第9話
先生と度々ツーリングに行くようになり、先生もバイクでの高速道路に慣れたようだ。
時期は11月上旬。
昼食で先生と私がテーブルを囲った時に、 私は先生に冬用のグローブをプレゼントした。グローブの色はブラウンで、シンサレートという生地の入った、厚さのわりに暖かいグローブだった。
「ありがとう。ところで、これはいくらしたの?」
「お金ならいらないですよ。いつもツーリングに付き合ってもらってますから。」
先生は嬉しそうに受け取った。
「あなたの心は、お金では買えないのでしょうね。」
「そうですね。私は、自分の稼ぎでバイクに乗ってツーリングに行ければそれで幸せなんです。元旦那に、お金はあっても自由がない生活を強いられて、つくづく思いました。」
「だったら、趣味や仕事はしてよくてお金もたくさんあったら、あなたを買えるの?」
「先生、言っている意味がよくわかりません。」
私は先生との会話を流した。
「ところで先生、今度は一泊二日で軽井沢へツーリングに行きませんか?」
「えっ?」
先生は驚いたようだった。
「もし週末の一泊二日が嫌だったら、もっと近くで日帰りツーリングにしましょうか。」
「いや、私は大丈夫よ。」
先生はいつも、躊躇っては大丈夫だと言う。
私は仕事帰り、車でバイク用品店に寄った。W800の後部にパニアケースを付けるためだ。一人の時はサイドバックを付けているが、タンデムする場合は邪魔だから選んだ。
ツーリング当日。
いつものように私は首都高で豊洲へ向かう。混まないように、私達は早朝に待ち合わせる。
先生は3シーズンのジャケットを着て、着替えを持ってマンションのエントランスで待っている。私は着替えを受け取ってパニアケースに入れる。先生はジェットヘルメットを被り、私がプレゼントしたブラウンのグローブ嵌めて、私の後ろに乗る。
「何?」
私は微笑んだ。
「早速、私が渡したグローブを使ってくれているんですね。嬉しいです。」
先生は私にしがみついた。
関越道に乗り、上信越動から軽井沢を目指す。
「冨岡インターって、あの冨岡?」
「冨岡製紙場だと思いますよ。」
「下仁田インターってあの?」
「下仁田ネギだと思いますよ。」
私達はインカム越しに話す。
赤城インターで降りる。赤城山といえば、走り屋のメッカ。朝早くから、キキキ、という車の攻めた音が聞こえる。
「綺麗ね。」
先生は赤城山を見る。
赤城山は紅葉真っ只中だった。
私達は白糸の滝を見て、嬬恋村のキャベツ畑を走り、私服で軽井沢銀座を歩いた。
先生は、温泉旅館を取ってあると私に言っていた。しかし、ここまで立派とは...。
木で出来た平屋で趣があり、広く、軽井沢では老舗の温泉旅館だ。私がソロツーリングに来た時に、日帰りの入浴しかしていない。ここに泊まるなんて、夢のまた夢だった。
「先生、こんな話聞いてないですよ。」
私服を着て浴衣を持った私達。食事前に体を綺麗にすべく、温泉に向かう。
私は先生に確認する。
「あら、どんな話かしら。」
「こんな高いところを何故押さえたんですか。」
ふう、と先生は溜め息をついた。
「あなたって本当に面倒くさい人ね。好意は素直に受け取っておけば良いでしょう?私が泊まりたいのよ。言っておくけれど、割り勘とかやめてよね。私が恥ずかしいのよ。」
服を脱ぎ、私服をかごに入れて大浴場に入る。
「洗ってあげようか?」
先生は怪しげな顔で冗談を言う。
「遠慮します。」
「しかし、源泉掛け流しで良い湯ね。」
軽井沢では、この旅館の温泉に入れば間違いない。
私も体を洗って温泉に浸かる。温度もちょうどよく、肌がすべすべする。
良い湯だし、ここは先生の好意に甘えておこう。
夕食は部屋で取る。
中居さんが部屋までやってきた。
私と先生は、黒くて広い四角いテーブルを囲い、対面した。
「飲み物はいかがいたしましょうか。」
「ビールをお願い。」
まずはビール一本とグラスが二つ運ばれてくる。
私はお品書きを見た。
「凄い...。」
「たまには贅沢しないとね。働いているわけだし。」
私は先生にお酌をした。
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