昼休みの怪談

あらい

第1話 最期の曲 1

 昼休みのチャイムが鳴り、私はそそくさとお弁当を取り出して教室を出た。


 廊下に出ると、昼休みが始まった解放感で、廊下全体が生徒の楽しそうな声で溢れている。どこかの窓が開いているのか、いつもの廊下よりも、秋の澄んだ空気の匂いを強く感じられる。私はいつもの待ち合わせ場所である別館三階の生物準備室に向かった。

 

 教室でクラスの女の子たちと食べるのもいいけど、やっぱり人の少ない生物準備室は居心地がいい。なんて考えたら、みんなに悪いかな。まぁいいか。どうせ声に出して言ったわけじゃない。心の中でひっそりと思ってしまったことだ。私以外知る由もない。

 

 廊下の声はさらに賑やかになってきて、突然教室のドアが開いたかと思うと、知らない男子たち数人が、猛ダッシュで私の横を通り過ぎていく。男子特有の力強い動きは、突風みたいな風を私の耳の伝えてきて、もしぶつかったら死んじゃうかもとぼんやり考えながら、私はいつもどおり生物準備室に辿り着き、扉を開けた。

 

 「よーす。来たね」

 

 「うん。お待たせ」

 

 「ほんとだよ。すごい待った。すごい待ったから、今日はメグミがジュース奢りね」

 

 「なんでそうなるのよ。だいだい、いつもサキが早すぎるんだよ。同じ本館の同じ四階に教室があるのに、この差は一体何なのか...」

 

 「私のほうがお腹を空かせているから?」

 

 「はいはい。あーお腹空いた」

 無視しないでー、とさらにかまってちゃんになったのでさっさとお弁当を開ける。

 

 うん。今日もいい感じにたまご焼きができたな。うんうん。天才、私。

 

 「おおー。今日も今日とて料理上手が際立ってますな。ほな一口」

 白くて細い指がすすー、と伸びてきて、私のお弁当のおかずコーナーに王手をかけてくる。私はすかさずお弁当を背中で守るようにしてかばう。

 

 「ちぇ、けちー」

 

 「欲しいならちゃんとお弁当の蓋なり何なりを用意してから...ってあれ?サキ、お弁当は?」

 

 「あー、ちゃんとあるよ。ただ今はちょっと音楽を聴こうとしてまして」

 サキはやや長めのボブカットの髪を少しだけ耳にかけると、耳にした無線のイヤホンと手に持ったスマホを見せてくる。

 

 「音楽?どんな?」

 

 「よくぞ聞いてくれたね。今日の話題はまさにこれなんだよ」

 

 だからさっきすごい待ったって、ちょっと嫌味っぽく言ったのか。

 

 「へー、今回はどんな話なの?」

 

 「え、なに。なになにw。なになになにw。メグミちゃんは知りたくてしょうがない感じ?w」

 

 「もういい。聞かないから」

 

 「あーーごめんごめん。ごめんよぉ、謝るから。ほら、あとでウチのミニハンバーグをあげるから許しておくれー」

 

 ふん。

 

 「とりあえずお弁当を開けてから話してよ」

 はいはい、とサキは陽気に笑いながらスマホをいったん机におくと、自分のお弁当を広げ始めた。

 

 まったく。黙ってれば可愛いのに。


 こうしていつもどおり、私とサキの昼休みのちょっとした怪談が始まった。


                【♦】


     これはね、最近塾でできた友達から聞いた話なんだけどね。


                【♦】


 高校二年になる美緒はある日、部活からの帰り道に、親友の楓から妙なことを聞かされたのだった。

 

 「不思議なプレイリスト?」

 

 「そうそう。なんかね。そのプレイリストの曲って、人によって聞こえる音が違うんだって。それでね、そのプレイリストには曲が20個くらい収録されてて、1曲が進むごとにだんだん音が明るくなったり、高い音になっていくと、聴いた人の運勢がすっごくよくなって、最後の曲を聴くと天を突き抜けちゃうみたいな幸せの絶頂がやってくるんだって」


 「へぇー。どんな曲なんだろ。楓は聞いたことあるの?」


 「ううん。私も最近知ってさ。でももしそんなプレイリストを見つけられたら、私も彼氏の一人や二人できるかなー、なんて思ったり思わなかったり」


 なるほど、確かにそれは少し気になる。もし本当なら自分にも恋人なんかができるかもしれないし。なんというか、胡散臭いとはわかっていても、占いやらなんやらが好きなのが女の子なのだ。と美緒は思った。


 「でもね、そのプレイリストって、普通にネットで調べたりユーチューブなんかを漁っても出てこないんだって。知らない間に自分の端末に追加されてて、他の人にネットを介した共有とかもできないんだって」


 「え、なんか怖くないそれって。幽霊みたいなプレイリストってこと?」


 あはは、確かに。と楓はケラケラ笑った。美緒はだんだん好奇心よりも胡散臭さのほうが心の中を占め始めていて、今度は美緒自身のことを話したくなってきたけれど、楓の話が終わるまで一旦我慢することにした。


 「でもいいよねー。聴くと最高に幸せになれる曲だよ?私のスマホにも突然入ってたりしてないかな」


 「楓はもう十分幸せじゃん。レギュラー決まって、もうすぐ大会だって始まるんだし」


 あぁーー、言わないでよそれ。今から緊張してくるじゃん。と楓はうれしさ半分本当に緊張している半分で言った。美緒は最近自分の200メートル走の記録が伸び悩んでいることを楓に相談しようとしていたけれど、喉のあたりまで出てて来ていた話のタネをぐっとこらえることにした。そしてこらえた原因が悔しさから来るものなのか、もうすぐ分かれ道が近づいているからなのか、美緒にはよくわからないのだった。


 「まぁもしそんな《もの》が見つかったとしても、私たちのところにはやってこないか」


 楓はそう言って話をまとめにかかった。


 「そうだね。私たちは陸上部忙しいから、彼氏なんていらないよね」


 「それとこれとは別」


 美緒が冗談で返すと、楓も冗談で返してくる。楓との冗談を交えたやり取りは、美緒にとって楽しくて心地よく、美緒はいつも感じる楓への劣等感みたいなものをこらえるために、ここ一年間ほど使っている心の安定剤のようなものだった。


 「じゃあまたね美緒。全国終わったら原宿行く約束忘れないでね」


 「はいはい。バイバイするごとに確認しなくても、ちゃんとわかってるから」


 美緒と楓はそれぞれ手を振って別れた。


 夕方の帰り道に吹く風は昼間の熱を保っていて、もうすぐ夏が来ることを二人に伝えた。

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