禁する者まで現れ、先程までとは違う意味で地獄の様な有様になるのだった。


「……情けねえ奴ばっかりだな。とりあえずマルコスのおっさん達呼んできて縛るの手伝ってもらうか。俺呼んでくるから後よろしくな」


 面倒事をフリックに押し付けたシェニーは逃げるように走り去っていった。


「……これをどうしろというんだ」


 大の大人達の情けない姿を見ながらフリックは途方に暮れてしまい、とりあえず傭兵達が逃げ出さない様監視するのだった。

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