番外編、桜井先生と同居する私

 私は結菜さんのお誘い通り、同居するための手続きを済ませた。公共料金の停止、住民票の異動、引っ越し屋への依頼。

 結菜さんの綺麗に片付けられた家の荷物が多少増える。不要な家具などは処分してきたので、あまりごちゃごちゃはしないだろう。元々、結菜さんの家は広い。

 私が荷物を成立していると、結菜さんが帰ってきた。

 

 「ただいま、由紀ちゃん。いい子にしていたかしら?」


 結菜さんはニコニコしてソファーにもたれかかる。


 「当直お疲れ様です」

 「金曜当直の土曜明け、結構堪えるわね~。年取ったかしら」


 結菜さんは手鏡で目の下のクマを見る。


 「今日はどうします?家でゆっくり過ごしますか?それとも...」


 「それとも、あ・た・し?って聞かなきゃ。ふふふ」


 結菜さんはよほど夜勤でお疲れのようだ。


 「ちなみに、凄い患者さんがいたわよ。男性でね、『昨日先生と僕がセックスしたら先生が妊娠した』って」


 何故その話題を私にする?

 

 「あなたと私がセックスしたら妊娠した、になると面白いのにね」


 残念ながらその面白い話とやらは100パーセント起こらない。


 「今起こらないって思ったでしょう?でもね、代わりの方法があるわよ。里親になったり、精子バンクに登録されている精子を体外受精するとかね」


 「結菜さん、その重い話はまた今度しましょうね。まずは昼食にお風呂ですね。食事は出来ていてテーブルに置いてありますからね。お風呂はもうすぐ沸きますから」


 「いつもありがとうね。頂くわ」


 昼食は

 結菜さんはおしとやかな動作で食事を済ませた。私は湯飲み茶碗に急須で緑茶を入れる。

 結菜さんは育ちが良いのだろう。所作に惚れ惚れとしてしまう。医師になっているくらいだ。お金持ちか、よほど頭が良いか、その両方か。

 

 「何?」


 「いえ何も...」


 私は結菜さんを見つめていたようだ。

 私は目をそらし、洗い物を片付けようとする。

 結菜さんの「何?」という言葉は鋭く、こちらの考えを見透かされているような感じがする。


 「お風呂済ませたら寝ます?」


 「あなたのオープンカーの中で寝るわ」


 私が車で出かけたいのはバレバレだったらしい。


 結菜さんのお風呂が終わるのを待つ。

 

 すると....


 結菜さんはバスタオルを体に巻き、髪の毛をアップしてリビングへ出て来た。何故脱衣場で着替えない?


 「どう?私のバスタオル姿は?」


 「リビングで着替えてきてください。これからオープンカーで出かけるんですよね?」


 「すぐ出掛けるとは言っていないでしょう。あなたと寝てから、ぐっすり睡眠をとってからでもいいんじゃない?」


 私と寝るって結菜さん、昼間から?


 「無理強いはしないわ。こういうのは気分だったりタイミングだったりするからね」


 結菜さんはリビングのソファに座ると、招き猫のようにおいでおいでする。

 近付いたら、私はとって喰われるのだろうか?


 私はリビングのカーテンをサッと閉めた。


 「結菜さん、外から裸が見えたらどうするんですか」

 

 「その時はその時よ。もう20代じゃないし、好んで見る人はいないんじゃない?」


 結菜さんは羞恥心というものが欠けている。

 

 「来ないなら無理して来ないでもいいわ。」


 私の事をキッと睨んだ。


 「自分でから、あなたはドライブでもしていて」

 

 えっ、と私は驚いた。そして次に思ったのは、結菜さんにそれをさせてはいけないということだ。

 私は結菜さんの座っているソファーへ近づいた。そして結菜さんの額にキスをした。


 「今回も強引なんですね」


 「無理矢理されるよりはマシでしょう?」


 似たようなものです、結菜さん。


 ソファーで私達二人は熱く激しいキスをしお互いの体を貪りあった。結菜さんが攻めだったのは言うまでもない。




***

 

 


 真っ赤なマツダロードスターで夜の首都高の大黒パーキングを目指す私達。

 結菜さんは助手席でぐっすりと眠っている。行為をした後眠っていたら、夜になってしまった。大黒パーキングは騒音のため、20:30に閉まる事が多い。今日も閉まるのか?


 大黒パーキングに到着する事が出来た。

 閉鎖はまだされていない。

 

 「結菜さん起きてください。夜景を見て食事を取りましょう」


 「うーん、今何時?」


 「20時ですよ」


 ロードスターのハードトップオープンを開けると、結菜さんはムニャムニャと言いながら車外へ出た。

 私達は大黒パーキングの2階、ベイサイドテラスで夜景を眺めた。


 「先生...、じゃなった結菜さん」


 「ん...?」


 「結菜さんはずっと眠っていましたが、ここに来る前も綺麗だったんですよ。羽田空港とか」


 「通った事あるわよ」


 誰とだろう?


 「昔付き合っていた人とね」

 

 私の胸がなんだかモヤモヤする。


 「そうですか」


 結菜さんは私の手を取った。 

 

 「そんな事で悲しい顔しないでよ。昔の話だしね。大体いつも、あなたが私に悲しい顔をさせられているのよ」


 結菜さんが私の手に触れるだけのキスをし、自分の握っていたホカロンを私の手に入れた。


 「暖かいでしょう?」

 

 季節は冬。ホカロンが恋しい季節。寒くて結菜さんの手は小さく震えていた。


 「店内で食事を取りましょうよ。ここからの景色は良いけれども寒いですし。店内でも窓側の席に座れば夜景が見えますよ。反対側なら工場夜景が見えますしね」


 「あなた随分詳しいわね。彼氏と来たの?」


 「ええと、バイクの集まりで何年か前にここへ来ました。最高でしたよ」 


 「それでナンパされたのかしら」


 「多少」


 「今後は、私は独占欲が強いから気をつけた方が良いわよ。もっとも、あなたは自己顕示欲が強いからSNSのアカウントに載せずにはいられないだろうし」


 「鍵付きアカウント作ろうかな。」


 「...」


 結菜さんは私に背中を向けた。


 「冗談ですよ。そんな事しませんって。こっち向いてください」


 結菜さんは私の方を向くと、ニコニコしていた。

 

 「こちらこそ冗談よ。ところで、このまま横浜の中華街へ行かない?」

 

 「良いですね。美味しいもの食べたいです。結菜さんの奢りで」


 私達は車へ乗り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る