E・T・O ~Eternal Tasty Oppi~

@tetsu_nari

第1話 神の企み

時は平成三十九年。場所は天界。


「皆に大事な話がある」

 神が口火をきると、集められた理由を知らない干支の動物達は、それまでの騒めきを止め静かに様子を伺った。

 しかし動物達の静寂は、まるでなかったかのように、僅か五秒後破られることとなる。

「お前達には下界に降りてもらい、再度レースをしてもらう」

 一斉にざわめきを取り戻した動物達の中で、いち早く冷静に切り返したのは、風格のある年配の辰(たつ)(龍)だった。

「一体何の為だ?歳月すら霞む程の昔に決まったことを、何故また今更?」

 無理もない。と言わんばかりの表情を、微塵も見せることなく神は言った。

「気分」

 再びの静寂。動物達は、仕事で忙しい神と会う機会は滅多にない。最後に会ったのは、七十三年前に起きた『OPPI事件』の時の、僅か三十分程度だった。しかし、神の自由気ままな性格を思い出すには十分な一言だった。そしてそれが覆らないことも。

「僕は大賛成だよ!」先ず戌(いぬ)(犬)が声をあげた。

「お前は忠実だな〜、お前の様に従ってばかりの奴を、下界ではこう言われるんだぞ。この犬めってな。うっきゃっきゃ」からかう申(さる)(猿)に、戌はすかさず言い返した。

「僕が賛成なのは、神様への忠誠心もあるけれど、他にも理由があるよ。景色を綺麗にしたいんだ。分かるかな?視界にチラチラ入るんだよね、世界で一番汚い赤色が。それを変えたいんだ。つまり君のお尻を見たくないってことだよ。前から見ても大して変わらないけどね」

「なんだと!負け犬め!」

 すぐさま、取っ組み合いの喧嘩が始まった。

「はぁ…、私も賛成します。」いつもなら犬猿の仲裁に入る酉(とり)(鶏)も、幾度となく繰り返された光景に、喧嘩を仲裁する気力もなく、疲れを見せた様子で神に賛成した。

「俺も大賛成だぜ!」疲れた声の酉とは対照的、寧ろこんな日が来ることを待ってたと言わんばかりに、声を張り上げたのは最後尾の亥(い)(猪)であった。その声は、無駄にうるさいラーメン屋の比ではなかった。

「ほっほっほ。他に言いたいことがある者は?一応は聞くぞ」

 最初の神の応答で理解した辰は沈黙し、その辰を密かに慕う巳(み)(蛇)も、普段は毒を吐いてばかりだが、辰が何も反応しないならと口を閉し、午(うま)(馬)はその本能を刺激されたからなのか、ワクワクした表情で、羨望の眼差しを送っている。その後ろに位置する未(ひつじ)は(羊)というと、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っていた。

 ここで、納得がいかないのは上位の干支達。

子(ね)(鼠)、丑(うし)(牛)、寅(とら)(虎)、卯(う)(兎)だと思うところだが、その反応は意外であった。「異論はないよ」子の発言に、丑は前回のレースを思い出し、懐疑心と少しの皮肉を混ぜて話した。

「俺は順番とか、も〜どうでもいいけど、どうせまた、お得意のずるさをするんだろ?」

「僕は賢いだけで、君にずるをした覚えはないよ。君にはね…」

 丑が溜息混じりに納得し、少しうつ向く様子を伺った後で、常に自信満々の寅も賛成した。そして寅は卯に問いかけた。

「お前はどうだ?」

「私は…皆んながそう言うなら…」大人しく控えめな卯は、そう言うしかなかった。にやけた表情で、一通り動物達の話を聞き終えた神は、話を進めていった。

「今回のレースは前回と幾つかルールが違う。理由は、その方がたの…」

「楽しいからだろ?」神の声を遮って、申は話の進行を促した。

 こほん、と一つ咳払いをして神は話を続けた。

「理由は飛ばそう。まず、今日は平成三十八年の十二月三十日じゃな?時刻は午後一時か。前回は一日の朝に辿り着くことが条件じゃったが、今回のレースは、一日の朝陽が登りきるまでにゴールすること」

 割れた舌先を、チョロチョロと出し入れしながら巳は尋ねた。

「までってどういうこと?スタートが同時なら足の早い動物が有利じゃないの?」

 巳の疑問は当然だった。

「ゴールが何処とは言っておらんじゃろ?今回スタートは同時じゃが、スタートの場所もゴールの場所も、それぞれ別の所にある。大事なのは中心を目指すことじゃ」

 いまいち、話を理解できない様子の動物達を他所に神は続けた。

「ま、行けば分かる。あと前回との違いは、勿論時代も違うし、レースの場所も違う」

 再び犬猿の間に挟まれたくはない。疲れてる暇などないと、集中していた酉が聞く。

「あれから長い時が経って、下界の人口が増えたのは存じてますが、場所とは一体何処なんでしょうか?」

「日本じゃ!理由も知りたいか?ほっほっほ」神は嬉しそうに言った。

「結構ですわ、続けて下さい」

今までの流れから、酉の返答に他の干支も同意だった。

 神は楽しいことが大好きだ。最初のレースの始まりも同じ理由だった。しかし神が場所を日本にしたことには、確かな理由があった。だが持ち前のキャラと会話のセンスで、理由を問いただされない流れを作っていたのだ。そんなちょっとした賭けも、神には楽しい。再度レースをすること事態にも、勿論理由はある。だが気分というのも、あながち嘘ではない。

 動物達も、神の説明が終わりに近いことを察しつつ、差はありながらも、各々に静かな覚悟を決めていた。未以外は。

「枠は前回と同様十二じゃ。説明は以上。では、質問がなければ下界へのゲートを開くぞ」

 これ以上、質問の意味をなさないことを理解している動物達は、ただ黙って様子を見ている。神は今までの調子が嘘のように、気迫迫る表情で両手を前にかざすと、何やら呪文のようなものを唱えた。

「ちちんぷいぷい ぱいぱい ちぱぱーい

 ちっぱい ぱいぱい ちゅぱぱいたーい」

 すると、美しく咲き誇る花の大地の中央に、光り輝く下界へのゲートが現れた。極彩色が煌めく光の渦。動物達が光のゲートに目を奪われ息を飲む中、両手を頭の上でハート型を作り、神は言った。

「では、スタートじゃ!」

 神の場違いなポーズなど気にも留めず、動物達は次々とゲートへ飛び込んだ。

 神は、干支の動物達が光の渦の中へと消えていく様子を見守ると、明後日の方向に視線をやり一言呟いた。

「ふ〜、さて…」

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