9 挿話 2005年7月12日 新潟県佐戸市 県立合川高等学校

「郷土史の研究の宿題とかマジ面倒くさくない?」

「ああ、タルいよね」


【県立合川高等学校】。

相川の中心地にあるこの学校では、高校二年時に社会科の授業の一環として生徒たちに郷戸史の研究が毎年課せられていた。


「相川の郷戸資料って【合川図書館】に行けばあるんだっけ?」


「今いるこの学校の図書室にもあるんじゃね?」


「うん、ただ相川町は去年市町村合併があって島内全域が【佐戸市】になったから去年からは郷土史の研究は佐戸市内ならどこでもOKになったよ」


「けど、わざわざ相川町以外の研究する必要無くない?そもそも先輩の去年作った研究内容見せてもらってそれをパクって提出すれば良いっしょ」


「いやいや、その方法最近通用しなくなってるんだよ。前々から同じ方法でやってる内に先生達も流石に気が付いて去年怒られた先輩もいたって話だよ」


「そんな話があったんだ。それなら研究対象を佐戸市全域に広げて、例えばインターネットで”佐戸””郷土史”で検索してホームページから適当にコピペすれば良いんじゃね?」


生徒たちのグループが図書室で会話している中に、一人の女子生徒が入ってきて椅子に座り、ノートパソコンを置くとそれを部屋のコンセントに繋ぎ、起動させる。


「ネガっち何やってるの?」


「何それパソコンゲーム?」


パソコンを起動させたのは、【岩谷 希(いわたに ねがい)】と言う高校二年の女の子だった。

興味を持った生徒数人が希の周りに集まる。

希は一同を見渡すとコックリと頷いた。


「多分、ゲーム。サウンドノベルだと、思う」


「サウンドノベル?”か〇いたちの夜”とか”弟〇草”みたいな?」


「小説を読んでいく形式で、ゲームの途中で選べる選択肢で話の内容が大きく変わるタイプのゲームだっけ。でもネガっち、そんなの学校で遊んでたら先生に怒られない?」


希は首を振る。


「怒られない。私がやってるのは、郷土史の研究、だから」


「は?どう見てもゲームじゃん」


「このゲームのCD-ROM、合川図書館の、郷土史のコーナーに、あった」


「どう言う事?」


「図書館の郷土史コーナーに、この本があって、その最後のページにCD-ROMが、付属していた」


と言って希は本を一同に手渡す。

本の内容は確かに郷土史の研究らしき物が書かれていた。

大きく分けて幕末の内容と、太平洋戦争末期の内容が書かれている。


タイトルは【寒戸関村の惨劇に対する仮説と検証】。

著者名は””となっている。


「本当だ。確かに佐戸の歴史的な事が書かれているね」


「けどこの文体、研究書ってより小説に近くね?歴史小説っぽい表現が多いしフィクション小説なんじゃね?」


「本当だ。何でこんな本が郷土史のコーナーにあったんだ?置く場所小説コーナーと間違えたんじゃ無いの?」


希は一同の意見を興味深く聞きながら頷く。


「私も最初、そう思った。けど読み進めて行く内に途中から考えが、変わった」


そう言いながら今度はパソコンのゲーム画面を一同に見せる。


「何々?”海に遊びに行ったことはあるが、フェリーという物に乗ったのは初めての経験だった。

いや、これから先色々な初めての経験が待ち受けてる。”

ネガっち、こっちも多分ただのフィクション物のサウンドノベルだよ」


「もう少し先、読んでみて」


「”なもんで僕、本間 鐘樹(ほんま かねき)は結構緊張していた。”・・・ん?本間鐘樹ってこの本の著者じゃ無かったっけ?」


「本当だ。話の舞台は1989年?今から16年前だね」


「途中で選択肢が選べる様になっているね。完全にサウンドノベルじゃん。あれ?”現在作成中”って選択肢が結構あちこちにあるよ?まだ完成してないゲームなのかな?」


「どっちにしてもこんなの郷土資料じゃ無いでしょ、ネガっち」


希はパソコンを操作し、ゲームの画面をスクロールさせるといくつかの場面を皆に見せていく。


「寒戸関村?実在の集落じゃん」


「石田集落に、願河原集落も実在の集落だよね。随分舞台設定をマニアックな場所に設定したんだね」


「あれ?そう言えばネガっち、願河原集落の住人だよね」


生徒の指摘通り、岩谷希は願河原集落出身だった。


「そう。私は願河原集落に、住んでいる。それから、登場人物の名前を、見てみて」


「”中川名二三”?この人この学校のOBじゃん。確か高校三年生時に女子剣道全国大会優勝した超有名人だよね」


「”祝真名美”さんも有名だよね。空手部と柔道部、剣道部を掛け持ちしてそれぞれ全国大会上位まで行った人でしょ?」


「いや、祝さんは剣道に限って言えば県内予選落ちだよ。けど空手と柔道は全国ベスト4まで行った凄い人だよ」


「しかも実家の旅館の仕事を最優先してたから、部活の練習は最低限の事しかしてなかったって話だよね。それで全国大会上位でしょ?だから凄いんだよ」


「そういえば祝旅館も実在するよね。前に父さんの車で島の北西側を通った時に看板見えたよ。 でも旅館の仕事を最優先にしてたなら、何で部活を三つも掛け持ちしてたんだろ?」


「知らないの?石田集落と寒戸関集落、願河原集落は小中学校の体育の時間に古武術を取り入れているんだよ。

何でも寒戸関にはとんでもないレベルの武術の達人がいて、直接その人から実践的な古武術の基本と応用を学ぶ。

だからそこからの進学生は一年生の時に武道系の部活から物凄い勧誘を受けるんだ。祝さんはそれを断り切れなくて、実家の稼業を最優先にするって条件付きで部活を掛け持ちしたんだよ。

そういやネガっちも一年の時勧誘うけてたけど断ってたよね」


「もったいないな。ネガっち高校体育の武道の授業で柔道部、空手部、剣道部の連中相手に互角以上に戦っていたよね。部活入って本気で練習すれば合川高校の誇る、第三の超有名人になれたかも知れないのに」


希は答える。

「私はそれより、勉強に時間を、裂きたかった。今現在の進路目標は、公安警察。それにはまず、東大法学部に入学する、必要がある。出来るだけエリートコースに入って、大きな事案を、扱いたい」


「そういえばネガっち。小学生の時の夢が”忍者”、中学生の時の夢が”名探偵”だったって話だよね」


希は続ける。

「話がそれた。元に戻す。このゲームでは寒戸関村の住人が、6人出てくる。祝さんと名二三さんが実在の人っていうのは、皆の知っている通り。後の4人も実在の人物。私は集落がお隣さんだから、この人たちのことも、よく知ってる」


「うん?そう言えばフィクションのサウンドノベルなら歴史上の実在人物ならともかく、こんな一般人の実在人物が多数登場するのって変だよね?」


「そう、それを踏まえてここから先の話の展開を、見てみて」


希はゲームのスキップ機能等を使っていくつかの場面を皆に見せていく。


「・・・これマジ?」


「やばいだろ・・・」


「そう言えばこのゲームと書籍の名前、”寒戸関村のに対する仮説と検証”ってタイトルだったよね・・・」


話は序盤こそ日常的で平和的な話が続くが、後半になるにつれてその内容が次第に不穏な物になっていき、最後の方にもなってくると・・・。


「こ、これ本当にフィクションで良いんだよね・・・」


「フィクションに決まってんじゃん。事実だったらヤバいって」


「そ、そうだよね?ネガっち」


希は皆の意見を聞きながら真剣に考察をする表情になっている。

岩谷希の推理力は校内でも有名だった。

童顔で可愛らしいジト目気味の顔付きと、外見を気にしない、というか寝ぐせすら直してないボサボサのショートヘア。

外見と性格こそ地味で口数少ないが、ちょっとした情報から様々な事を言い当て、生徒を驚かすことも多い人物で、それこそ裏では”あいつ本当に忍者じゃね?”とか”名探偵ネガっち”とか言われていた。

実は隠れファンも多かったりする。


その希が言った。


「”寒戸関村の惨劇に対する仮説と検証”・・・。これは文字通りの解釈を、私はしている」

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