塹壕内で戦うとは

 塹壕内で戦う。一言でいえば簡単だが、実行は難しい。


 曲がりくねった塹壕の内部で戦えば、銃も弓矢も大差ない。しかも白兵戦になるため、銃より剣のほうが強い。ペンは、クソより役に立たない。


 戦えば犠牲者がかなり出るだろう。侵入してきた敵を全滅させる時に生じる犠牲と、塹壕の重要性が割に合わない。


 しかし敗走すれば背中から弓で射殺されるだろう。こっちも割に合わない。何をとっても司令官がたたかれれる。生き残ればの話だが。


「司令官は何と言っていた?」


 クレイが、やや震えた声で聞いた。新兵はもっと震えた声で


「司令官は全滅です。塹壕の通信室、および最高司令室が落とされました」


 今回は司令官がたたかれることはなさそうだ。さすがに、死人を叩くほど民衆は残酷ではないだろう。


「どうやって情報集めてきたんだ?」


「逃げてきた知り合いの兵士からこの情報を回してくれと言われたので」


「なんで突破された?」


「敵は来ないと高をくくって一瞬サボったスキを突かれたそうです」


 サボるのはよくないな。俺はさっと機械式腕時計を見ていった。ゼンマイが壊れていなくてよかった。


「多分、俺らのいる位置より南に五キロあたりまで占拠された頃に補給部隊が来るな」


 この塹壕は短く見積もって千キロはあるから、南に逃げれば助かるかもしれない。補給部隊には壊滅的な被害が出るだろうが。


「よし。南に全速力だ。補給部隊を敵が攻撃し始めたところで、それを盾にして南側から脱出する」


 人道外れしているだの言ってはいられない。しかも、もう敵は弓矢が届く位置にいる。なぜかって


「ぐっ」


 今、この情報を持ち込んだ今後の成長が見込まれていた新兵が、突然矢で心臓を貫かれたからだ。


「急げ!」


 まだ立っている瀕死の新兵を置き去りかつ盾にして、俺らは走りだした。ご愁傷様。

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