第11話 急襲
ヒスイは、何とか街の手前で立ち止まることができた。
何かものすごく嫌な気配があり「嫌だ!」と強く思ったら、スピードが急に落ちたのだ。
魔力制御を習えば、これをコントロールできるようになるのかな。
まだ良く分からない人間離れした自分の能力にげんなりしつつも、目の前に広がる光景を見てヒスイの軽口は吹き飛んだ。
デクトの街が赤く染まっている。炎が、そこかしこから上がっている。
「こんな、まさか!」
あまりにもひどい状況にヒスイは絶句する。肩が震え、その場に崩れ落ちた。
黒い点に見えていたものは、どうやらモンスターのようだ。鳥のような形をしたモンスターが火球を吐き、街のあちらこちらから火の手が上がる。
地上には斧や剣を持った巨人が街を襲っているのが見える。街の人達は何とか対応ができているようで、防御と攻撃に分かれて戦っているようだ。
あちこちで爆発音が響き、そのたびにどこからか悲鳴が上がる。
こんな中に私が入って行って、何になるのだろう?
結局足手まといが一人増えるだけじゃない。
ヒスイは見つからないよう茂みに隠れつつ、どうしたものか思案する。あのモンスターの群れの中に飛び込んで、無事に街の人たちの元へ行ける自信はない。
だからと言って、現状を知って何もしないという選択肢はない。
ヒスイは困った時のドラゴン頼みとばかりに翡翠石を取り出し、ヴルムを呼び出そうとする。
「ヴルム様、大変です! デクトの街が燃えています!」
しかし、ヴルムはうんともすんとも言わない。元々ヒスイの思い通りになるとは思っていないので、何度も根気よく語り掛ける。
ヒュン!とヒスイの横を何か鋭利なものが通り過ぎた。石を削って尖らせた、クナイのような形をした刃物が地面に突き刺さる。
翡翠石への呼びかけに気を取られていたヒスイは、上空からの殺気に気づくことが出来なかった。
慌てて攻撃が飛んできた方を見ると、鳥のモンスター一匹がヒスイめがけて突進してくる。
「見つかった!」
焦って茂みの中を移動するが、もう遅い。
次の攻撃がヒスイを襲う。
何とか前転で避けたが、隠れられそうな範囲はそう多くない。ヒスイは覚悟を決め、茂みから出てモンスターと対峙する。
良く見るとモンスターの上には鬼のように角が生えたスキンヘッドの男が乗っていた。鳥の背中からひょいと飛び降りると、男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて近づいてくる。
「あなた達は何者ですか?なぜ街を襲うんですか?」
「さあな、何者だと思う? お嬢ちゃん。こんなところで一人でなにしてるのかな~? おじさんと一緒に良いところに行こうか?」
き、気持ち悪い!超絶気持ち悪い!!!絶対良いところに連れて行かないよね!?
何とも言えない感覚が背筋を凍らせる。ヒスイは後ずさりながら五感をフルに働かせ退路を探る。
男は口元をペロリと舐め、ゆっくりと確実にヒスイとの間合いを詰めてくる。
退路は…あるとしたら、このまま一気に町まで突進するくらいしか思い浮かばない。しかし、街の中にはこの男のようなモンスターが多数戦っている。
何とか出来る相手ではないし、何事もなく上手く切り抜けられる気もしない。考えている間に男の手がヒスイに届きそうな距離まで近づいてきた。
「嫌っ!」
悲鳴を上げると同時に、翡翠石が光を放つ。
あまりの光に男は目を覆い一瞬怯んだ。ヴルムが目を覚ましたのか、それとも元々守護していた翡翠石がヒスイのピンチに反応して守ってくれたのか……どちらか分からないがとにかく助かった。
態勢を整えて男を見るが、まだ目は眩んだままのようなので、そのすきに走って距離を取る。
さっきみたいな速さで走ることができれば突破できるかも?
ほんの少しだけ期待したが、さっきのように早く走ることが出来ない。早く走ろうと思えば思うほどスローモーションのように感じる。
翡翠石を握りヴルムを呼ぶが、翡翠石はじんわり発光しているものの応答はない。
どうすればこの場から逃げられる?
とにかくヒスイは必死だった。あの男に捕まったら、死ぬよりひどい目に遭いそうな予感がする。男を確認すると、鳥に乗ろうとしているようだ。あれが追いかけてきたら終わる。
とにかく街の人と合流しなければ。
とにかく突破しかないと、ヒスイは突然街に降ってきた豪雨に突撃するようにして少しでも前へと足を動かした。
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柴は、街の様子に絶句した。
「こんな…………。」
見たことも無い種族が街を襲っている。
ドカン!と爆発する音が聞こえるたびに悲鳴が聞こえる。
とにかく姉と両親は無事かと耳にできるだけ集中して知った声が聞こえる方へ走る。
「オヤジ!!!」
柴は前線で戦っている父親の姿を見つけた。
「おう、柴! いいタイミングで帰ってきたな! もてなしが凄いだろう?」
柴の父親が豪快に笑いながら素手で敵を真っ二つに切り裂いている。冗談が言える状況かよ、と心の中で呟きながら柴は父親の元にかけよる。
「母さんと姉さんは?」
「二人は無事だ。戦いに向いていない種族の守りをしている」
「それならよかった!」
柴は父親と背中合わせになりながら、敵をバタバタなぎ倒していく。
「柴、しばらく見ないうちに腕が上がったな? やるじゃねえか!」
「オヤジこそ、素手でよくやるよ!」
息のピッタリな二人の共闘で、敵の数がみるみる減っていく。攻勢が変わったところでその場を他の者に任せ、敵が厚い場所を探し一気に掃討していく。
柴が戦いに参加した頃、蒼河も街の上空に到着していた。鳥のモンスターの集まっている遥か上空から
これだけの数だ、誰か主導しているはず。
良く見ると、数羽のモンスターに鬼のように角を生やした魔物が乗っている。どうやらこの鬼の魔物が鳥のモンスターを率いているようだ。
数にすると二十そこそこ。
一人ひとりの能力が高いのか、どれだけ居るかわからない数のモンスターを上手く操っているように見える。
この鬼の魔物を何とかしなければ。
蒼河は
黒こげになった鳥の魔物と一緒に落ちて行ったのが見える。落ちていく魔物を今度は
魔物が落ちることで街に被害が及ばないよう、蒼河なりの配慮だった。
逃した魔物はどこから攻撃されたか分からないといった様子で、あたりを伺うようにしながら散り散りになる。
統率が乱れたのを見て、
空を覆っていた鳥の魔物はあっという間に半数以下になった。これだけ減らせば、あとは街からの攻撃でも撃退できるだろうと踏んで、蒼河は街へ降下する。
降下した先で街の消火活動をしている父親の姿を見つけ、駆け寄る。
「父上、ただいま戻りました。これは一体どうしたのですか?」
話しかけながら
「おお、蒼河! いいところに戻ってきた。儂にも良く分からんが、ここ一年ほどで魔物が急に湧き出してな。近隣の街が襲われたと聞いていたが、まさかこんな僻地まで襲ってくるとは」
「父上、これではきりがありません。
「すまんな、そんな大魔法はお前くらいしか扱えん。頼んだ」
効果が持続する魔法はそれなりに高度で使う魔力量も多い。蒼河は魔獣召喚で
そのまま回復した魔力をたっぷり乗せて
街一帯を突然豪雨が襲う。
あちこちで上がっていた炎が消えはじめると同時に、突然の豪雨で視界が悪くなり敵が怯んだ。それを見逃さず街の猛者たちは一気に敵を攻撃する。
鎮火しているか見回りながら、蒼河たちは負傷者の手当てに走る。幸い大きなけがをしているものはおらず、
そうやってあちこち走り回っていると、前線で戦っている柴親子に遭遇した。
「蒼河! 戻ってきたんだ! ヒスイは?」
「ああ、心配だが置いてきた。街に戻すよりはマシだろうしね」
そう言いながら、蒼河は魔法を展開し今度は攻撃に参戦する。
「しかし、この数はいったい……かなり減らしたはずなのに。」
「ああ、あの奥に居るデカい奴。どうやらあいつが呼び寄せてるみたいだ」
敵をなぎ倒しながらも、柴は冷静に敵の状況を見ていた。
なるほど、魔物の中心に人の何倍もあるような大きな黒い塊が見える。蒼河はあれは何だと目を凝らすが、自分のかけた
たっぷり魔力を乗せた魔法は、効果が消えるまでもう少し時間がかかる。
とにかく襲い掛かってくる魔物を倒していくしかない。空を見ると先ほど散らした軍勢だろうか、また鳥の魔物が集まってきていた。
このままではジリ貧だな。
トークの森での試練と戦いを重ねて苦笑いをする。柴たちの体力と蒼河の魔力が尽きてしまえば、今のような優位な状況は保てない。
魔法の効果が消え始めたのか、雨が落ち着き霧のようになってきた。そろそろ黒い塊の正体が拝めるなと思ったその時、空に翡翠色の閃光が走った。
蒼河と柴にはその光に見覚えがあり、同時につぶやく。
「まさか……ヒスイ!?」
洞窟の中で見た翡翠石の閃光…その何倍もの光が膨れ上がる。
蒼河の
大きな黒い塊が動いたように見え、それと同時に光は範囲を狭め人の形になる。光の中心に現れた人物に、蒼河も柴も目を奪われた。
そこに居たのは、翡翠色の髪とルビー色の瞳を持つ、美しい女性だった。
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