第二話 【儚き希望】


 day.4/5 [第一言の葉学園:廊下]


「……ほんとだ、どうやったんだ矢冨、これ」

「いや野極先生、俺が聞きたいですって。原因はわからないんですか?」

「さっぱりだな。いちおう、詳しい奴にも聞いてみるが、多分お前が求めるような回答は得られないと思うぞ」

「まあ、取り合ってくれるだけありがたいと思ってます」


 さてと。俺の今の現状を説明しよう。


 午前中の最後。教室にて、『言霊』が刻まれた装具を皆が手にするなか、俺の装具だけ、肝心の『言霊』が刻まれていなかったのだ。


 それを、各種授業ガイダンスが終わった後に野極先生へと聞いてみたのだが、わからないという回答を得ることしかできなかった。

 いまだその全容を掴むことのできていない『言霊』という力。その力は、物理現象すら捻じ曲げる力を持っているがために、本当に何が起きてもおかしくないのだそうだ。


 故に、俺のも、その『言霊』に隠された特性の一つかもしれないとして、経過観察ということになった。


 それから俺は、昼休みということで食堂へと移動し学食を食べながら、向井木と愛衣にそういったことがあったという報告をしているところだ。

 報告中に、愛衣がかわいそうなものを見る目で俺を見つめてくるのが非常に癇に障る。やいやい、気にされる方がこういうのはつらいんだい!



「うーん、本当に何にも書いてないな」

「ま、まあ。ジンは言霊がなくても素敵な人間だから気にしなーい!」

「やめろ愛衣。その言い方は癇に障る」

「酷ーいッ!!!」


 俺が学食のコロッケ定食を食べている間、転がす様に俺の装具の指輪を眺めている二人。試しに、愛衣の装具である腕輪を見させてもらったが、確かに愛衣の腕輪には『装』という文字が刻まれていた。


 そんな事実に辟易としながら、コロッケをパクリ。うん、うまい。


「あ、そうだジン」

「なんだ向井木」


 味噌汁を一口啜りながら、どうしようもない事実にうなだれていた俺に一つの希望を灯すかのように語り掛けてくる向井木。

 いったい何の話だろうと聞く耳を持ってみる。


「手帳の最後の白紙部分はみたか?」

「手帳か――」


 何だろうと食べ終わった定食の皿をまとめつつ、手帳を確認してみる。だが、前に確認した時と同じく白紙のままだ。メモ帳程度には使えるだろうが、この白紙の部分がなんだというのだろう。


「え、白紙だったの?」

「そうだよ。ほれ、見てみろ白紙だろ」


 俺の手帳を確認した反応見て驚く愛衣。手帳に何も書かれていないことを証明するために二人に向けてぺらぺらとめくって証明完了。


 雑な証明だったが、俺の手帳の肝心の部分に何らかの変化がないことは理解してくれたようだ。

 そんな証明をした後、俺はなぜこんなことを聞いてきたのかと聞いてみる。

 その問いに向井木は自分の手帳を俺に見せながら答えた。


「見ろ。俺の方の手帳には、あれから勝手に文字が浮き出てきたんだよ」


 そこには、俺の手帳では白紙であったはずの頁に、びっしりと文字が書かれていた。


「【招来:木】?」

「この手帳によれば、これを唱えることで木を地面からはやせるらしい。まだ試したことはないが、多分これが『言霊』の力ってことだろ。ほら、口に出して唱える。唱えたことが現実になるって具合にな」


 確かに、『言霊』とは人間の発した言葉には力があるという意味を持つ。だからこそ、この手帳に書かれた言葉にも、そういった力がこもっているということなのだろう。


「物は試しだ。確か、グラウンドそのために開放されていたと思う」

「いいぜ、行って試してみよう」


 学食の皿を片付けた後、俺たちは学校の第一グラウンドへと急ぐのだった。




 昼休みの時間の終わりが迫る中、俺たちはグラウンドに来ていた。


 全校生徒三百人弱のこの学園だが、『言霊』というモノのせいか、かなり広大なグラウンドを持っている。それも、複数だ。広い敷地の多くはこうした『言霊』の訓練施設として作られているらしい。


 その一つである、学園の敷地面積をもっとも広く占有している第一グラウンドに俺たちは来ていた。


 白土が広がるこのグラウンドは、端から端までで一㎞はあるらしい。どうしてこんなに土地が必要なのか、と向かう途中まで思っていたのだが、ついてみればすんなりとその理由が判明した。


「なあ、遠くに巨大な爬虫類が見えるんだが」

「あれ、『言霊』手に入れた新入生らしい。だからと言ってミニチュアゴジラになることはないと俺も思うが……」


 そう。言霊なのだ。すべては、この言霊がいけないのだ。


 言霊の力は、文字によって千差万別。故に、それらすべてに対応しつつ、そして許容するには巨大なグラウンドが必要だったらしい。


 そもそも。俺たちがグラウンドに到着する前から、グラウンド方向がやけに騒がしいと思っていたが、ついてみたら阿鼻叫喚ともいえる混沌とした景色が広がっていたのだ。


 遠くで見える背丈十メートルはあるであろうゴジラは、推定新入生のようで、足元にいるであろう友人に話しかけているようにも見える。


 そのほかでは、目立つものとして激しい雷光が地面に落ち続けている場所や、これまた巨大なクマのぬいぐるみが見えたりとやりたい放題だ。


「ま、まあ空いたところで俺の言霊を確認するぞ」


 呆けていられないと、向井木は俺たちを連れていち早くグラウンドの周囲に生徒がいない位置を陣取って、自分の手帳から装具であるスコップを呼び出した。


 俺や愛衣はアクセサリー型の装具であるために、身に着けるだけで運ぶことができるが、向井木のような道具型の装具は手帳に収納することができるみたいで、向井木が「招来」と唱えると、即座に手帳からスコップが取り出された。


 そして、スコップの穂先を地面に突き刺しながら、向井木は高らかに叫ぶ。


「【招来:木】ィ!!!」


 その言葉に呼応するように、スコップが少し光ったと思うと、次の瞬間地面に亀裂が入り、大地を割って木が生えてきた!


「おお! すげぇ!!」


 生えてきた木の詳細な種類は申し訳ないがわからない。ただ、葉は生えていない枝ばかりの樹木で、太さはそこまでない幹が三メートルほどの高さを空へと伸ばしていた。


 果たして、これは地面に埋まっていた根から発芽したのか、それとも突然、言霊の力によって発生したものなのか。ともかくとして、これが向井木の持つ【木】の言霊の力のようだ。


「いや、おま、ちょっと!」

「向井木くーーんッ!! うれしいのはわかるけど生やし過ぎーー!!」


 問題があるとするならば、この力の使い手が、調子に乗って力を使い過ぎることだろうな。もうすでに何本もの木を生やしまくり、周辺は林状態だ。


「うわぁーははッ!! 【木】【木】ィ!!! 生えろ生えろォ!!!」


 このグラウンドが植林地となるのも、そう遠くない未来であろう……。


「ていっ」

「痛ってぇ!」


 流石に広いグラウンドを森にするわけにもいかないので、向井木にチョップを見舞って止めに入る。


「あんまり調子乗んな」

「わりぃわりぃ。それで、播田實さんはどんな能力なんだ?」


 悪びれもせず、愛衣へと話をふる向井木。まあ、大事にはなってないからいいが、こいつはいずれやらかしそうだな。


 ともかく、パシャパシャと自分の生やした木と記念撮影をしている向井木は、次に愛衣の能力が気になったようだ。それは俺も同じで、俺からも愛衣の言霊について聞いてみた。


「愛衣はどんなことができるんだ?」

「私の? わーたーしーのーはー――」


 控えめに言って間抜けに見える口調で語句を伸ばしながら、ふらふらと向井木が生やした木の一本に近づく愛衣。

 そして、ぺとりと装具の腕輪を装着した方の手で木の幹に触れる。


「――【現出:装】ー!!」


 おそらく発動のトリガーである言葉を高らかに唱える愛衣。すると、いつの間にか彼女が触れていたものが変わっていた。

 それは、元が木であったにもかかわらず、まるで岩のような謎の物体に変化している。


「お、おい。なんだこれ」

「えとね。触れた対象を別の物質に装わせるんだって」


 装う? そういえば、愛衣の言霊は【装】だったか。纏うとか、装備するとかいう意味があったはずだが、それ以外にも他のものに見せるなんて意味もあった。おそらく、その意味合いから象られたのが、今一瞬にして木を岩にしてしまった力なんだろう。


「いちおー、これは見た目がそれっぽくなってるだけなのだよ、ふふん」


 そういいながら、ぱちんと愛衣が指を鳴らすと、一瞬にして岩から木へ、先ほどとは真逆の現象が俺の目の前で繰り返された。


 二人のその能力は、どちらもが本来の常識的な法則からはかけ離れたものだ。それを見せつけられた俺は、言霊とはほんとうになんでもありなのだと実感する。


 さて、俺の指輪には、いったいどんな力が秘められているのやら。


 できるならば、文字が浮かび上がってくれればうれしいものなのだが。


 とはいえ、どれだけ俺が溜息を吐いたところで、この指輪はうんともすんとも言わない。そんな俺は、ただ同級生たちが手に入れた新たなる超常の力たちを、羨ましそうに指をくわえてみていることしかできないのであった。

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