薄まる事のないアイスミルクティー

ソラノ ヒナ

前編

 お気に入りのバニラティーの茶葉を使って淹れたミルクティーを飲む時は、かけるくんの手紙を読む時だ。

 暑い時期に合わせてアイスミルクティーに変身した飲み物を、私はゆっくりと口にする。


「うっす……」


 香りは心落ち着く甘さなのに、味はイマイチになってしまった事を残念に思いながら、私はテーブルスタンドの明かりを少しだけ弱めた。


「さてさて、今回は何が書いてあるかな?」


 誰にも邪魔されない空間で、小学生の時に引っ越してしまった幼なじみからの手紙を開く。


 相変わらず、綺麗な字。


 いつの間にか翔くんの字は、私の書く文字よりも洗練されたものになっていた。

 彼曰く、『彩花あやかちゃんが読みやすくなるかなと思って』、だそうだ。そんな理由でここまで上手に書けるようになるなんて、彼は努力の方向性を間違えているんじゃないかと、常々思う。


『彩花ちゃんへ。


 高校2年生の夏休みが始まったな。

 今年の北海道もかなりの暑さになったけど、そっちはどう? 東京はもっと暑いよな?

 俺がすぐ駆け付けられるわけじゃないから、何度も書くけど、熱中症にだけは気を付けて』


 翔くんは本当に心配性だよねぇ。


 軽く笑いながら、私はアイスミルクティーを飲む。薄いはずだけど、今は気分が良いから気にならない。

 翔くんは陸上部だからか、夏になる前から手紙には『熱中症』の文字が登場していた。

 私はそんな彼の気遣いをくすぐったく思いながら、続きを読む。


『あとさ、もう予定があるかもしれないけど、8月8日に大切な話があるから、1日予定を空けておいてくれると嬉しい』


 何かあったのかな?


 中学生になった時、翔くんがスマホの連絡先を書いてくれた。そのおかげで私もスマホデビューができた。そこからは、何かあればメッセージや画像も送り合っている。

 けれど、手紙のやり取りがなくなる事はなかった。

 それぐらい、私達はたくさんの話をしてきた。

 でも、日時の指定なんかはなかった。

 あ、誕生日の時はあったかも、なんて思いながら、私はさらに読み進める。


『もし予定があるなら、連絡ちょうだい。予定がないなら、家にいてほしい。詳しくは、8月8日に話すから』


 ふむ。これはテレビ電話のお誘いだな。


 以前、急にテレビ電話をしてきた事を私が怒ってから、翔くんは事前に聞いてくるようになった。


 私だって一応は女ですから、気が抜けないわけですよ。幼なじみだからといって、すっぴんは見せられない。

 翔くんの『そのままでいい』、なんて言葉は鵜呑みにできないわけで。

 見たいか? 女のすっぴんを。ましてや、ただの幼なじみなのに。


 ズキンと胸が痛んだが、もう慣れた痛みなので、無視する。

 こんな不毛な恋は終わらせるべきだと、友達に言われる。会えない男より会える男! と言われるけど、ズルズル引きずってきた。

 この関係が無くなるのが怖くて、進展させる気もない恋。そんなの、本当に救いがないってわかってる。

 でも、それなのに、翔くんの何気ないひと言が私の心を掴んで離さない。

 

「やめやめ。翔くんのせいじゃない。初恋は実らないって言うけど、でも……」


 それに、この文通が途切れたら、私の恋は終わると思ってた。それなのに、今でも続いてる。

 苦い想いを薄めるために、アイスミルクティーを飲む。なんだか余計に苦くなった気がして、誤魔化すように手紙の続きを読み進めた。


『あとさ、やっぱり髪の長い子を見ると、彩花ちゃんを思い出す。今でも長いままだけど、本当に似合ってるし、可愛いなって思う』


「きた……!」


 翔くんは小さい時から、私の自慢だったロングの髪を褒めてくれる。

 昔ほどではないが、それが今でも続いていて、この言葉に私はバカみたいにときめいてしまう。

『髪の毛の長い彩花ちゃんが可愛い』そうだが、それは翔くんが髪の長い子が好きなだけ。


 だったら、髪の短い私の事は、どう思うんだろう?


 そんな疑問が浮かんで、ドッキリでも仕掛けるように、私は髪の毛を肩までバッサリ切った。

 こんなにも頭が軽くなるのかとびっくりしたが、心までなんだか軽くなった。

 この恋を、終わらせる事ができるかもしれないと思って。


「なんてベストなタイミングでこの話題。よし、送っちゃお」


 髪を切ったのは昨日の事。

 その時、美容師さんに撮ってもらった写真を添付する。

 今はほら、こんなに綺麗にセットしてないから、せめて見栄えのいいものを送りたい。


『今、手紙読んでるよー。あと8月8日は空いてるから大丈夫。それとね、イメチェンしたよ!』


 どんな反応が返ってくるかなと、ドキドキしながら送信ボタンを押す。


 髪の短い私は可愛くないとか、言われるのかな?


 そんなにはっきりと言ってくれたら諦めもつくだろうと、悲しい気持ちになる。

 気弱になった私がスマホの画面を眺めていたら、既読になった。

 と、気付いた瞬間、電話が鳴った。


 へっ? どうしたんだろ?


 そう思いながら、私は通話ボタンを押した。


『彩花ちゃん、何かあった?』

「いや、翔くんこそ、何かあったの?」

『俺は別に何もないよ。あんなに長かった髪の毛がめっちゃ短くなって驚いたんだよ! 失恋?」


 あ、そっちか!

 

 自分の想像していた反応じゃなくて、私は笑った。


『笑うとこか?』

「心配させちゃったなって思って。失恋っていうか、翔くんはどう思うのかなって思って、切った」

『……え』


 あれ? なんかまずい事でも言った?


 黙り込んでしまった翔くんが何を考えているかわからず、自分の部屋なのに居心地が悪くなる。


『俺の事考えて、切ったの?』

「うん」


 しばらく沈黙していた翔くんはそれだけ言うと、また黙った。


 切らなきゃ、よかったかも。


 沈黙が気まず過ぎて、私は自分の行動を悔やむ。


『彩花ちゃんってさ、何するか想像つかないんだよ』

「あ、あはは」

『まぁ、今に始まった事じゃないから、いいけどな。あ、短い髪も似合ってるよ。どっちの彩花ちゃんも可愛い』


 いつもの翔くんの声に、私の心臓が跳ねる。


 かわ、いい?


 頭の中で繰り返して、私は浮かれる。だけどすぐに、現実を思い出す。


 これって、私の恋は、継続って事?


 何やってんだ、私は。なんて思いながらも、緊張が解けた私はアイスミルクティーを飲み干す。

 溶けた氷で更に薄くなったはずなのに、ほんのり甘くて、心まで潤った気がした。

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