美形変人チートの助手は楽じゃない【なんでも悩み相談室】

PONずっこ

第1話 「なんでも悩み相談室」の入り方 1



 どんな些細な悩み事であろうと、悩んでいる方は是非いらしてください。


 こちら西館一階「なんでも悩み相談室」。


 どんな事でも解決まで悩みの手助け致します。





第一話 「なんでも悩み相談室」の入り方





 騒がしい教室の窓際から二列目、後ろから二番目の席。そこがあたしに与えられたこの教室での居場所だ。


 机の横にかけられた手提げからお弁当を取り出し、机の上へ置く。


 ――この学校に入学してから一週間が過ぎていた。


 この学校の名は星塚ほしづか高校。この学区内では最も名高く、偏差値も一番高い。常に一番人気の公立高校だ。だが、そんなところに通っているからといって、あたしの頭がそれに相応しいとは限らない。


 自慢じゃないが、あたしはこの学校で一番頭が悪い。……本当に自慢じゃないところが悲しい。


 とある目的を果たすため、中学三年の一年間それはもう血を吐く思いで文字通り必死に勉強し、自分で言っていて悲しくなるほど、ぎりぎり崖っぷち滑り込みセーフでなんとかこの学校に入学できた。


 受験勉強をしていたあの頃を思い出すだけで、血の涙が出そうになってくる。


 中学三年の時の担任には、「受かるわけない。受かったら奇跡だ」と百万回ぼやかれた。それがあんまり頭にきたので、「もしあたしが受かったら、校内をパンツ一丁で逆立ちして歩き回ってくださいよ」と喧嘩を売ると、「上等だ、受かるわけねえ」とその担任は啖呵を切った。本当に教師かと疑うような断言ぶりだった。


 星塚高校に受かった今となっては、あの時の担任の憎たらしい顔がおかしくてしょうがない。そして、本当にパンツ一丁で逆立ちして校内を歩き回った担任の姿はもっとおかしかった。よくあれで教師をクビにならなかったものだ。


 思い出すだけで、今口に運んだご飯をふき出しそうになる。もったいないから慌てて口を押さえて笑いを堪えた。それに、一人でいきなり笑い出したりしたら、あたしは完璧に変な子になってしまう。


 そう、一人。


 あたしはこの狭くて広い教室で唯一、一人で昼食をとっている。


 教室には机の固まりが五つほど配置され、そこで仲良しグループが和気藹々と昼食を楽しんでいた。五つの内二つが男子のグループで、こちらは二、三人だ。男子の多くと何人かの女子は中学の時の友達がいるのか、違う教室や食堂に行っているらしい。そして、教室にある残りの三つが女子のグループ。きゃっきゃっと騒がしく、昨日のテレビの話やら、五時間目の授業の話やら、担任の話、自分達の事について話している。


 実に楽しそうだ。


 そして、今自分がその輪の中にいないことに、食べ終わったお弁当箱の中に取り残されるミートボールの串みたいな心細さと、ピラフから丁寧に取り除かれてしまったグリーンピースのような居心地の悪さを感じている。


 教室内で完璧にグループが仕分けされてしまった今、どうやらあたしは完全に出遅れてしまったらしい。これはまずい。


 あたしの予定では、今頃友達が男女合わせて軽く百人は出来ていて、昼休みは運動場でシートを広げてピクニックのようにみんなで昼食を楽しむ。そして、その後はみんなで食後の運動にドッジボールで青春と体脂肪を燃やす……はずだった。


 そんなどこかの童謡みたいな夢が叶わなくとも、あたしが必死でここに入学した目的ぐらいは絶対に果たす気でいた。


 ここに入学した目的――それは、スズ兄こと、幼馴染で憧れの人でもある高遠菘たかとお すずなと同じ学校に通い、一緒に登下校、一緒にお昼ご飯のラブラブハイスクールライフを送る事。


 だがそれも、いまや叶わぬ夢と成り果てている。


 昔から勉強も運動もなんでもすぐにこなせて、すごいなと思ってはいたが、まさかスズ兄がこんな事になっているとは思いもしなかった。


 あたしより一つ年上のスズ兄は、この学校の生徒会長だった。


 入学式の時に、スズ兄が壇上で挨拶しているのを見たあたしが、どれだけ顎をはずした事か。校内での人気も凄まじく、始業式でスズ兄が壇上に立った途端、歓声で体育館が揺れたほどだ。


 生徒会長を務めている上に、スズ兄は柔道部にも所属していて、今年からなんと主将に抜擢されたらしい。


 しかも、それでいて学業の成績は毎回トップクラス。一学年に二百人近い生徒が居る中で常に十番以内には入っている。


 ああ、ダメだ。今の自分と比較したら悲しくなってきた。お弁当に入れられたひじきが妙にしおれて見える。まあ、実際にしおれてるけど。


 いけない、いけない。だめよ、あたし。マイナス思考は不幸の元なんだから。


 楽しい事を考えよう。そう、だって今日の玉子焼きはびっくりするくらいキレイに焼けたじゃない。こんな日に暗いことを考えるなんて馬鹿げてる。


 そうだ、良いことを思い出した。


 あたしはぐるりと上半身をひねって後ろを向く。そこにあるのは、空席の机と椅子。机の横には何もかかってないし、机の中にも何も入っていない。掃除の時間はどの机より移動が楽なこの席。


 この誰もいない席はあたしの希望だ。


 誰もいないと言っても、ここにはちゃんと座るべき人間がいる。出席番号があたしの次の人。名前は出席簿によると「鈴木忍すずき しのぶ」ちゃん。名前からしてなんか大人しくておしとやかそうだ。きっと、黒髪でさらさらの長い髪をなびかせてゆっくり歩くような美人さんに違いない。


 ――なんて妄想を膨らますのがあたしの日課。


 この席の主である「鈴木忍」ちゃんは、今まで一度もこの学校に来ていない。入学式の日も、始業式の日も。欠席の理由は分からない。


 でも、この席は本当にあたしの希望なのだ。この席だけが……。


「おい、如月きさらぎー」


 あたしは廊下側の席で机を固めていた男子の一人に名字を呼ばれて、後ろに向いていた体をそちらに向けた。


「な、なに?」


「生徒会長が呼んでるぞ」


「え」


 あたしの方を見て言う男子の顔を見て、そのまま視線を戸の向こうへ運ぶ。


 その先には、他の男子とは比べ物にならないほど爽やかにブレザーの制服を着こなしている人の姿があった。そう、この人こそがあたしの大大大好きなスズ兄こと、高遠菘だ。


「スズ兄!」


 あたしは思わず声を大きくして立ち上がった。その瞬間、箸で挟んでいたウインナーが机に落ちて、ワンバウンドしてから床へ転がった。


「よう、翡翠ひすい


 スズ兄は片手を上げて微笑んでいる。もうスズ兄がそこに立っているだけで世界の色が明るくなる。絶対スズ兄の周りは空気が綺麗だと思う。マイナスイオンが出まくっている。存在自体が癒しそのものだ。


 あたしはそのまばゆい笑顔の元へ弁当もそのままに駆け寄った。お箸を置いて来るのも忘れていた。


「ど、どうしたの?」


 あたしは手に持ったお箸を後ろに隠して、スズ兄に微笑みかける。ああ、今日の髪型変だったかな。だから、お母さんにあんまりいじらないでって言ったのに。あたしの家は美容院をやっていて、あたしは実験台として毎朝妙な髪形にスタイリングされる。


 本当は、スズ兄が前に好きだな、と言っていたロングヘアーにしたいのに、すぐ切られちゃうから今はようやく肩に毛先が付く程度の長さしかない。おまけに毛先は少し外にはねてしまっている。


「元気か?」


「うん! 元気だよ」


「そうか」


 スズ兄はそう言って、あたしの髪の毛をくしゃくしゃと撫でた。おかげで、髪の毛に変なくせがついたけど、スズ兄に撫でられたあとだと思うとどんな髪型よりも愛おしく感じてしまう。ハードスプレーで今すぐ永久保存したい。


「悪いな、最近会えなくて」


「ううん、そんなの全然大丈夫だよ! スズ兄は忙しいんだから」


 うわ、なんかこの会話ってカップルっぽくないか。


「友達は? 百人できたか?」


 スズ兄は冗談めかして笑いながら訊く。


「あはは、百人はまだかな~。でも、すぐ作ってみせるよ」


 まだ一人も友達がいないなんて、口が裂けても言えない。スズ兄はいろいろ忙しいのに、いらぬ心配をかけたくない。


「そん時は俺にも紹介しろよ」


「もちろん」


 あたしの言葉に笑顔を向けてから、スズ兄は教室の中を覗きこむ。


「なんだ、あいつまだ来てないのか」


 スズ兄はそう言って、少し呆れた顔をした。


「あいつって? 誰の事?」


 あたしは言いながら、スズ兄の視線の先を目で追う。そこにはお弁当箱がそのまま放置されたあたしの机。


「ああ、忍だよ。たしか、翡翠の後ろの席だったと思うけど」


 その言葉であたしは納得した。スズ兄が見ていたのはあたしの机じゃなくて、あたしの後ろ――「鈴木忍」ちゃんの席だ。


「って、ええ⁉」


 どういうことだ。同じ学年で同じクラスのあたしでさえ名前しか知らないというのに、スズ兄は彼女と知り合いなのか。しかも、下の名前で呼んでいるなんて。


「す、スズ兄……鈴木さんのこと、知ってるの?」


「ん? ああ。まあな」


 まさか、まさかとは思うけど、スズ兄の彼女とか、だったり、するのだろうか。


「本当にあいつはしょうがないな。モーニングコールでもしてやるか」


 スズ兄はそう言って、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。ピッピッピッと三回のプッシュ音の後、携帯を耳に当てた。これは、アドレスから検索したというよりは、発信履歴からかけたに違いない。しかも履歴の一番上。つまりは一番最近電話した相手だ。


 あたしなんてまだスズ兄の携帯から電話がかかってきたことなんて一度もないのに。ちなみに、あたしからスズ兄の携帯にかけたのは一回だけ。しかも、あたしの携帯電話の番号を教えるためだけのワンギリ電話。


 あたしが動揺のあまりわなわなと震えている間にも、電話の呼び出し音がもう十回ほど鳴っていた。


「あ、やっと起きたか」


 どうやら十何回目かの呼び出し音でようやく電話の相手が出たようだ。


『……菘デスか』


 電話の向こうからは眠そうな男の人の声が漏れ聞こえてきた。あれ、スズ兄は「鈴木忍」ちゃんに電話したんじゃなかったっけ。


「ったく、おまえは。いい加減学校来いよ。もう始業式から一週間だぞ」


『ああ、もうそんなに経っていマシタか。時が経つのは早いデスね』


「呑気だな。そんなに寝てると寿命が縮むぞ。寝すぎるとボケが進行するとも聞いたな」


『何処からの情報デスか、それは……。言っておきマスが、私は一週間ずっと寝ていたわけではありマセン』


「じゃあ、何してたんだ?」


『小さな悪をちまちま見つけて根絶やしにしていたんデス。ちなみに今かなりいい所なので邪魔しないで下サイ。集金タイムが始まったらBボタンを一秒に六回のスピードで押さなくては週末を過ごすお金が無いんデス』


「切羽詰ってるなあ」


『ええ、切羽詰っていマス。なので、早急に電話を切らせてもらいたいんデスが』


「まあ、そう言うなよ。おまえに会わせたい奴がいるんだ」


『……なんデスか? 相談者デスか?』


「いや、そういうわけでもないんだが」


『なら、三笠みかさちゃんに会わせておいて下サイ。後でその方の情報と人相を念写してもらいマスから』


 念写って。


「すげーな。おまえらそんなことまで出来るのか」


『私と三笠ちゃんに出来ないことなんてありマセン』


 謎だ。さっきからちょこちょこ聞こえてくる二人の会話は謎に満ちている。というか、この電話の相手は一体誰なんだろうか。


『では、切りマスよ』


「あ、待て待て。今そいつが傍にいるんだ。声ぐらい聞いとけよ。声は念写できないだろ」


 スズ兄はそう言うと、あたしに「ほら」と携帯電話を渡した。シルバーのボディに、あたしが中学の修学旅行の沖縄土産としてあげた、シーサーのストラップがついた携帯電話だ。


「も、もしもし、如月……翡翠です」


 あたしは電話の相手が一体誰なのかも分からないまま、とりあえずスズ兄に言われるまま電話に出た」


『…………』


 電話の相手がしばらく黙り込む。


「あ、あの」


『ほう、女性デシタか。……スイマセンが、先程の男に変わっていただけマスか?』


「あ、はい」


 突然そう言われて、あたしはスズ兄に電話を返す。なんだかよく透るキレイな声だった。


「どうだ?」


 スズ兄はにこにこしながら電話の向こうの人に言った。


『なんデスか、コレは。自慢デスか。彼女デスか。イエスと言うのなら今すぐ電話と縁を切りマスよ』


「まあ、待てよ。俺の幼馴染だ。前にも話しただろ」


『……ああ、例の』


「しかも、おまえと同じクラスで席はおまえの前の席だ、忍」


 え、忍……ということは、もしかしてこの電話の相手が、鈴木忍だったのか。


『なるほど。了解しマシタ。明日には学校へ行きマショウ』


「ああ、待ってるよ。じゃあな」


 そこで通話は終了した。


「す、スズ兄……今の人ってもしかして、鈴木忍……?」


「ああ、そうだ」


「ってことは、『鈴木忍』ちゃんは……お、男の子だったの⁉」


「忍ちゃんって……。なんだ、翡翠は忍のこと女だと思ってたのか?」


 おもいっきりそう思ってました。そう思って、一度も疑いませんでした。だって、忍って、めちゃめちゃ女の子っぽい名前じゃない。


「忍ちゃんか~。そんな呼び方したら怒るだろうな」


 スズ兄はそう言って楽しそうに笑った。


「とりあえず、青木にも会っとくか。忍もそうしろって言ってたしな」


 念写ってどうやるんだろうな、なんて呑気な事を言いながら、またスズ兄は笑っている。いつもスズ兄は優しく微笑んでいるけど、今日はいつもに増して笑顔が眩しい気がするのは気のせいだろうか。


 というか、あたしは未だに状況がよく掴めていないのだけれど。


 そうこうしている内に、昼休みの終了を告げるチャイムが虚しく鳴り響いた。


「じゃあ、また放課後にな」


 スズ兄はそう言うと、あたしに手を振って自分の教室へと戻っていった。あたしはしばし呆然としながらも、スズ兄の背中が見えなくなるまで手を振った。


「あ」


 手を振りながら、自分が手に持っている箸に気がついた。……しまった、お弁当食べ損ねた。それからあたしの空腹との戦いが始まるのだった。



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