第6話 咲良の事情聴取

 木の下に青色のノートがあるのが見えた。

 場所も同じだし、俺が置いたノートで間違いない。


 今日は来なかったのか、取りに来るまで置いておこう。


 そう思っていると──


「あれ? 何かある。シュウくん、あれ何かな? ほら! あの大きな木の下!」


 ノートに気付いた咲良が取りに行こうとしている。


「──っ! 咲良、待ってくれ! それは俺が置いたノートだから、そのまま置いてて良い!」


 咲良の足が止まり、不思議そうな顔をして振り返った。


「……シュウくんが置いたの? ……どういうこと? もしかして、新しい趣味?」


 それ、どんな趣味だよ。

 とりあえずノートが先だ。取っておかないと咲良は絶対に読むからな。

 ノート争奪戦に勝った俺は、咲良に事情を説明した。


「そんな出来事があったんだー。でも少し分かるかな、良い場所だもんねー」


「そうだろ? だからこのノートは置いて……えっ?」


 この時に気付いた。

 ──俺の貼った付箋じゃない。


「……? シュウくん、どうしたの?」


「咲良、ちょっと待って……」


 やっぱり俺の付箋と違う。

 それに綺麗な字で『返事ありがとうございます』と書かれている。


 付箋は良いとして、どうしてノートがあるのか分からない。

 考えても仕方ないからノートを開いた。


 ……また返事がいっぱい書いてるな。


「シュウくん、本当に大丈夫?」


「ああ、大丈夫だ。寄り道して悪かったな。それじゃあ行こうか」


 そう言ってノートを鞄の中に入れた。


「あれ? 置いて行かないの?」


「ああ、持って帰るから」


 ノートは目通しただけで読んでいない。

 帰ってから読ませてもらうことにした。

 咲良の目の前だと、絶対に「私にも読ませて」と言ってくるからな。



 俺達は正門を出て少し歩くと、駅前の商店街が見えてきた。


「シュウくん、まずはケーキ屋に行くよ! ……えっと、お店は何処だっけ?」


 咲良がスマホで地図を見て、困った表情になっている。


「どうした? 場所が分からないのか? ちょっと見せてみろ」


 場所を見せてもらうと知ってる店だった。


「この店なら分かる。こっちだ」


「スイーツ店なのに知ってるの? スイーツ好きだったっけ?」


「嫌いではないよ。その店は行ったことが無いけど、場所は知ってる。美容室の近所だからな」


 スイーツ店は、美容室と同じ商店街にある店だからオーナーも知り合いだ。

 姉さんからも「美味しい店で有名」と聞いたことがある。


「そっか、シュウくんの美容室も商店街にあったもんね。じゃあ、案内は任せたよ! 秋也隊員!」


「はいはい、こっちですよ。咲良隊長、着いて来てくださいね」



 咲良隊長を先導してケーキ屋に入り、注文したケーキを待っていると──


「──で、秋也隊員。先程の回収したブツについて隊長に報告しなさい。回収したということは──返事があったんでしょ?」


 咲良隊長はメモ用紙を取り出して、事情聴取を始めた。

 隊長……いや、咲良さん? いつまで部隊ゴッコを続けるの?


「その件に関しては、報告の義務はありません。これは、わたくしの別任務となっております」


 とりあえず部隊ゴッコを続けてあげた。


「ええー! シュウくん、教えてよー!」


 もう隊長役は終わったらしい。


「さっき説明した通りだ。まあ、咲良の予想は合ってるよ。返事があったから持って帰ったんだ。だけど……見せないからな」


 まだ咲良は駄々っ子になっている。

 悪いが絶対に見せない。だって、咲良が手に持ってるのは──


「──それって、小説のネタ帳だろ?」


 それがどうしたって顔になってるけど、惚けようとしても無駄だぞ。


「……えっと、ダメ?」


「……咲良さん? ……上目遣いで可愛く言っても教えないからね?」


 ネタがあると思ったら何でも使うからな。


「あーあ、楽しそうなネタだと思ったんだけどなー。仕方ないから諦めるかー。シュウくん、その代わりに食べてる所の写真を撮らせてね」


「スイーツの写真だけじゃないのか? まあ、ケーキが来たら食べるから好きに撮って良いぞ」


 いつも咲良は色々な写真を撮っている。

 これも小説のネタみたいで「使えるかもしれないから」が理由らしい。


 そして店員さんが来て、ケーキをテーブルに並べてくれた。

 俺はチーズケーキで、咲良はチョコレートケーキを頼んだ。


「美味しそうだな。それじゃ食べるか」


 チーズケーキを食べようとした時──


「──ちょっと待って! シュウくん、食べる前に髪型をセットしてきて。はい、コレ使って良いから」


 咲良が鞄から整髪料を取り出して、俺に渡してくる。


「……ワックス? なんでセットしなきゃ駄目なんだよ? 知ってると思うけど、今の髪型もセットした髪型だからな?」


 渡されたのは男物のワックスだ。

 どうして男物を持ってるの? と思ったけど、最初から俺に使わせるつもりだったのかもしれない。

 ケーキ屋も調べてたから間違いないな。


「そんなのは髪型じゃないからね! 前髪を下ろして顔を見えなくしてるだけじゃん! その見た目とケーキは合わないの!」


 髪型じゃないって、酷い言われようだ。

 こうなった咲良は意見を変えないだろう。

 もう学校じゃないし、次の店も同じ商店街の中だから大丈夫か……


 俺はワックスを持って席を立ち、髪をセットした。


「うん、コレコレ。この描写が撮りたかったのよ」


 ケーキを食べている俺に満足してるのか、何枚も違う角度で写真を撮っている。


「咲良も食ったらどうだ? 美味しいぞ。写真なんて1枚あれば良いと思うけどな……それにケーキを食べるのに、髪型をセットする必要はあるのか?」


 俺には意味が全く分からない。


「──シュウくん、分かってない! 美少年がケーキを食べてる描写が重要なの! むさ苦しい髪型をした男がケーキを食べるシーンなんて、誰が喜ぶのよ!」


 やっぱり酷い言われようだ。

 俺の一言は、咲良の何かに触れたらしい。


「いや、髪型は違っても俺だから──」

「──うるさい! 言い訳しないの!」


 ……言い訳じゃなくて事実だよ。





 2件目のクレープ屋も回り終わり、咲良とは解散になった。

 咲良は彼氏の和真を待つと聞いている。


 それにしても、久しぶりにスイーツを食べたけど美味しかったな。

 たまに食べたいと思うけど、男一人で店に入る勇気はないから良い機会だった。


 咲良と別行動になった後、俺は商店街の中にある美容室に向かい、裏口から入る。


「秋也、今日はどうしたの? 学校だったのに珍しいわね。髪をセットして店に来るなんて」


 そこに居たのは母さんだった。

 母さんの名前は『藤堂美鈴とうどうみすず』といって、美容室の経理と着物の着付けを担当している。


「この髪型になったのはさっきだよ。咲良の小説のネタに付き合ってたからな。帰る前に頭を洗おうと思って……ついでに今月のスケジュールを確認しに来た」


「ふふふ、咲良ちゃんと一緒だったの? それなら仕方ないわね」


 母さんは幼馴染4人の性格まで知っているから、俺の髪型の理由が分かったんだろう。


「じゃあシャワー室を借りるよ」


 この後ワックスを洗い流し、予定を確認してから帰宅した。



 自室の机に座り、スケジュールに目を通すと、取材が1回だけ入っている。

 内容は『メイク特集』と書かれていた。

 下にスタッフの名前があり、メイク担当に『藤堂小春』モデルには──『アキちゃん』と名前がある。


 予定表を机の中に入れ、鞄の中から教科書を取り出していると、青色のノートが見えた。


 ……そうだ、持って帰ってたな。


 学校では咲良が居たから、書いている内容を読めていない。

 ノートを取り出して、返事のあるページを開いた。



「私と同じ気持ちになる人が居て嬉しい」と書かれていて「読書が好きなら木の下は本当に良い場所です」とも書かれている。


 そして長い文章の最後に「オススメの本を教えて欲しい」──そう書かれていた。



 ……オススメか、どうしよう。

 読書といっても俺が読むのはラノベだからな……偏見かもしれないけど、この子は文学少女だろ? ジャンルが合わないと思う。


 俺は迷いながらも作文を書いた。

 表現は間違っていない。これは文章じゃなく作文だ。



 僕は本を読むのが好きですが、文学小説ではありません。

 ライトノベルと呼ばれているジャンルを読んでいます。

 それでも良ければ教えますけど、どうしますか?



 うん、これで良いだろう。

 今日も『僕』と書いたけど、やり取りも最後だから気にしない。

「どうしますか?」と書いたけど、相手は物静かな文学少女。

 趣味が違うと知れば返事は無いはずだ。



 ──だから、これが最後だと思っていた。

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