第3話 絶望へ…

村に着いた矢先、強面こわもてのおじさんが俺の姿を見るや否やズンズンと音がなっていそうな足取りでこちらに迫ってきた。


「シ〜ロ〜ウ〜!良くやった〜!流石我が家の次男!俺はお前のような子を持てて鼻が高いぞ!!」

「うわわわ!恥ずかしいからそういう事言わないで!それと持ち上げないで!」


 満面の笑みで15歳の俺を簡単に魔術無しで持ち上げるこの人は俺たち兄弟の義父―ダラテス・カサブランカだ。ある事故で右肩に大きな怪我をしてかなり大きめの痣がある。


 この村の鉱山の鉱夫を束ねており、親方と周囲からは呼ばれている。兄さんもその鉱山で働いており、勉強熱心でダラテスの次の親方と村では評判が良い。


 ぶっちゃけ、俺は周囲から遊び歩いていると思われている。このあいだそんな噂を耳にした。当然だ。マーリン師匠の元で修行をしているとはいえ、必ずしも成功するとは限らないし、何よりヴァルドラグを目指しているなんて馬鹿にされるのも仕方のない事だ。


 いいんだ。馬鹿にされるのは慣れている。孤児院でも兄にひっつく金魚の糞と言われたし、愚息だと思われても今更なんとも思わない。


 ―そう思っているといつも俺に優しく接してくれている婦人が涙目で話しかける。


「シロウ…まだ子供なのに魔物退治なんて大変な事を頼んでしまって悪かったわ…。あなたにもしもの事があったら私…」

「―良いんですよおばさん。孤児だった俺ら兄弟を迎えてくれたこの村には感謝しかないんです。恩返しくらいしないと…。」

「ありがとうねぇ…本当にありがとう…。夫の仇を討ってくれて…本当に…。」


 おばさんの夫は死んだ訳ではないが、かなりの大怪我をしてしまい鉱山の仕事が出来なくなってしまったのだ。おばさんの子供もお父さんのことが心配で上手く笑えていなくてそれが俺は見ていて辛かった。


 おばさんはついに泣き出し、「良かったぁ」―と抱きついてきた。そこにダラテスも男泣きしながら上から抱きついてくる。2人の涙に釣られて俺も涙が出てしまった。今までの努力が報われたような気がしたから。認められた気がしたから。



 3人で思う存分泣いた後、俺はマーリン師匠に兄さんのところへ行ってくると言い、兄さんの元へ向かった。


 今日兄さんは仕事が休みの日で、休みの日はいつも家でトレーニングをしている。鉱山で働く上で強靭な肉体は必要不可欠だ―という親方のいいつけ通りに4年前から日々トレーニングを積んでいる。


 その成果は2年ほどで現れた。マーリン師匠が言うには兄さんの体には神の祝福とやらがかけられているらしい。実際そこまでムキムキではないはずなのに、村で1番力があるし、何より最近兄さんは素手で木をへし折った。


 あれからもう2年経っているのでどれほど強くなっているのか検討もつかない。


 ―我が家に帰ってきた。石造りの家で屋根の煙突から煙があがっている。おそらく母さん―マレン・カサブランカもいるのだろう。


 玄関を開け、いつも兄さんがトレーニングしている部屋へと向かう。部屋から回数を数える兄さんの声が聞こえる。言う内容を頭の中で整理してから、ドアを開ける。


「183…あ、おかえり。ちょっと待っててくれないか。あと少しで終わるから。」

「う、うん」


 腕立て伏せの状態の兄さんが辛そうにこちらを見ながら穏やかな声で言う。兄さんはハクマ•カサブランカという。まあとんでもないイケメンだ。村1番の色男、いや世界一の色男だと思う。こんなイケメンそうそういない。いてたまるか。


それはそうと兄さんの体、前より引き締まってないか?まだ強くなれるのか。神の祝福とやらは凄まじいな。兄さんの祝福は特別だと言っていたがこれほどとは。


 神の祝福は産まれた瞬間から与えられる先天的なもので後天的に与えられる事はない。だが、与えられる人が少ないわけではない。100人に1人くらいらしい。


「に…ひゃく。フー…よし、ごめんねシロウ待たせちゃって。」

「に、兄さん。あ、あのな…きょ、今日さ魔物と戦ってきたの知ってるだろ?」

「ああ。本当は僕が行こうと思ってたんだけどね。マーリン師匠がシロウの修行だって言って聞かなくてね」


 兄さんが鉱山で働いている最中にトルボアが村を襲い、兄さんが騒ぎを聞きつけ村に戻ってきた頃には村は襲われた後だった。


「そう。それでね、兄さんと喧嘩した時あったじゃん。」

「…?あー!あの時の!あったね〜懐かしい。それが?」

「あの時兄さんから受けた突進を流してぶつける技で魔物を倒したんだ。」


 兄さんと喧嘩をした事がある。多分あれが人生で最初で最後の喧嘩だと思う。殴り合いの喧嘩で最終的に俺が負けたんだけど、兄さんは本気を出せば俺をすぐに倒せただろうに俺が大怪我しないように力を抑えていたんだろう。まあ最終的に2人共大怪我したんだけど。


「だから、その。あの。」

「うん。なんだい?」

「あ、ありがとう…。兄さんのおかげで魔物を倒せた。」

「どういたしまして。実はね、僕もシロウが魔物を倒しに行ったおかげで休日思う存分楽しめたんだ。ありがとう。」

「ハハ。なんだよそれ。」

「聞いてくれよ。今日母さんと料理を作ったんだけどな…」


 そこから兄さんと話をして、シエラの舞まで時間を潰した。




「そろそろ舞が始まる時間だね。」

「あ、本当だ。広場だったよねシエラが舞いするのって。」

「ああ。シロウ、急がないとシエラちゃんに怒られちゃうぞ。」

「それだけはごめんだ!急ごう兄さん!また正座なんて俺嫌だよ!」


そう言って俺は兄さんと一緒に家を出て、村の中心の広場へと急いで向かった。一度シエラとの集合時間に遅れてそれこそその村の中心で正座させられた。あんな恥ずかしい思いもうごめんだ。


広場に着くと、神への豊穣を祈る為の舞台とその上に供物を置く祭壇があった。供物は野菜や麦、そして山羊などの畜産物だ。


丁度始まるところだったのだろう。シエラがシスターの格好で舞台に上がる最中だった。ギリギリセーフだよな?


しかし、シスター姿のあいつも乙なものだな。金髪の髪で右目が隠れているが、左目は真っ直ぐ前を向いている。背筋はピンと伸びていて、迷いなく階段を一歩一歩丁寧に上がっていく。そんな凛とした姿が俺は昔から好きだった。


「恐れ多くも我らの父よ。今ここに村の恵みを捧げます。そして、我らサルバス村に更なる豊穣を。」


祈祷を終え、いよいよ舞が始まる。


「うわ〜…。凄いねシロウ。」

「うん。やっぱりあいつは凄いな…。」


その舞は一朝一夕で出来るような出来ではないのが素人目に見てもわかる。きっと、真面目なあいつのことだ。だいぶ前から舞の練習をしていたんだろう。


滑らかで神への祈りが込められた神秘的な舞でありながら、自然の雄大さや感謝の念も込められているように感じる。


「…すごいなみんな。」

「ん?何か言ったかい?」

「…なんでもない。」


危ない危ない。つい声が漏れてしまった。こんな嫉妬心誰にも気づかれたくない。


「お主ら!今すぐここを離れるんじゃ!速く!」


舞がそろそろ終盤だという時にマーリン師匠が舞台に上がり叫ぶ。


村人たちは突然の出来事にどよめく。マーリン師匠は苦虫をを噛み潰したような顔で空を見つめる。


「くそ。何しに来たのじゃ!ディアボリ!」

「ディアボリ…?ディアボリって誰の事だ?」


マーリン師匠が見つめる先には魔法陣があった。それも今まで見てきた魔法陣の中でも精密で大量の魔力の込められた魔法陣だ。


「な、なんなんだよ。あれ…。」


魔法陣が消え、そこには黒く大きな穴が空いた。その中から片眼鏡の男とフードを被っているやつが現れる。


片眼鏡の男は手を広げ、笑顔で叫ぶ。


「みなさん!初めまして!わたくしの名はディアボリ・アボス・タランティア。世界最強の『悪魔』です。」

「悪魔だって…?そんな馬鹿ななんだって今…。」


兄さんが疑問に思う。悪魔というのは簡単に言うと魔界に住んでいる知的生命体だ。魔界の人間ポジションって感じかな。悪魔が現界に来るには人間と魔術によって契約しなければ来れないと昔から言い伝えられている。なのに何故か契約もなしにこの悪魔達はここにいる。


「―そう思うのも無理はありません!契約も無しになぜこの世界に来ているのか疑問でしょう!ええ、ええ、答えてあげましょう!悪魔は別にいつだって来れますよ。ただ昔の人間の王達と我が王の盟約で契約以外で来るなという事になっているだけです。」

「ならば、なぜ今ここにいるんじゃ。そんな事をお主らの王がさせるわけがないじゃろう。」

「おっと?誰かと思ったらマーリンくんではありませんか。お久しぶりです。お元気でしたか?」


マーリン師匠と知り合いなのかマーリン師匠を見つけるやその顔は一層笑顔になる。


「…まあぼちぼちじゃな。それよりもなぜ今お主が現界にいる?それに…。」

「…?ああ、この者ですか。ご紹介遅れました。今回の計画に協力してくれた私の妹のカレンです。人見知りなので許してやってください。」

「計画…?計画とはなんじゃ?」

「それは…」


ディアボリの笑顔が急になくなり、ある一点を見つめる。その一点とはシエラだった。


「―こういう事です。」


ディアボリが手をシエラにかざし、魔法陣を展開する。その魔法陣はシエラの足元に飛んでいき、その後シエラを包み込んだ。


「え!?え!?何!なんなのこれ!」

「何をする気だ!ディアボリ!」

「老いましたねぇマーリンくん。以前の君ならもう分かるはずなのですが。」


ディアボリがにやりと笑い、シエラは涙目で助けて―とマーリン師匠に助けを求める。マーリン師匠も魔法陣を解こうとしているようだが、魔法陣は妖しく光り続ける。


「さあ、誕生の瞬間です!光栄に思いなさい!この世で最も罪深き生命の芽吹きを見れるのですから!」

「助けて!お母さん、お父さん!マーリンさん!」


ディアボリはかざした手を握り、魔術を発動させる。すると魔法陣は発光し、女の子の絶叫が村を包んだ。


「いだいいだい!!たずげて!いやだよこんなの!シロウ!たず…け…て。」

「ハハハハ!刮目しなさい!世界がこれから変わりますよ!」


はっ、とした。女の子が自分に助けを求めていた。他でもない自分にたすけてと最後に言ったのだ。それなのに俺は動けなかった。勇気がなかった。トルボアを倒した時はあんなにも命を捨てでも倒そうとさえ思ったのに。今はこれっぽっちも勇気が出なかった。


怖くなったのだ。カレンという悪魔の殺気にあてられて。一瞬行こうとした足が動かなかった。自分が情けなかった。好きな女の子が助けてと呼んでいるのに見ているしか出来ない自分が酷く憎かった。自分の無力さと勇気の無さ、意志の弱さ、あらゆる自分が憎かった。


自分の拳を血が出るまで握りしめ、唇をかんでそれを見ていた。


発光が終わり舞台の上にはシエラの姿は無かった。あるのは供物とマーリン師匠、そしてシエラのいた所に現れた謎の黒い球体だけだった。


大好きなシエラは黒い球体になったのだ。これが全ての始まり。3つの世界で起こる大戦争の始まりだった。

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