第16話 昔話とこれから
「昨日のことは、途中から見ていた。禍々しい力が強すぎて我は石を通じてお前に力を送る程度にしか役に立たなかったが。
ヒスイ自身がかけた
ヴルムは、昨日の戦いを途中から見ていたという。
ヒスイが男に襲われかけたあたりから干渉しようと試みたそうだが翡翠石を光らせて回復させることくらいしか出来なかったらしい。
それも黒い竜の力が強すぎたからだと教えてくれた。
「黒竜、アジダ……」
名を口にすると、ヒスイの額がズキっと痛み身体の奥底から怒りの感情が湧いてくる。
「そうだ。アジダは竜族を滅ぼそうとした。奴の企みは失敗したが、竜族は大多数が滅び生き残った者は散り散りになった。
元よりそう多くない種族だ。しかも同族との血の交わりは受け付けず、一代で1~2体程度しか子を成せない。
一体が長く生きるとはいえ、いずれ滅びる運命の種族ではあったのだ。奴はそれを憂い、滅びを早めようと同族の戦いを仕掛けた」
それが約千年ほど前のことだという。
アジダは魔族と手を組み、戦いだけでなく時には汚い手を使いながらジワジワと竜族の数を減らしていったのだそうだ。
ヴルムはそれから五百年ほど続いた争いの間に妻と子を殺され、憔悴のあまりトークの森へ隠居したのだと言う。
トークの森に移る前に、生まれたばかりのヒスイと逢ったことがあるのだそうだ。
ということは、私の年齢って……?
考えると怖いので、今はツッコむのをやめておく。
既に竜種は数十人単位まで減っており、その後の皆の足取りは分からないとのことだ。
「あの、私の母はどのような人でしたか?」
母親の記憶も勿論失っている。どんな人だったのだろうか。
ヴルムは優しく笑ってヒスイの胸元を指さす。
「お前の母は、我が借りていたその石……翡翠石そのものだ。種族は確か精霊だったか。お前を守るために自ら石へと変化したのだろう」
慌ててヒスイは胸に下げている翡翠石を取り出して見る。
知識を沢山教えてくれ、危険から守ってくれていたこの石が…母親。
「賢く、とても美しい女性だったと記憶している。ナーガラはベタ惚れだったな」
妻を語る時のナーガラの顔を思い出し、くっくっとヴルムは笑う。
「基本的に竜族の力はそのまま子に受け継がれ、別種族の血が混じることで半減したりはしない。竜族の子は必ず竜族として生まれる。
だが、お前の外見については母親に似ていると思う。彼女もお前のように美しい翡翠色の髪だった」
ヴルムはそう言いながら、懐かしそうにヒスイの髪をなでる。
ヒスイは翡翠石を見ながらその話を聞いていた。
この石が母親と言われてもピンとは来ないが、山の中では食事の世話をはじめ知識もしっかり教えてくれた。
色々なことを教えてくれたのは、母さまだったからなのか。
今まで沢山守ってくれてありがとう。
そう思いながら翡翠石を両手でギュッと握りしめる。きっとこれからも見守ってくれるだろう。今までこの石を手放さずに居て本当に良かったと思う。
「何があったのかは分からないが、アジダへの記憶が能力を覚醒させる引き金になったことは間違いないだろう。
本来の竜族の力はあんなものではない…勿論アジダもだ。人の姿になることすらできないようだった。
何か別の力が働いているような感覚もあったが、我も本調子でないうえにあまりにも負の力が強すぎて良く分からなかった」
「いえ、ありがとうございます。私も記憶が戻っていないので分からないことばかりですが、ヴルム様のおかげで母の愛情を感じることが出来ました」
何とも言えないホッコリとした気分になったところで、そろそろ本題に入りたいと蒼河が口を挟んだ。
「本題に入る前に、ヴルム様のお力はどの程度回復されていますか?」
「まだ四割と言ったところか。だがもう何かを媒介せずとも人の姿を保てるくらいには回復している。
本来自力なら十日はかかったろうが…………まあ、我が力で回復したと言えばそうではあるが」
古の自分の残した加護に癒されているわけなので、ヴルムの回復は自力と言えなくはない。
この状況が面白いと笑うヴルムを見て、蒼河と柴はあれだけ超回復してもまだ四割のドラゴンの力とは、どれだけ強大なのかと驚いた。
「では、ヒスイの
「そうだな、この大陸は広い。ドラゴンが主に住んでいたのはケプーラ山脈の向こう側だ」
ケプーラ山脈は、人間世界との境界線にある辺境の街パラスから東に向かってかなりの距離がある。
地図で言えば正反対の位置に記されている場所だ。
「ケプーラ山脈の向こう側ですか。
「確か、今の世では竜族は滅びた幻の種族となっているのだったな。もしかしたらこの先に図が無いこともアジダの策略かもしれぬ」
どうしたものかと、ヴルムと蒼河が押し黙る。しばらく流れた沈黙に耐えられなくなった柴が口を開く。
「俺全然分かんねーんだけどさ、何百年も経った今になって魔族とそのアジダって奴は
「確かに、それも謎かも。何で急に活発になったのかな?」
ヒスイもそれは疑問だった。なぜ急に魔族が襲ってきたのか。
「それについては、多分ヒスイだろう。今まで感じられなかったナーガラの気配に似た気配をヒスイから感じたのではないか?
ということは、ナーガラはまだ生きていて
「なるほど、目当てがヒスイであれば早めに出立した方が良いかもしれませんね。今は敵にヒスイがここに居るとバレている。体力を回復したらまた襲ってくるかもしれません」
何やら物騒な話が始まった。
「私のせいでみんなが襲われてしまったということ? また街が襲われるの?」
ヒスイの顔が青ざめる。それに気づいた蒼河が優しく言う。
「違うよ、ヒスイのせいじゃないからね。ヒスイは被害者だよ」
「遅かれ早かれ、このような時期は来たであろうな」
「では、ヴルム様。一度街に戻って対策を立てましょう。先ほどの話も父上に報告しないと」
話がまとまり、こうしていられないと蒼河が帰り支度をしようと立ち上がると同時に柴が叫んだ。
「まてまて! まだメシが残ってる!!! 全部食べないと作ってくれた蒼河の母ちゃんに申し訳ないだろ!!!」
確かにその通りだと、もう一度座り直し食事の続きをいただく。
いつものように、大半の食糧が柴の胃に収まっていったのは言うまでもない。
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