第二十一話 家康の奸計

三方陸路は山並みに囲まれ、正面玄関に海を配した要害、鎌倉。

それはかつての源氏或いは執権北条氏の根城にして争いの跡でもある。


そして、ここ鶴岡八幡宮は関東管領襲名に格好の舞台であった。


三将集えども、その思惑はそれぞれである。兵は今にも相対す敵をなぎ倒さんと息巻く。


特にこの男、里見義康が臣下、正木頼忠に、

北条随一の勇将たる北条氏照。

正木は怒りを込めて氏照を睨み、次いで家康へと視線を向け言い放った。


「家康殿。我ら里見は貴殿の約束に従いこの地に赴きましたが、いささかこの仕打ちは臣下が黙っておりませんぞ。」


「我ら里見の信条をお忘れでしょうか?関東武士の繁栄を築き、北条を打倒し、公方様を復興することです。貴殿はお上にそれを口ぎきなされると仰った故...」


正木はそこまで言いかけたところで口をつぐんだ。当の家康はと言えば......


その顔に刻まれた節々。冷涼たる脂汗。

正木など目もくれずその双眸はある一点を見据えていた。


今度は氏照が気づく。


「氏勝......なぜここに。」


北条氏勝。彼の使命は鎌倉から目と鼻の先に有る玉縄の守備のはず。また此度は、山中城攻防に参加せし守将。


氏勝は投降していた。勇猛果敢の玉縄衆と共に。その面は見るに堪えないほどであった。


「...何があったか。やはり小田原か?」


「......」






時はまた遡り、舞台は風雲小田原に移る。

彼の地最大の謀略にして、大攻勢を敷かれた城の終わりを告げる主砲。


兵力消耗、敵の遅滞戦術による豊臣軍の損失のみならず、兵糧攻めにも屈しない城の屈強さを前に、秀次らは窮した。


「九つの呼吸口を奴らは塞いだ。だが海上の包囲が手緩いぞ。豊臣海軍の離脱が裏目に出ておる!」


豊臣海軍は、先に独断で戦場を抜けた黒田官兵衛と共にその多くが離脱した。本来、かような行軍は重大な離反行為に当たるとして即刻処罰が通常であるが、よもやなりふり構っていられない状況となってしまった。なぜなら、この戦はすでに「期限付き」の総力戦であるからだ。ひとたび退けば、政権は瓦解してしまう。今、その時間を先延ばしにするために官兵衛が走っているのだ。(官兵衛が何のために、今何をしているのかはわからないが)


従って小田原城の海にたいした兵力は集中していなかったのだ。


秀次は、従来の天下人らしい圧倒的な物量による兵糧攻めをあきらめた。つまり力攻めである。


秀次は嘆息し、巨城を見下ろした。


問題は九つの呼吸口、すなわち城の外郭口。それと同時に、相手の士気が高い。まるですべてを託し終え、諦観した潔ささえも感じさせるのだ。


本当はわかっている。ここに大した兵力は


決戦を避けた?

どこに?

北方は間もなく敵を打ち破るだろう。もし敵がさらに阻もうとも、継戦能力と底力が、どこから湧き出るのか見当がつかない。


それは一つの焦りであった。だがそれは小田原のはるか彼方の強敵に向けられている。


「いいや今はそのようなこと、取るに足らぬ小事。今は、この城を突き崩すことのみを考えるのだ」


小声でつぶやいたのち、秀次は息を吸って大命を下した。


「近日、我が豊臣兵力の総力を以て小田原の呼吸口を徹底的に叩く!抑えればこちらのもの。我ら全軍を挙げなだれ込み、大攻勢を加えるぞ!奴らの兵力はもはや十万の我らに敵わん!」


「オオオオオオ!」


決起は翌早朝。狙いは海沿いの口に当たる、宮城野口、早川口、そして山王原口。西からは池田輝正、堀秀政、長谷川秀一らが、東からは徳川家康が侵攻する。


北口は守りが手堅いため、海側から寄せる戦略である。

相手の兵力は本丸に在り、口同士の連携が手薄くなっているところを突く。練りに練った急戦策は、官兵衛の助言を借りたものでもあった。


今の小田原は攻めれば必ず落ちる。その確信が秀次の判断へ導いた。


......だがこれが裏目に出た。





「玉縄衆と共に小田原の惨状を目にしました。それはまさしく黒雲渦巻く嵐といった様子で、我らは戦意を失い速やかに降伏することと相成り申した......」


氏勝は自らを恥じ、失意の中で玉縄城を開城し待っていたのであった。

家康は氏勝を見やり、言葉を繋ぐ。


「......じゃ。」


顔をギョッとさせ、にわかに信じがたいとでも言いたげであったのは、わずかに正木のみであった。


「氏直殿のお手並み拝見といったところであったが、どうやら大うつけじゃの、氏照殿。貴殿ももう少しはさかしさを持ち合わせていると思っていたが。」


「......」


鎌倉にて、三軍の思惑を変えた真相が明らかになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る