第19話:危険は忘れた頃に1

 自室で朝の用意をしながら、これからアルマにどんな顔をして会ったらいいのか分からずにいます。


 まさか、あんな形で自分の貞操を守ることになろうとは……。


 今の自分の気持ちが、安堵から来ているのか、惨めさかきているのか。それともアルマへの怒りがあるのか、それとも好意があるのか全く分からない。


 とにかく、今の私は感情がぐちゃぐちゃで、とてもじゃないけどアルマに会える気がしません。


 そんなときに、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「あ、あのエナさん? シアですけど……」


 シアさん? なんで彼女が私を訪ねて来てくれたのかは分からないけど、今、この王宮内で唯一会っても良いと思える人だ。


 そう思って、私は部屋のドアを開けた。


「シアさん、いらっしゃい」

「……話には聞いていましたが、大丈夫……、では無さそうですね」


 一体誰に? という疑問はなかった。


 私の現状を知っていてシアさんに頼み事が出来る人の心当たりは一人しか思い当たらない。


「そんなにヒドイ顔してますか……」

「えぇ、髪の毛もぐちゃぐちゃですよ。よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「……お願いします」


 そうして、シアさんを室内に招き入れた。


 鏡の前に座らせられて、シアさんに髪の毛を梳かしてもらいながら、改めて自分の顔を見てみる。


 ヒドイなこれは……。

 目は真っ赤で腫れぼったいし、顔もむくんでる。


「あ、あの、エナさん。私、とんでもない勘違いをしていたみたいで……」

「いいえ。恐らく大半の人は、そんな風に思っているでしょうから……」


 みんな、とっくに私とアルマが出来上がってると思ってるよねぇ。あれだけ派手なことが二回もあって、何もないって方が信じられないかもしれない。


「ところで、シアさんはアルマに言われて来てくれたんですよね?」

「えぇ、そうです」


 やっぱりそうか。でも、来てくれたのがシアさんで良かった。シアさんに髪を整えてもらっていたら、段々と心が落ち着いて来た気がする。


「さぁ、出来ましたよ」

「ありがとうございます。なんだか落ち着きました」

「それは良かったです!」


 鏡越しにシアさんが微笑んでくれたのを見て、私の心も晴れた気がした。


 でも、ちょっと違和感……


 そこに、今度はドンドン!! と、すごい勢いでドアをノックする音が聞こえた。


「おい! いるか!?」

「は、はい!」


 部屋のドアを壊さんばかりに飛び込んできたのは、シドさんだった。


「ど、どうしたんですか? そんなに慌てて……」

「嬢ちゃん、ちょっと一緒に来てくれねぇか?」

「えっと、どこへ?」

「王がアンタを呼んでんだ。俺と一緒に謁見の間まで来てくれ!」

「は、はい?」


※※※


 シドさんは私の手を掴むと、猛然と廊下を進み始めた。


 危ない! 足がもつれる⁉


「ちょ、ちょっと待って下さい!」

「急いでくれ、こっちは一刻を争うんだ!」

「い、一体何があったんですかぁ⁉」

「帝国の侵攻が再開されたんだ!!」

「て、帝国⁉ それと私に何の関係がぁぁぁ!」

「知らん!! とにかく来てくれ!」


 ほぼ引きずられるように連れて来られた扉の前で、謁見の際の最低限の礼儀を教えられる。


 つまり、『最初だけお辞儀して、あとは黙ってろ!』だって。


 そんなことをしているうちに、謁見の間の扉が開かれた。


 うわぁ、見たことない大人の人がいっぱいだぁ!!


 向こうも、いきなり入ってきた侍女を訝しんでいるご様子です。あ、知っている顔もちらほらと。

 ハルさんに、アルマとザイルの二人の王子もいらっしゃる。王様とも一度お会いしてますけど、あの時は簀巻きだったからねぇ。顔は見られていないと信じたい!


 言われた通り、広間を進んでシドさんが止まったところの数歩後ろで私も停止する。


「王よ、連れてまいりました」

「ご苦労……」


 シドさんのお辞儀に合わせて、私も深々とお辞儀して後は黙っていれば良し……。


「その方、名は?」


 えぇぇぇ! いきなり言われたのと違うんですけどぉ!?


「エ、エナと申します……」

「うむ。この者で間違いないのだな? 司祭よ」


 王様の後ろには、見覚えのある司祭が控えていた。い、嫌な予感しかしないんですけど……


「間違い有りません。王よ」

「うむ。エナとやら、貴様に王国軍への随伴を命じる」


 え? 軍隊に随伴?

 それって、なにを……。


「王よ!! 軍勢にそのような侍女は不要です!」


 アルマが王様に食って掛かっている。

 つまり、アルマ達の軍に付いていくってことで合ってるよね?


「下がれ、アルマよ! 此度の戦いには、その娘を連れて行くことが吉兆なのだと司祭が申しておるのだ!」

「占いなど、我が戦神の加護があれば不要!」

「いい加減にせよ! 貴様が要らんと言うなら、この娘はここで切って捨てる!!」


 はぁぃぃぃ!? 私、此処で殺されるってことですかぁ!?


「……承知した、王よ。その娘を軍に随伴させる」

「分かれば良い」


 ハァ。なんとか、この場での処刑は無くなったようです。それにしてもアルマのヤツ、あんなに邪魔者扱いしてくれなくても良いのに。


「では、以上だ!」


 そうして、訳も分からずに連れてこられた話は終わったようで、皆さんが一斉に王様の方へとお辞儀をしているのに慌てて合わせて、この場は解散になりました。


※※※


 謁見の間でみんなが解散する時に、私に詰め寄ってきた人物がいらっしゃいました。


 アルマかって? いいえ、司祭様です。


「驚きましたよ。貴女が未だに生贄の資格を有しておいでとは。王子とは上手く行っていないのですか?」

「うっさい! アナタには関係ないでしょ!?」


 人のことを覗き見出来るんなら、見てたんじゃないのか? 変態め!


「随分と嫌われてしまったようですが、私はあなた方の仲を心配し、一時も離れないようにとご提案したのですよ?」

「余計なお世話ですぅ!」


 裏があるのが見え見えだ!


「ハハハッ! では、王子と無事に帰還できることを心からお祈り申し上げております」


 そして、司祭が私から離れていったタイミングを見て、来てほしいような、来てほしくないような人がやっと私に近づいて来たのだった。

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