第30話 フィンダー山①
「ミノイを取りに行くのを手伝ってほしい」
翌朝、まだ成長したままの姿のヒスイの手を取ったダコタの顔は、これ以上無いくらいに目が潤み……分かりやすく媚びていた。
ボロス医術治療学校に残っていたミノイをヒスイの竜紋治療にほとんど使用してしまったことで、在庫が底を尽きそうだという事が理由だった。更に、ドルストンの被害に遭った村人たちの治療に使う煎じ薬に、少々のミノイが必要で補充をしなければならない状況なのだと言う。
そう言われてしまうと、ヒスイは断ることができない。むしろそれもダコタの作戦のうちなのだろうが、ヒスイの治療で使ったことは間違いのない事実で、誰も異論を述べる者はその場に居なかった。
「断る理由はないです。私、ものすごくお世話になりましたし」
ヒスイがヴルム・蒼河・柴に目配せをすると、皆きれいに揃って首を縦に振っている。
「ヒスイはこの通り身体が元に戻っていません。今のまま安定すれば良いのですが、また子の姿に戻ることで想定外の体力の摩耗があるかもしれません。大事を取ってあと数日は滞在させてもらい、様子を見たいと昨日全員で話し合いました」
「ああ、俺たちの総意だ」
「我も問題ない。どうせ猶予の決まっておらぬ旅だ。ゼフにも滞在許可を取ってある」
三人から言質を取り、ダコタはますます嬉しそうに長い尻尾と小さな虎耳をピコピコさせている。
「やったー! 実はミノイ収穫と同時にフィンダー山の魔物の状況を探らないといけないんだ。医術学校の脅威は去ったし、とりあえず様子見なんだけど……実際、ボク一人じゃ不安だったんだよねー。
出てきた魔物を倒せる自信はあるけど、まだ力は完全に戻ってないし」
力こぶを作る要領で腕を折り曲げて見せるダコタは、生き生きとして見える。やはり尾が戻ったことが相当に嬉しいのだろう。種族を隠すために付けたウサギの耳を外していることが、何よりの証拠だった。
ヒスイは、自分で放った
「それで、私たちはダコタさんに付いて行けば良いんですか?」
ヒスイはミノイがどのような植物で、どのような場所に生えているのか知らない。手伝うと言っても魔物退治の用心棒のようなものだろうか?
「地図で見ても、多少は時間がかかるように見えます。我々なら日をまたがず帰ってはこれそうですね。ミノイはどのあたりに自生していますか?」
蒼河はそう言って持っていた地図を広げる。
「距離はそんなに遠くは無いんだけど、ちょっと足元は危いかな。気を付けないと足を滑らせちゃうような場所もいくつかあるし」
そう言って、ダコタは地図を覗き込むメンバーの顔を見比べる。
「このメンバーなら足元が危ない事には問題ないかな? 唯一危なそうな柴クンは身体は頑丈だし、ヒスイちゃんは守ってくれる人が沢山いるし?」
「ちょっと待て! 俺が何で足元危なそうなんだよ!? 普段から足腰しっかり鍛えてるっての!」
「ん~? 何となく? はしゃいで走り回りそうなイメージだから」
「んな子どもじゃねーよ!」
ダコタが柴を
どっちかと言えば、ダコタさんがチョッカイを出しているように見えるけど、柴の事が好きなのかな?
スレンダーでかわいらしいダコタは、見た目に相反する大人の雰囲気も持っている。ヒスイから見ても十分に魅力的だ。
そんな女性が近くに居れば、多少なりとも悪い気はしないと思うのに、柴からは照れの感情は感じるものの、そういった恋愛感情的な心の
恋愛に関する話を柴に直接聞いたことは無いが、もしかしたら他に好きな人が居るのかもしれない。
ヒスイがモヤモヤとミノイ採取と関係ないことを考えている間に、段取りは着々と進んでいく。やはりこういう時、頼りになるのは蒼河だ。スケジュール立てやその場の判断力は群を抜いていると思う。
そんな部分もきっと「モテ」に繋がっているんだろうなあと、ヒスイは形だけの婚約者を分析する。もし蒼河や柴と普通に出会っていれば、恋愛的な意味でどちらかを好きになっていたかもしれない。
蒼河も柴もどちらも魅力的な男性だが、特殊な環境は今のところ仲間意識以上の感情をヒスイに与えてはくれない。お互いを良く知るために必要な時間を十分に取れてはいなかった。
「ヒスイもこれでいいかな?」
急に話を振られてヒスイの思考は現実に戻る。
「うん、いいと思う。私は戦略とか良く分からないし、ミノイがどんな植物なのかも分からないし。地理の分かるダコタさんと状況判断ができる蒼河に任せるのが一番良いと思う」
ヒスイの当たり障りのない返答に皆が頷くと、ミノイ収穫の準備に取り掛かることになった。ヒスイは食事当番になっていたので、腕によりをかけてお弁当を作る。
大人の身体はキッチンで包丁を握るのに踏み台がいらない。鍋を取ったり桶に水を入れるのも、子どもの身体より簡単にできてしまう事にヒスイは感動した。
そして、気付いた時には信じられない量の料理が出来上がっていた。
「あらら……張り切りすぎちゃった。どうするの、この量……」
思うように身体が動くことが嬉しくて、また暴走をしてしまった。毎回反省はするものの、そう簡単に暴走するクセが抜けるわけではない。一部はゼフの食事として取り分け、残りの全部を「きっと柴が全部食べてくれるはず」と勝手に期待して『奇跡の箱』へ収納した。
それぞれが準備を整え集合し、出発したのは昼前。ミノイが自生するエリアには、険しい山道を歩くこと二時間ほどで到着した。
途中で魔物に遭遇したものの、ダコタ曰く「今までもっと強力な魔物が出ていた」そうだ。ヴルムが魔力鑑定を試した結果、これらはドルストンの残りかすと言っていいような
魔物の数も少なくなり力も弱まっていることが分かり、次はミノイ収穫に全力を注ぐようダコタから指示を受ける。
「さあ、これがミノイの木だよ! ちゃっちゃと取っちゃおう!」
「ちょっと待て!」
仕切るダコタを制止したのは柴だった。いつになく真剣な面持ちで主張する。
「腹が減って死にそうだ。俺は、先に昼メシを食べることを提案する……というか、何か食わせろーーーー!」
「あはは、ゴメンゴメン! そういえばもうお昼過ぎてるね」
「はーい! お弁当担当はそんな柴の為に張り切りましたよ~!」
少し拓けた場所を探し、奇跡の箱からテーブルセットを取り出す。テーブルの上に用意したお弁当を次々にセッティングすると、ダコタが感嘆の声を挙げる。
「すっごぉぉぉい! これ、ヒスイちゃんが作ったの? お弁当の域を超えてるんだけど。それに、見たことのない料理ばっかり。香りも不思議~!」
「だろ~? ヒスイの料理は今までの食事は何だったんだ?ってくらい旨いんだぜ!」
なぜか柴がドヤ顔になる。それをまたダコタに突っ込まれているのだが、その様子は既にいつもの光景と思う程に馴染んでいる。
「へえ? お肉に何を付けたの? すごくツヤツヤ~! ムグッ!」
「つべこべ言ってないで食べてみろよ」
並んだ料理を絶賛するが手を付けようとしないダコタの口の中に、柴が無理やり照り焼きチキンをねじ込んだ。
今まで味付けをする習慣のない
「ナニコレ!? おいし~~~い!」
ダコタの顔が分かりやすくとろける。その言葉を聞いて、柴は満足そうに頷いている。その様子を蒼河とヴルムはこやかな笑顔で見ているのだが、既に二人が手に持った皿には大量の料理が盛られていることをヒスイは見逃さなかった。
「ダコタさん、柴! 沢山作ってきたけど、早くしないと無くなっちゃう! 思わぬところにダークホースが二人もいる!」
「ヒスイの料理は本当に美味しいから、食が細い私でも不思議と沢山食べられるんだよ」
「それについては、我も同意だ」
ネークの街ではヒスイの取り合いをしていた蒼河とヴルムが、いつの間にか仲良くなっている。ヒスイを交互に癒しながら見守ったこと、一緒に戦った事で生まれた信頼から団結力が増したようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます