3 初仕事

北さんは朝食を食べ終わると出かけていった。


「行ってらしゃいませ」

「行ってらしゃいませ」


「おう。部屋の掃除頼んだで、本間」


僕とマナミさんはバイクで出発する北さんに挨拶して見送った。


「ふぁ~。マナミ。おはよう。よく眠れたわあ」


マナミさんは昨日言ってた様に、弥栄さんには休んでもらっていたようだ。

8時頃弥栄さんが起きてきたので3人で朝食を食べた。

北さんが食べたのと同じメニュー。


ご飯。味噌汁。焼き鮭。漬物。海藻サラダ。

THE・朝食と言える内容だった。

美味しい。

それに、夕食レベルはまだ自信ないが、この朝ご飯の内容なら僕でも調理出来る。

自分で言うのも何だが、僕は料理が趣味で、基本的な物なら大体作れる。

マナミさんからも料理の腕に関してはお墨付きをもらっていた。


宿泊最終日のお客さんのチェックアウトは午前10時位を目安にしているがある程度はお客さんの要望に答えて、昼食要望のお客さんが居ない限りは12時近くまでは大目にみているらしい。


こういう柔軟性はホテルより小規模な旅館の方が勝ってると思う、と言ったらマナミさんは喜んでくれた。


「さて、カネちゃん。そろそろ北さんの部屋を掃除するよ。シゴクから覚悟してね~」


僕はマナミさんと一緒に北さんの部屋にお邪魔して客室清掃を教えてもらった。


「北さん。まるでお手本の様に部屋を散らかしてくれてるね。ご丁寧にちゃぶ台にワザとお茶までこぼしてる」


ちゃぶ台はもちろん部屋を隅々までまるで年末の大掃除の様に細かい所まで清掃する。

布団を綺麗な布団に交換する。

使い捨て歯ブラシやタオル、浴衣などを新しいものと交換する。

などなど。


なるほど。これはかなりの大仕事だ。今までは弥栄さんが一人でこれをやってたのか・・・。


僕は掃除をしながら、注意点をマナミさんに教えてもらい。メモを取った。


「良いね。メモは仕事の基本だよ。職人の仕事の世界だとメモは取るな。勘と体で覚えろって人もいるけど、余り合理的では無いと私は思う。うん。そうそう。掃除は奥から手前にね。あと、お客さんの荷物は原則手を振れないこと。部屋に荷物が多いときは蛍光灯等のホコリ落としは控える様に。お客さんの荷物汚しちゃうかも知れないからね」


客室清掃の後は、食器洗い。


「うん。特に言うことないね。合格!」


浴槽掃除。


「合格!」


食堂等の掃除。

あと、昨晩僕が寝泊りしていた客室の掃除。


「合格!試しに今日の昼食今ある余り物で何か作ってよ」


今度はちょっと難しそうな要求がきたぞ・・・。


台所の冷蔵庫から適当に材料を見繕って、野菜炒めとチャーハン、中華スープを作ってみた。


弥栄さんも含めて3人で昼食。

「鐘樹さんはお料理もお上手ですねえ」

「うん、知ってたけど大したものだよ100点満点」


一通りの掃除や雑用、昼食作り、昼食を終える頃には午後になっていた。


「何だ、カネちゃん。何の問題も無いじゃん。折角もっと陰湿に新人イビリしようと思ってたのに、つまんないよ~!」


何だそりゃ。


「掃除系の雑用は問題なし。料理も大丈夫。後は接客かな?でも、一番の常連さんの北さんとも仲良くなったみたいだし、もっと自信もって良いよカネちゃん」


マナミさんは人を誉めて伸ばすタイプなのかもしれない。

何だかおかげで少しだけ自信出てきた。


「じゃあ、この勢いで寒戸関の残りの住人3名とも仲良くなっちゃおう。母さん、ちょっと出かけてきて良い?」


「もちろんよお。鐘樹さんとマナミのおかげで私の出る幕すっかり無くなっちゃったわねえ」


弥栄さんは売店のカウンタースペースにあるテレビで、昼ドラを見ながらくつろいでいる。

内容は弥栄さんが大好物そうな、男女間のドロドロ愛憎劇作品の様だ。

例によって、目がギンギンに輝いている。

・・・そっとしておいた方が良さそうだ。


僕とマナミさんはまず、旅館のすぐ北側にある冬馬さんの家に向かった。

比較的小さな家だと思った。

アパートの1K位かそれより少しだけ大きい程度だ。

一人で住むことを前提にした一戸建てだと思った。

マナミさんが呼び鈴を押す。

しばらくしても反応が無い。


「うーん。留守みたいだね」


「念のため、もう一度鳴らしてみたらどうかな?」

僕は提案した。



「意味ないと思うよ。そもそも冬馬さん、仮に寝ていたとしても家に誰かが近づく気配がしただけでも反応出来る人だし。昔ナっちゃんと、どっちが冬馬さんの家の近くまで近づけるか遊んだ事があったっけ。

昼夜問わず、それこそ深夜でも気配を消してそろ~と歩くんだけど、私は平均4~5mまでが限界だった。

一番ビックリしたのはヤッタ!ドアまで行けた!と思った瞬間に”家に何か用か?”って真後ろで声かけられた時かな?完全に裏をかかれたよ。首筋に軽く手刀まで打たれた。真夜中だったのに!

ナっちゃんは平均2~3mまで行けた。私の時と同様、冬馬さんがいつの間にか後ろに立ってた事もあったんだけど、紙一重で気が付いてナっちゃん、振り向きざまに裏拳打ちを冬馬さんに放った。冬馬さんはその裏拳を掴んで綺麗にナっちゃんを投げて見せた。もちろん怪我しない投げ方でね。冬馬さん、ナっちゃんの事気配を殺す歩行術や呼吸術、気配察知術の技術が高いって誉めてたよ。悔しいな~!!」


・・・どれだけ仙人なんだよ冬馬さん。

てか、そんな子供の遊びに24時間付き合わされていい迷惑なんじゃないか?


「よし、それじゃあ寒戸関小中学校で先に五兵衛さんとショウ君に挨拶しよう!」


僕たちは学校に向かった。

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