六章 来訪者と怪しい青年ー②

 顎髭を弄りながら考え込むマルコスにどうしていいか分からずに、フリックは直立不動で固まってしまい、いつも冷静沈着なフリックのイメージ崩れるその様子に、フリック以上にどうしていいか分からなくなってしまったレッカがマルコスの後ろでわたわたとしている。


 だが、天はまだフリックとレッカを見離していなかったようで、思いも依らない救い主が現れた。


「おじちゃーん! お話まだ終わらないのー!」


 無邪気に走ってくるアッカの声で氷のように冷え固まった空気が、一気に崩壊した。


 アッカはそのままマルコスに突進しながら抱き着くと、お菓子を催促し始める。


 村人達同様、親友の娘である事と、未婚で子供がいない事も手伝ってかマルコスはアッカに甘く、村を訪れる度にお土産にお菓子を持ってきており、いつもアッカは村では手に入らないお菓子をマルコスから貰うのを心待ちにしているのだ。


 だからマルコスが来たら真っ先に飛びついてお菓子をねだるのが村では見慣れた光景ではあったのだが、今回ばかりは幼くお喋りなアッカがうっかりフリックの秘密を話してはいけないので、家の中にいるようにレッカに言い含められていた。


「少々間に合わなかったようですが、何とかなりそうですね。多少リスクがありましたが、それに見合う結果と言えそうです」


 マルコスがアッカの相手で手一杯になったことで注意が外れたのを幸いにとフェアリーがフリックに話しかけてきた。


 実はアッカをマルコスにけしかけたのはフェアリーなのだ。


 返答に詰まっているフリックに、マルコスが注視しているせいでヘッドセットによる助言はリスクが高いと判断したフェアリーは、助言ではなくアッカをマルコスにけしかることで注意を逸らし、その間に助言をフリックに与えようとしたのだ。


 ただ、余計な事を言わない様に言い含めてから送り出しので、幼子の足ではフリックが返答する前に現場へ到着出来なかった。


 しかし、緊張状態を一気に緩和できたのだからフェアリーの打った一手は最善策と言えるだろう。


「分かった分かった。馬車に積んであるから一緒に取りに行こうか」


 すっかり表情が和らいだマルコスはアッカを連れ立って馬車へと向かって歩き出した。


 一先ず難局を乗り切ったフリックは思わず安堵と緊張のゆるみからため息を吐いた瞬間、マルコスがこちらを振り返って睨んできた。


「フリック君。私はまだ君の言葉からは嘘を感じなかったが、まだ君の事を信用する気は無い。後でまた話をしよう、今度は二人きりでな」


 言うべきことは言ったとばかりにマルコスはフリックの返答を待たずに再び歩き出していった。


「軍曹の返答は悪くはなかったですが、流石に身元不明の人間がいきなり信用される訳ないですね。これは少々困ったことになりそうです」


 再び気を締め直したフリックに、レッカが不安そうな顔をしたレッカが駆け寄ってきた。


 今まで優しい面のマルコスしか知らなかったレッカにとって、フリックを問いただすマルコスの初めて見る険しい表情に困惑した。


 更に予想以上にフリックが疑われた事に対するショックが重なってしまい、レッカは軽いパニック状態になってしまっている。


「落ち着いて下さいレッカ。マルコス氏と軍曹の関係は決別してしまった訳ではなく、あくまで貴方達に害を及ぼす存在かどうかを疑われているだけです。つまりこの後の行動と交渉次第で信用を得る事は十分に可能です」


 とにかく、いつまでもこの場で作戦会議をしていては余計な疑いを生みかねないと判断したフェアリーの指示でフリックとレッカはマルコスの後を追うことにした。


「何か事件でも起きてそれを軍曹が鮮やかな手際で解決出来れば簡単に信用を得られそうでなのですが……」


 移動中にとんでもないことを言い出すAIを無視したものの、今までの経験上、誰かがこういう不吉な事を言うと本当になる事が多かった事を思い出したフリックの背筋に、何とも言えない悪寒が走った。


 フリック達が馬車が停まっている場所に到着すると、マルコスは部下をテキパキと指揮しながら荷下ろしを始めており、アッカはというと貰ったのだろう大きな棒付きキャンディーをご満悦な顔で舐めていた。


「やっと来おったか。何を相談していたかは知らんが勝手に荷下ろしさせてもらっているぞ。2、3日は滞在して色々と見極めさせてもらう」


 想定外の事態にフリックとレッカは焦りを隠せず、フェアリーですら大慌てで対応策の検討を始めた。


 流石に今日一日くらいならば色々と誤魔化せるが、数日の滞在となるとそうはいかない。


 何よりも今は冬に備えての準備の為に一日も惜しい時なのに、マルコスがいる限り絶対に見られる訳にはいかないエアレーザーを使っての作業の一切出来なくなるのが一番問題だ。


 咄嗟の機転を利かせたレッカが宿泊できる施設が無い事を理由に止めようとするも、マルコスの部下たちが野営用のテントを建てだしたことで、不発に終わってしまった。


 そもそもマルコスが住む街からここまで来るのに早馬でも2日以上掛かるのだから、野営の準備があって当然なのだ。


 こうなってしまっては、村からお帰り願おうにも適当な理由が無く、寧ろあれこれと理由を並べると隠し事があることを白状しているようなもので、余計に怪しまれてフリックの立場が余計に悪くなるだろう。


 作業の遅れはこの際気にしないとして、何が何でもフリックの秘密を守り抜き、更にはレッカ達を連れ帰ると言い出しかねないマルコスに村に残ることを認めさせるしかない。


 瞬時にそう理解したフリックとレッカは顔を見合わせ、頷き合って互いの意思を確認した。


 今回ばかりはフリックの顔を直視しても緊張が勝ったらしく、レッカの顔が朱に染まり、煙が噴き出す事は無かった。

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