第4話
桜井先生の科は、当直以外は土日しっかり休める。恵まれていると思う。かつ、先生は仕事も早い。
土曜日に先生とレストランで待ち合わせをした。昼食を取ってから、目的地へ行きたいと思って。
季節は9月上旬。私は緑のワンピースにジーンズ、スニーカーというラフな格好だ。
一方先生は、白いブラウスに黒い柄のショート丈のスカートを履いていた。靴は黒のハイヒールだった。これから行く場所の事を考えると、ちょっと場違いかな?
「先生、こっちこっち~。」
「待たせてごめんね。」
私はレストランのテラスにいる。先生が分かりやすいようにだ。
内装が黒い店内は高級感があるがやや狭く、テラスのほうが開放感があって、私は好きだ。テラスのテーブルも椅子も黒い。
スタッフは男性がスーツを着ていて、女性スタッフはブラウスに黒いパンツを履いている。
「先生、ここは夜は高いけれどランチはリーズナブルなんですよ。」
「そうなんだ。オススメの料理があったら任せるわ。」
私はモッツァレラとトマトのパスタを2人分注文し、飲み物はアイスコーヒーを選ぶ。食後にはアイスケーキをチョイスする。
パスタを食べながら、先生に目的地を説明する。
「これから行くのは、バイク用品店です。タンデムするにあたって必要なものを揃えます。」
「えっ、何買うの?」
先生は驚く。お嬢様な先生は多分、車移動が大半なんだろう。今日の午前中はたまたま、先生は出張で電車とバスを使っていた。
「まずはヘルメットですね。あとは色々と。今日は私、車で来たので、もしよろしければ荷物は先生の家まで持って行きますよ。」
「あ...、今日は...。」
先生の顔が引きつっていた。
「先約がありましたか。良いんですよ。そちらを優先してくださいね。」
「いや、大丈夫。」
私の車は国産のコンパクトカーだ。
排気量は1.3リッター。汚れが目立たないように、色はシルバーを選んだ。
先生はきっと高い車に乗っているだろうから、私の車に乗せるのは少々恥ずかしかった。でも、荷物を乗せるのならそれでいいと思い込む事にした。
先生は私の助手席に座っている。
「この車、天井が高いわね。」
「機械式駐車場におさまるために、ギリギリの1550mmなんですよ。」
バイク用品店に着いた。
大型店舗で、時々寄っているお馴染みの店だ。
私と先生は店の中へ入った。
「広いわね~。」
「系列の中でも大型店舗ですからね。」
私は先生の手を取った。
「まずはヘルメットコーナーへ行きましょう。」
「えっ、ええ。」
先生にとっては一度も来たことのない場所で緊張したのか、先生は少しぼーっとしていた。
先生の頭には、ヘルメットのサイズはMサイズがちょうど良かった。ヘルメットを被らせたり脱がせたりするのは、私がした。
先生のヘルメットは、半ば私の好みでカーキ色のジェットヘルメットになった。
「あとは、内側のパッドを調整したほうがいいので、ヘルメットコーナーの担当者にお願いしましょう。」
先生は丸椅子に座り、ヘルメットを脱いでは被り、脱いでは被りを繰り返した。
「私はちょっと他のを見てきますね。」
私はインカムのコーナーへ行った。
私と同じインカムにすれば、ツーリング中に話す事が出来る。
インカムをカゴに入れ、次は何が必要か考えた。
(今のところ、グローブにプロテクター、3シーズンのジャケットにカッパ)
先生がヘルメットの調整を終えて私の所へ来た。
「調整済みのヘルメットは、レジで預かってくれるって。あら、そのカゴの中に入っているのは何?」
「インカムといって、私と先生がツーリング中でも一緒に話せるものですよ。それより、こっちこっち。」
グローブコーナーへ行って、先生の手に合うグローブを選んだ。
「先生の手、私よりも小さいですね。」
私は先生の手のひらと私の手のひらを合わせてみた。
他にも、足首の保護用のためのライダー用ブーツをカゴに入れた。先生の足に合う靴を探した。靴を脱がせたり履かせたりするのは、先生が女王様で私が奴隷みたいな感じがして不思議な感じがした。
「カゴがいっぱいなので、荷物預けてきますね。」
「まだ買うの?」
「あと一つだけ。」
カゴを預けた私は、先生の手を引っ張って女性ものジャケットコーナーへ連れて行った。
「先生は細身だから、何でも似合いそう。」
あれがいい、これも良いとまるで着せ替え人形みたいにして、結局先生にはタイトな黒いジャケットを選んだ。
「私とお揃いですよ。」
私は微笑んだ。先生は恥ずかしそうにしていた。
パンツは膝パッドが入るジーンズを選んだ。
「随分買ったわね...。」
私の車に乗ったあと、開口一番に先生はぼそりと言った。
「着せ替え人間みたいで楽しかったですよ。インカムはヘルメットに付けてもらいましたし、これで準備はOKですよ。」
「あなたお金出そうとするから、驚いたわ。」
「先生にタンデムしてもらうんだから、そのくらいはしたくなりますね。」
結局、先生がお金を出した。
バイク用品店を出るときには、もう日が暮れ始めていた。
車で先生の住む豊洲のタワーマンションへ向かう。
久々に首都高を走った。
「釣瓶落としですね。」
「そうね。」
「首都高から見える夜景、綺麗ですよね。こんな所に住めたら最高ですね。」
「でも、住んでるとそのうち慣れてしまうものよ。」
先生の自宅に着いた。
荷物を持って来客者用駐車場からロビーを通り、先生の部屋を往復しようかと思ったが、荷物はコンシェルジュがほとんど運んでくれた。
「先生のご自宅、見てみたいです~。」
「急に決まった事だったから、今日はゴメンね。」
「ですよね。」
私は肩を落とす。
「その代わり、ラウンジで何か食べていく?今日のあなたはお酒が飲めないから少し悪いと思うけれど、埋め合わせってことで。」
私は喜んでラウンジに連れて行ってもらった。
カウンターの奥にバーテンダーがいて、私はノンアルコールのカクテルを作ってもらった。先生は私に合わせて、アルコールゼロのビールを飲む。
先生は、生ハムとルッコラ、チーズ盛り合わせ、フィッシュ&チップスをオーダーした。私は落ち着いた雰囲気のロビーで、夜景を見る。以前に、車で夜の首都高を走った事がある。その時は、夜景がこんなに綺麗だなんて思いもしなかった。
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