第7話 兎旅館

途中で野営などをして、2日かけて3日目の今日ついにニッパル王国の王都に着いた。


「オエッ!──オロロロ!」

「大丈夫ですか?酔ってしまいましたか。まあ無理もありません朝からぶっ続けでしたからな。」

「すいませ──オエエ!」


情けない。それに門の前で吐くなんて…。失礼極まりないじゃないか!ようやく着いたというのに…。


「バルパラ大佐!お疲れ様です!」

「うむ。誰か薬を持っていないか?酔ってしまわれたようでな。」

「はっ!」


門兵が部屋の中へ駆け込んでいった。というかこの人バルパラ大佐っていうのか。なんと3日一緒なのに名前を知らなかったのだ。


なにせこの人、野営の時も忙しなく動いているし、何か手伝おうとするとその作業はもう終わっていたり他の兵士さんの家族のことを話している時にあの人の話はまったく上がらなかったりとにかくあの人の情報が一切なかったのだ。


「それにしても、綺麗な街だな〜。」

「そうですね。この街は現界でもトップクラスの街並みと技術を誇っています。あの建物の装飾をご覧ください。」


手で示された建物はびっくりするほどの荘厳さはないが、よく見ると細部に匠の技術の高さを感じさせられる模様が刻まれている。

でも、1つ思うことがある。


「でも、なんで外観をもっと派手にしないんですか?これだけの技術があれば、もっとすごいものが作れそうなのに…。」

「そう、ですね。うーんあまりこういう事は言ってはいけないのですが特別に…」


ちょいちょいと手招きされ耳を近づけると、

「王都の外側の家にこれだけの技巧を施しているということは、内側の建物は更に技術が使われているのではないかと他国から訪れる人に思わせるためなんです。」


は〜そういう理由で〜、と感嘆している所に大佐は話を続ける。


「現ニッパル王が以前王都民を集め、『我が国の国力を他国に見せ、我らニッパル王国の名を大陸、いや世界中に知らしめるのだ』と言ったのです。世界中の人々がどんなものかと集まりそれはもう…」


愛国心が強いせいか、話が一向に終わる気がしない。この国の素晴らしい点や現国王ニッパル17世の逸話や偉業をキラキラした目で話し、せっかく耳打ちしていたのにだんだん大声になってしまった。


「お話の所失礼します!胃腸薬を持って参りました!」

「おお、すまない。–こちらが薬です。」

「あ、ああ。ありがとうございます。」


熱弁している所へ助けに入るように門兵が薬を持ってきてくれた。

しかし、この人相当この王国が好きなんだな。

薬を飲み



「ああ…またやってしまった。」

「…?どうしました?」

「その、私こんな感じで王都の話になると止まらなくなってしまうんです…。ですので普段は口数を少なくしていたのですが、やはりボロというのは出るものですな。ハハハ。」


バルパラ大佐がぽりぽりと恥ずかしそうに頭をかく。

話をもう少し伺うとどうやらグリーンソルジャーになったのも、大好きな王都を破壊されないように自分が守るためだそうだ。


兵士の鑑のような人だと思ったし、周りの部下の人たちもそれを知っているため人望が厚いようだ。


手続きを終え、会議が行われるのは明日だと知らされた。今日は長旅の疲れを王都で癒せと王から指令が来たらしい。


王城に泊まる部屋を用意しているとの事だったが、俺と積もる話があるという理由で一般の宿で泊まる事になった。


マーリン師匠とは旅の最中あまり話さなかった。話すことには話すのだ。だけど、2人ともどこか気まずさが会話の端々ふしぶしから感じるものだから話そうと思えなかった。


マーリン師匠がぽつりと話す。


「昔から贔屓にしている宿があっての。そこに今日は泊まる。」

「は、はい。」


移動中はほぼ無言の空気に耐えきれなくて、街の気になる所を見つけてはあれはなに?と子供のように聞いた。


マーリン師匠も優しく答えてくれた。


そして、重い空気にやっと終わりがくる。

宿屋の外観は汚くはないが、どこか時代を感じる。大きさは周りの建物と比べると若干大きいくらいか。そしておそらくは、夕食の準備をしているのだろう。煙突からもくもくと煙があがっていて、美味しそうな匂いが下に降り注ぐ。


宿屋に着くなり、中から亜人の女の子が兎のような耳をぴょこぴょことさせて笑顔で出迎える。


兎旅館ラビット・レストへ、ようこそなのです!2名様で宿泊なのです?それでしたら、料金は20銀貨なのです!」

「…おお!誰かと思うたらラパルではないか!大きくなったのう。」

「ッ!?なんでラパルの事を知ってるのです!?」


ラパルと呼ばれた兎の亜人が警戒したのかバックステップしたのだが、2メートルほどをひとっ飛びだ。それもかなりの速さで。


「まあ…覚えとらんのも無理はないの。お主が赤ん坊の時にしか会っておらんからのぅ。」

「ラパル!何の騒ぎだ、ってマーリンさん…?マーリンさんじゃないですか!お久しぶりです〜!」

「おー!ガパン!久しぶりじゃのぅ。元気じゃったか!?」


入り口からまた兎の耳を生やした屈強な男性が出てきた。そして、マーリン師匠の顔を見るや否やマーリン師匠の前まで走ってきて強く握手を結んだ。


俺とラパルは完全に置いてけぼりだ。


「–ええ、それはもうこの通り!そうだ!今日はどういったご用件で?」

「いやなに明日ニッパル王に用があっての。それで今日泊まる宿を探しておったのじゃが、こんな所に老舗旅館があったものでな。泊まって行こうかと。」

「ハッハッハ!やめてくださいよ老舗だなんて。私が初代なんですから〜。歳食ってるみたいじゃないですか〜!」


お楽しみ中のところ悪いのですが、そろそろラパルって子と俺に触れてください。彼女に至っては失礼な事をしたかもしれないと思って、慌てふためいているんです。


「それでこちらのお子さんは?」

「あ、はい。シロウ・カサブランカと言います。」

「君があのシロウ君か!いやあ大きくなったねぇ!…実はね、おじさん君の村に行ったことがあるだよ?覚えてないかな?紙芝居とかしたんだけど。」

「え!あの紙芝居屋さん!?」


覚えているに決まっている。あの頃の紙はまだ少し貴重品でそれを惜しげもなく使って物語を読み聞かせていた亜人の事はまだ鮮明に覚えている。だが、


「でも、その紙芝居屋さんって小柄だったんですけど…。」

「亜人の肉体っていうのは不思議なものでね、あの頃はまだ若い頃だったからまだ体が成熟していなかったのさ。」


確かに話し方はあの人だ。本当にこの人が?亜人の成長で片付けていいものなのか?これは神の祝福の恩恵と言ってもいいと思うのだが。


「ここだとあれですし、中に入りましょうか。ラパル!この方達をお部屋にご案内して。」

「…ふぁえっ?ッは、はいなのです!」


気の抜けた返事をして、ラパルが俺たちを案内する。


そういえば、マーリン師匠の話って絶対『あの事』だよな。実を言うと聞きたいことが山ほどある。殺したのは本当なのか、なんでなのか。


なんだかんだマーリン師匠の昔の話をマーリン師匠の口から聞くのは初めてかもしれない。


色々な事を考えつつも、兎旅館ラビット・レストへ俺は入った。

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