君が隣にいるだけで

@yaduki777

第1話 彼女の終わりと物語の始まり

【西暦2058年 大インド帝国 首都デリー 会見場】


 5月中旬。

 広い記者会見場に集まった各国の記者達は、アブドゥル・ハキームの登場を今か今かと待ち構えていた。

 大インド帝国の頭脳とまで呼ばれ、帝国の大統領と同国におけるロボット工学の第一人者と言う2つの肩書を持つ男。

 彼が『世界的な大発明をした』と発表すれば、記者達が乗り込んでくるのも当然の事だった。


「新しいロボットの発表だろうか」

「恐らくな。2050年には人間と全く同じ歩き方が出来る二足歩行ロボットの開発に成功している。

 あれから8年……余程画期的なロボットで無ければ人々の関心を引く事は出来ないぞ」

 当然、期待が高ければ高い程発表内容に対するハードルは上がっていく。

 大勢の記者達を集め、全世界で同時中継をしてほしいと言う彼からの要望があったのだから尚更だろう。


「お待たせして申し訳ありません。準備に時間がかかっていたものですから」

 老齢の男性は流暢な英語でそう話すと、予め用意されていた椅子に腰を下ろす。

 カメラのシャッター音が連続して聞こえ、彼の顔は光に照らされた。

「ハキーム大統領、今回貴方が発表する発明の内容をお聞かせ願えませんか」

 記者の質問に対して、ハキームは頷いた後目の前にいる記者達をゆっくりと見回した。


「世界中の皆様、今日は私の為にお集まり頂き誠に有難うございます。

 私は若い頃から『人間と同じロボット』を開発する事に人生を捧げてきました。

 人間と同じ様に喋り、同じ様に考え、人類の繁栄に関わる様なロボットを必ず作ってみせる。

 そう心に誓い続け、遂に完成したのです。

 科学の力を結集して生み出された新人類ニューマンを御紹介致しましょう」


 奥の扉が開き、1人の男性がハキームの隣に立つ。

 その瞬間、記者達は度肝を抜かれ暫く質問を行う事が出来なかった。

「ハキームⅡ、素晴らしい立ち居振る舞いだったよ」

『お褒め頂き光栄です』

 アブドゥル・ハキームと全く同じ顔と姿をした男。

 そして先に座っていた方が『ロボット』である事が判明した瞬間、どよめきが広がる。


「冗談だろ?あれがロボットだと言うのか?」

「信じられないが、ハキーム大統領は双子では無いのだからロボットなのだろう」

 背丈・容姿・声の抑揚や喋り方に至るまで、全てが同じ。

 愕然としている記者達をからかう様に、彼は座っている方のハキームがロボットである事を証明した。

「この通り、彼の頭蓋には電子頭脳が内蔵されています。

 私が作り上げた電子頭脳に私の記憶と人格を完璧にコピーする事によって、もう1人の私を作る事が出来るのです」


 頭の部分が簡単に開き、機械部分が剝き出しの状態になる。

 こんな光景を見せられてしまっては、記者達も自分が今見ているものを信じるしか無かった。

「人間の脳を一切傷付ける事無く、スキャンを行う装置も開発済みです。

 皆さんそれぞれ意見はあるでしょうが、人間は遂に『不老不死』の領域へと辿り着きました。

 私が万が一死んでしまったとしても、『ハキームⅡ』がさらなる研究を続ける事でしょう」


 限りなく本物に近い、究極のロボット。

 問題はそれが完成したとして、他の国に技術提供を行うか否かだ。

 (優秀な軍人の脳をコピーしたロボット部隊を作れば、戦争は新たなフェーズに突入する。

 2028年に起こった第三次世界大戦の悲劇を繰り返さぬ為にも、我が国にその技術がもたらされるべきだ)

 アメリカ合衆国にしてみれば、喉から手が出る程欲しい技術。

 しかし、ハキーム大統領にしか新しいロボットの作り方が解らない以上慎重に物事を進めていく必要があった。


「大統領。世界平和の実現の為にも、このロボットの製造方法を是非世界中に教えて頂きたい。

 様々な問題を一気に解決する、救世主となるでしょう」

 本音を隠しつつ、ロボットの製造方法の開示を迫るアメリカの記者団。

 他の国の記者達も革命的なロボットを己の国で運用したいと口にする。

 世界のパワーバランスすら変えてしまうかもしれない発明に、世界中が注目していた。


「私は、このロボットの製造方法を世界中に開示するのは危険だと思っています。

 ニューマンを悪用しようと思えば、幾らでも犯罪や戦争に転用する事が出来る。

 しかし、技術を明らかにしなければ大量生産が出来ない事もまた事実です」

 大インド帝国はあからさまな反米姿勢を見せているワケでは無いものの、アメリカとそこまで仲が良いとも言えない。

 アメリカが一方的に利益を得る様な状況は、ハキームも望んではいなかった。


「では、どの国にニューマンの技術を供与すると言うのですか?」

「米印の友好を確認する為にも、やはりアメリカに技術を提供するべきなのでは」

 最早質問と言うより、各国の駆け引きの様相を呈してきた会見場。

 ニューマンを得た国が、大インド帝国と共に世界の覇権を握れると言っても過言では無い。

 それが解っているからこそ彼等は本気でハキームの胸中を知りたがっていた。


「私は今日と言う日を迎える前から、水面下である国と交渉を行っていました」

 ハキームⅡを退出させた後、ハキームは椅子に座り改めて記者達に視線を向ける。

「大インド帝国と昔から親しく、穏やかで温かい国民性。

 この国ならば、他の大国と違って致命的な間違いを犯す事は無い。

 その国のリーダーも、決して軍事利用は行わない事を約束してくれました」


 帝国の大統領が全幅の信頼を置く程の国。

 何処の国なのか、記者達にはある程度解っていた。

 第三次世界大戦において上手に立ち回り、知らぬ者がいない巨大国家へと変貌した国。

「勿論、その状況が永遠に続くかどうかは解りませんが現時点での技術供与は一国のみ。

 日台帛にったいはく連合皇国れんごうこうこくに限りニューマンの製造を認めるものとします」


 翌日の新聞やニュースは、ニューマンの技術供与に関する報道で埋まる事となった。

 世界中で、同じニュースが流されると言う事は滅多に無い。

 それだけ、ハキームの発表が衝撃的であったと言う事だろう。

 アメリカ合衆国は即座に皇国に圧力をかけニューマンの製造方法を探ろうとしたが失敗。

 各国のスパイも暗躍したが技術が世界に流出する事無く時は流れた。


【西暦2060年6月 日台帛連合皇国 東京都大田区 北馬篭きたまごめ白水高校校舎内】


「なぁ、今年の東京オリンピックで日本の選手が金メダルを取る種目って何だと思う?」

「鉄板は柔道だろ。

 日本人も強いし、樺太と北方領土にいる元ロシア人の育成も進んでるしな」

「それを言ったらサッカーも充分可能性あるだろ。

 台湾県と帛琉はくりゅう県から代表選手がどんどん輩出されてる。

 ロシア人キーパーなんて身長2m越えだし、勝てるって」


 1日の授業が終わり、帰り支度を始める生徒達。

 だが一部の生徒は雑談を続け、五輪の話題で盛り上がっていた。

「今の所まだ噂程度の情報なんだけどさ。

 今回のオリンピックはパラリンピックだけじゃ無く、ニューマンを用いた大会も行われるらしいぜ。

 トライアスロンとマラソンが対象競技になるんじゃないかって騒ぎになってるよ」


「あー、確かにバッテリーさえ途中で交換すればスタミナは実質無尽蔵だもんな。

 疲れなんてものが無いんだから、世界新記録とか出そう」

「参考記録程度なんじゃないの?

 ロボットが出した記録なんて公式記録にはならないと思うわ」


 人種の多様化及び『日本人化』が進む皇国では、生徒達にすらその一端を垣間見る事が出来る。

 第三次世界大戦が2030年に終戦を迎えた後、日本は多くの外国人を日本人にする為に心血を注いだ。

 台湾人・ロシア人・パラオ人が多数本土に足を踏み入れ、子供を産み日本の文化に慣れ親しんでいく。

 この高校でもパラオとのハーフやロシアとのハーフで、日本語しか話せない生徒が多数存在していた。


「なぁ、光輝はどう思う?」

 クラスメイトから声をかけられた男子生徒、美輪みわ光輝こうきは机に肘を付けた状態のまま答える。

「身体能力が高い選手を育成出来る環境が整ったから、野球を筆頭にメダルラッシュが起こる。

 流石に金メダル獲得数1位は無理だと思うけど、30個は確実に獲ると思うよ」

 隣の席に座っていた女子生徒、清川きよかわりんも彼の考えに同意した。


「1位はアメリカ合衆国よ。大インド帝国が2位で、皇国は3位。

 その下だとロシアとかフランス、イギリス、ドイツとかになるんじゃない?

 前回の東京オリンピックが不評だったって話を聞いてたから、また開催国になるなんて思わなかったわ」

 凛はロシア人とのハーフで、長い黒髪と淡い青色の瞳が印象的な美女である。

 樺太出身の母親と日本人の父親の間に生まれ、学業も運動も優秀。

 白水高校においては風紀委員を担当し、他の生徒からも信頼されていた。


「日印の友好と、アメリカと大インド帝国の仲裁役を皇国が務める事をアピールする為の五輪だからな。

 スポーツの祭典だけど、オリンピックは政治と切り離す事が出来ない。

 ベルリンオリンピックだって国家社会主義ドイツ労働者党が国家の威信を世界に見せつける為のショーだったんだし」

 聖火リレーと同じ様に、ニューマンも政治の道具にされる運命は避けられなかった。


 皇国の科学技術が優れている事を世界に示す場。

 大インド帝国がアメリカ合衆国を牽制し、『お前は世界の覇者では無い』と釘を刺す為の場。

 そういう意味では政治と無関係な事柄等この世に存在しないのかもしれない。

 光輝はそんな事を考えながら、クラスメイトとの会話に興じていた。


 日台帛連合皇国がどの様な道を歩もうとも、普通の人々は自分の人生以外まで手が回らない。

 高校から自宅への帰り道で、光輝は高校卒業の『先』をそろそろ真剣に考えなければならないと思っていた。

「俺、父さんから『こっちに来ないか』って誘われてるんだよ。

 でもその為にはもっとレベルの高い大学に入らなきゃならないし、無理だと思ってる」

「自分がなりたいものになれる様に頑張れば良いのよ。

 貴方のお父さんがやっている事は凄く立派だと思うけど、同じ道を進むのが正しいワケじゃないんだから」


 光輝の父親である美輪みわ彰浩あきひろは大インド帝国の企業である『エヴォリューション』の皇国支社で働いている。

 親がニューマンの製造・販売を行っている会社に勤めている事は光輝にとって悪い話では無かった。

 特に経済面で苦労した事が一度も無く、将来に関して楽観的な見方が出来るのは大きい。

 凛も光輝の家ほどでは無いが裕福な家庭に育ち、何不自由の無い生活を送ってきた。

「なんかまだ、何になりたいって言う具体的な夢は無いんだよなぁ……

 そっちは看護師を目指してるんだろ?しっかりした目標を持ってて偉いよな、凛は」


「漠然としてるけど、誰かの命を救う仕事って凄く素敵な事だと思うの。

 私がいたからその人が助かったって言うのは、存在意義に繋がる様な気がしてね」

 ニューマンは人間に似ているが、医療の業界では人間以上に重宝されている。

 睡眠を必要としないニューマンは、どんな時でも即座に治療を行う事が出来るからだ。

 そういったハンデが生まれつつある場所に飛び込んでいく凛の度胸が、光輝にはとても羨ましく感じられた。


「承認欲求だよな。人は皆、『誰かに必要とされている』と言う実感が欲しいんだ。

 俺も何かの形で役に立つ人間になりたいよ。何をやるか、決まっちゃいないけど」

「焦る気持ちは解るけど、落ち着いて考えればきっと答えが見つかるわ。

 貴方のお父さんとも話し合って、少しずつ解決に向かって進んでいけると良いわね」

 科学者にはなれないけれど、父親のコネを使って就職し甘い汁を吸う道を選べる。

 だが凛に軽蔑されるような人間になるのも嫌だ。

 まとまらない思いを抱えながら、光輝は凛と別れ自宅に戻った。


「おかえりなさい」

「ただいま……父さんは?」

 玄関で靴を脱ぎながら、光輝は廊下に立っている母親を見つめる。

「今日も会社に泊まるんですって。忙しいみたい……

 こういう時期に子供の側にいないのはあまり良い事じゃ無いわね」

「稼いでもらってるんだから、俺も母さんも文句を言える立場じゃないよ。

 俺、部屋で勉強してるから何かあったら声をかけて」


 自室には鍵をかける事が出来、使えるスペースはかなり広い。

 参考書と漫画の単行本が並ぶ本棚。勉強机とベッド。

 服が入っている箪笥といった家具が並ぶごく一般的な部屋だった。

『お前も私を見ていれば解るだろう。人生において大事なのは『安定』だ。

 エヴォリューションに入社してきちんと勤めれば給料も良いし退職金も出る。

 趣味を仕事にしようとする者は星の数ほどいるがそれはあまり現実的では無いぞ』


 父親の言葉は確かに正しい。

 趣味は趣味として楽しむべきだし、楽しみたいのならば金は絶対に必要だ。

 頭ではそれが解っているのだが、親が用意したレールに乗るだけの人生は空虚では無いか。

 もっと、自分にしか出来ない何かがあるのではないか。

 そんな幻想を捨てられず、光輝は期末試験の為の勉強をしながらもあまり集中する事が出来なかった。


「母さん、ちょっと外に行ってくるね」

 その日の夜、外出しようとした凛に対して母親は心配そうな表情を見せる。

「大丈夫なの?」

「すぐに戻ってくるから。コンビニでアイスを買って戻ってくるだけ。

 何時もやってる事だもん。お母さんの分も買ってきてあげる」

 

 勉強の合間の気晴らし。

 夜9時の外出は凛にとってそれ程珍しいものでは無かった。

 帰宅した後もう少し勉強したらシャワーを浴びて就寝。

 自分の中で決めている1日の流れの1つ。

 彼女はそれが日常の一部であると信じて疑わなかった。


 北馬篭駅近くのコンビニは清川凛の自宅から歩いて10分。

 往復で20分になるが凛は何時もより早く歩いていた。

 (お母さん、不安がってたし……すぐに帰ろう。

 ついでにお父さんの分も買っちゃった。喜んでくれると良いな)

 マイバッグの中にはカップ式のアイスが入っている。

 保冷剤が入っているワケでは無いのでそういう意味でも彼女は早く帰ろうと思っていた。


 走って誰かにぶつかり、迷惑をかけるのは困る。

 かと言ってのんびり歩いてはいられない。

 そんな事を考えながら、ブロック塀で仕切られた曲がり角を右に曲がろうとする凛。

 だが反対側からやってきた黒い影が、右手に光る何かを持って襲い掛かる。

 彼女は刺された直後、自分の身に何が起きたのか全く解らなかった。


 血に塗れた大型の包丁。フード付きの黒いコートを羽織り、笑みを浮かべる男。

 腹から流れ出す熱い液体。凛はマイバッグと財布を手から落とし、膝から崩れ落ちる。

 男は振り返って歩いてきた道を逆方向に走り、彼女の視界から消えた。

 (え、嘘……私、死んじゃうの?)

 理解がまるで追い付かない。助けを呼びたかったが、声が出ない。

 死ぬのは嫌。お願い、誰か助けて。

 様々な思いが脳裏をよぎったが、全ての意識が暗闇の中へと飲み込まれていった。


「嘘だろ、おい……救急車を呼ばなくちゃ」

 たまたま近くを歩いていた若いカップルが救急車を呼び、凛は病院に搬送される。

 救急車内でも意識が無く、病院に到着した時には彼女は既に事切れていた。

 彼女が持っていた財布の中に住所を確認出来るものがあった為、母親に連絡がいく。

 すぐに駆け付けたが、娘の顔に白い布が被せられているのを見て泣き崩れた。


「刺し傷が深く、内臓を損傷していた為出血も酷いものでした。

 死因は刃物で刺された事による失血死です。お悔やみを申し上げます」

 父親も病院に到着し、泣き喚いている妻を宥める。

「凛が、あの子がどうして死ななければならないの!

 あの子に何の罪があったというの!?まだ子供なのよ」

「落ち着くんだ。私だって、娘が死んだと言う事実をまだ受け止め切れていない。

 悔しいし、怒りすら感じている。だが、感情的になっても凛は帰ってこないんだ」


 消灯時間も近い夜の病院で、大声を出せば周りの患者達の迷惑になる。

 父親は自分にもそう言い聞かせつつ、冷静さを取り戻す様にと妻を諭した。

「これから、どうすれば良いと言うんだ……娘の命が虫けらの様に踏み潰された。

 こんな、簡単に娘の存在が消されてしまうなんてありえない」


 生きて、やりたい事がどれだけあっただろう。

 欲を言えば大きくなった時に、沢山親孝行をしてもらいたかった。

 一瞬で夢や希望が打ち砕かれ、死体だけがこの場に残っている。

 それも焼かれて骨になってしまうのだ。

 父親は世界の無情さを感じ思わず壁に拳を叩き付けた。


「私ならば、貴方がた2人の悲しみや無念を別の形で癒す事が出来ますよ」

 部屋に入ってきた男の姿を見て、凛の父親は目を丸くする。

「美輪さん……?確か、光輝君の御父上では?」

「その通り。貴方の奥さんが血相を変えて走っていく姿をたまたま目にしましてね。

 娘さんがお亡くなりになってしまわれたのは誠に残念です。

 ですが、私は例え偽物だとしても娘さんを『生き返らせる』事が出来る」


 美輪彰浩がニューマンの製造会社で働いている事は凛の父親も把握していた。

「まさか、今から脳のスキャンを行って娘のニューマンを!?

 無理ですよ。私の稼ぎでは、1億円なんてとても払えません」

 ニューマンを1体製造する為の費用は1億円。

 最先端の技術を惜しげも無くつぎ込んだロボットの開発費用は目の玉が飛び出る程高額だった。


「私の『条件』を呑んでくださると言うのならば、無料でお作り致しましょう。

 エヴォリューションの『上』と話をつければ、娘さんが死んだと言う事実も闇に葬れます。

 1年ごとに見た目を変更すれば、人間扱いされるニューマンを作る事が出来るんですよ」

 彼は、ニューマンに『凛の代わり』をさせると言っているのだ。

 清川凛のニューマンが本物の日本国籍を乗っ取り、人間として生き続ける。

 記憶と人格は娘と全く同じだが、それは決して自分達の娘では無い事は解っていた。


「ロボットに、娘の人生を受け継がせるなんて……」

「いや、私は条件がとんでもないものでさえ無ければ了承したい。

 嘘でも、偽物だったとしてもココでニューマンの力を借りなければ娘の全ては失われてしまうんだ。

 娘がこの世からいないものとして扱われる事自体が私には耐えられない」

 母親はあまり乗り気では無かったが、父親の方はニューマンを強く欲していた。

 

 娘の笑顔が、娘が今まで社会で築き上げてきたものが消え去ってしまう事など許されない。

 娘が成し遂げたかった事を誰かにやってもらうとすれば、それはニューマンにしか任せられないだろう。

 覚悟を決めた凛の父親は、彰浩に『条件』が何であるのか聞いた。

「私は、人の身近にニューマンが常に寄り添い、励まそうとした場合どんな結果が待っているのか知りたいんですよ。

 偽物だと一蹴して距離を置こうとするのか、それともニューマンを新たな家族として受け入れるのか。

 それを観察する為には、私の近くにいる人間にニューマンを与えるのが最も手っ取り早い。

 貴方の娘さんのニューマンをもう1体作り、光輝の『所有物』にしたい。

 貴方達の家で暮らす『清川凛』には迷惑がかからぬ様最善を尽くします。

 悪い条件では無いと思いますがね」


 彼は、良くも悪くも科学者だった。人の感情よりも実験の結果を知りたいと考える人間。

 ニューマンの値段が安くなり、社会に浸透していった時にどんな世界が待っているのか。

 その『ほどなくして訪れる未来』を予想する為にあらゆる手段を使う。

 この男には冷たい血が流れていると凛の父親は戦慄したが、最後には頭を下げた。

 (光輝君の事は私達だってよく知っている。

 彼は私達の娘を傷付けたり、ぞんざいに扱う様な人間じゃない。

 心の優しい子だ。もう1体娘のニューマンがいたとしても、大事にはならないだろう)


 善良な心を信じる。それしか無かった。

 直接自分達と関係してくる事柄でも無い。

 コレで1億円が無料になるのならば受け入れられる提案だと思ったのだ。

「何卒、宜しくお願い致します」

「解りました。すぐに娘さんの遺体をエヴォリューションのラボに送りましょう。

 劣化してしまう前に脳味噌をスキャンする必要がありますからね。

 それと、彼女の再現性を確かなものにする為に全身もスキャン致しますので御了承をば」


 遺体の腐敗を防ぐ為、遺体を低温状態で保管出来る容器に入れてラボへと搬送する。

 運ばれていく娘を目の当たりにしながら、凛の父親は自問自答を繰り返していた。

 (私の判断が正しいものだったのか、今になっても解らない。

 1つだけ確かな事があるとすれば、この私の壊れそうな心を守る為の手段としてこの道を選んだと言う事だ。

 妻と私の正気を保つ為に。どうか許してくれ……凛)


 清川凛の物語は終わりを告げたが、後に残された人々は生きなければならない。

 そして美輪光輝も、これから訪れる絶望と深い悲しみを受け入れなければならなかった。

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