第5話 トークの森

 蒼河がヒスイに大きな爆弾を落として早三日。

 「実の月、火の週、朱の日」がやってきた。

 出かける直前になって、柴の「あれがない!これ大丈夫かな?」という荷物確認で少しバタバタはしたが、おおむね予定通り街を出ることができた。


 ヒスイと蒼河と柴。

 並んでトークの森を目指す。

 バタバタした割に、みんな荷物が少ないので、ヒスイは不思議でこう質問した。


「ねえ、どうしてそんなに荷物が少ないの?」


「ああ、ヒスイが持ってる奇跡の箱?だっけ。あれと似たような術があるんだ。沢山のものも小さくまとめることができるんだよ」


 柴が教えてくれる。


「へえ、そうなんだ」


 なるほど、確かに人間の世界にない珍しいものの多い獣人界(と勝手にヒスイが呼んでいる)に、そういったマジックアイテム的なものがないとは限らない。

 下手したら魔法だってあるかもしれない。

 納得するヒスイに蒼河が横から補足を入れる。


「多分、ヒスイの持ってる奇跡の箱というのも、もしかしたら獣人こちらの世界から流れたものかもしれないね。相当な大昔は結界もなくて、人間の世界とは行き来自由だったようだから」


「相当な大昔?」


「そう、三~四千年くらい前って聞いてるかな」


 ずいぶん大昔に交流があったのね、と思いつつまた一つ疑問が浮かぶ。


獣人こっちの人たちって、どれくらい生きるの?」


 ヒスイも二百歳をゆうに超えているのだが、自分のスローな成長については今は横に置いておく。


「うーん、一般的には力のある一族は千年ほどと言われているね」


「千年」


「そう、私たちは割と力のあるほうだけど、千年は無理かもしれないね」


「二人とも、今いくつなの?」


「私が二七三年で、柴がー」


「俺二三六年!」


「へえ、じゃあ二人とも私より長生きなのね」


 歳を聞いたのに年で答えるの?と、価値観の違いを感じつつ、ヒスイは苦笑いしながら答えた。


 そういえば、街にいる間はあんまりパーソナルな話をして無かったなと思い、森までの道中はそういった他愛のない世間話や身の上話をしながら進んだ。

 街を出る前に聞いた話だと、トークの森には結界があり「いつたどり着くかわからない」そうだ。森に入ればどこにでも入り口はあるが、それがどこか分からない。それはトークの森の主が立ち入る者を選定していて、一生入れないこともあるのだとか。

 曰く、近くて遠い森なのだそうだ。


 日が傾き始めたが、まだ森というような場所にはたどり着かない。

 はるか遠くの方には森が見えているのだが、近くなった!という実感が湧いて来ない。


「そろそろ日が暮れちゃいそうなのに、見渡す限り草原でなかなか森まで近付かないものね」


 見えているのに少しも距離が縮まらない。


「うーん、森の入り口までこのペースだと3日ってところじゃねーの?」


「そろそろ野宿できそうな場所でも探したほうがいいかもしれないね。近くに小川があるから移動しよう」


 人間のヒスイにペースを合わせてくれているのだろう。柴や蒼河に疲れは見えない。

 疲れているかどうかの話になれば、ヒスイにも疲れはほとんどない。

 本当はもっと早く進めるのだろうが、文句も言わず子どもの足の長さに合わせて進んでもらうのは少し申し訳ない気がした。

 歩幅ばかりはどうにもならないので、少しでも二人の役に立ちたいと毎回の食事はヒスイが作ることにしてもらった。


 初日はまだ持ってきた食料も豊富なので、早くダメになりそうな食材から使うことにした。

 穀物と卵を炒めたものと、玉ねぎと近くの小川から取ってきた川藻のスープ。それから鶏肉のチーズ焼き。

 食べ物については人間の世界とほぼ同じなので、食事については助かっている。もちろん、中にはとんでもないものも目にするが、それはそれで受け入れるしかない。

 獣人界こちらでは味付けの概念があまりないようで、塩で味付けしただけで「美味しい!」とちょっとした評判になった。

 素材の味そのものも良いから、味付けのない素朴な味もいいのだけどやっぱり少し味は欲しい。

 塩分が足りなくなれば岩塩をなめるというのだから、なぜ塩を料理に使うという概念がないのか不思議ではある。


「ん~、ヒスイの作ったものはやっぱり美味しい!」


 蒼河の家では料理の手伝いをしていたので、蒼河には評判ではあるが……初めて食べる柴はどうだろうか。


「ホントだ! 俺も火を通したものはそんなに食べないけど、ヒスイの料理は火が通ってても美味いな!」


 柴の一族は人間で言うところの肉食獣の血を引いているため、新鮮な生肉なんかは火を通さずほぼ生で食べる。人間とは消化の構造が違うようで、胃腸については結構丈夫なのだそうだ。

 道端の草でもそのままムシャムシャ食べているのを見たことがあって、ヒスイも驚いたものだ。

 味付けは獣人界こちらの人に合わせて少し薄味にはしているのだが、作ったものを美味しいと言ってもらえるのは素直に嬉しい。

 最初の保護者である木こり夫婦の指導が良かったため、ヒスイの料理の腕はそこそこいい。

 喜んで食べている二人を見ながら、自分の食べるものにはソースなど持ってきた調味料をつけて味を濃くする。

 それを目ざとく見つけた柴は、興味津々に聞いてくる。


「え、それ何? すっごくいい香りがするぞ!?」


「ソースのこと? うーん、ちょっと獣人界こっちの人には刺激が強いと思うんだけど・・・使ってみる?」


 以前同じ反応をした蒼河は、試したあとで顔をしかめたのを思い出す。

 だが、口に合わないとは限らないので勧めてみる。ほんの少し鶏肉にソースをかけてあげると、柴はものすごい勢いで食べ始めた。

 無意識なのかしっぽが左右に激しく揺れ、ブンブン音を立てている。


「どう?」


 まるで犬のような柴に思わず「マテ!」と言いたくなるのを抑えつつ、ヒスイは感想を聞いてみた。


「すごく美味うまい! これナニ? すっごく美味い!!!」


「ソースって言うの。人間の世界では一般的に使われている調味料なんだけど、口に合ってよかった!」


 これからは柴は少し味付けが濃くても大丈夫そうかな?と思いながら蒼河をチラっと見ると、あまりの柴の食いっぷりに呆れている様子だった。

 種族の違いで色々なんだなと思いつつ、ヒスイは自分の食事を食べ終えた。


 食事を食べ終わった頃にはもうあたりも真っ暗になっていたため、火を絶やさないよう交代で休みながら朝を迎える。

 朝・昼は携帯食を、夜はゆっくり話しながらヒスイが作った料理を囲む。

 そんな風に旅をつづけながら三日目の朝、ようやく森の入り口まで到着した。

 何千年も立っているのではないかと思うような巨木が密集し、見上げても木のてっぺんがよく見えない。

 昼間は陽の光が差し込んではいるが、夜はきっと真っ暗なのだろうなと思えるような深い森。

 ここから先はどれくらいの時間がかかるか分からない。トークの森にたどり着く保証もない。


「ふう!」


 大きく深呼吸をして気合いを入れ、ヒスイ達は森に入っていった。



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 森に入ると、そこここから聞いたことのない鳥の声が聞こえる。

 蒼河が鳥の種類をヒスイに教えてくれ、柴が出会う虫や小動物について教えてくれる。二人にとってこの森は小さなころの遊び場で、庭みたいなものである。

 本来、柴の足と蒼河の翼を使えば半日もかからず到着する場所ではあるのだが、ヒスイに合わせたゆっくりの旅も二人にとっては新鮮で面白く楽しいものだった。


「森に入るの久しぶりで、何かワクワクするな!」


 耳をピンピンさせながら柴が言い、迷いなく森の奥へ進んでいく。


「この先はどこに向かうとか、あるの?」


「この先に神殿があるのだけど、まずはそこへ向かおうと思う。休むこともできるしね。ヒスイはこの森に慣れてないから休憩はきちんと取りたいしね」


 蒼河の気遣いは有難いが、ヒスイは元々森育ちなので森歩きについては猟師や木こりよりもうまく歩ける。

 だが、大丈夫と言っても過保護気味の蒼河は少々激しめの気遣いをするため、無理しない事が一番良いとこの旅でヒスイは勉強した。

 森までの道のりでも、大丈夫?と何度聞かれたことか。

 何度か「お父さんか!」とツッコミを入れたくなったこともあったが、そこはヒスイが迷惑をかけているのでグッとこらえていた。

 旅を早く進めたいヒスイにとって、森までの三日も結構のんびりには感じたのだが、何日かかるか分からない旅で「焦っても仕方ない」と自分に言い聞かせてきたのだった。


 少し周りが薄暗くなってきたころ、蒼河の言う神殿が見えた。


 森の中の少し拓けた場所に、真っ白な美しい人工物が立っていた。


「すごい!」


 思わずヒスイは声を上げる。

 真新しい真っ白な神殿は森の中でうっすら光を放っており、まさに神々しい。


「この神殿はまじないがかかってるんだぜ! いつ来てもキレイってスゴイよな!」


 なぜか自慢げに柴が教えてくれる。


「あれ? でも呪いって効果は長く続かないんじゃなかったっけ?」


 ヒスイにかけられた呪いを見て、蒼河の父がそう言っていたと思う。

 それについては、代々この神殿を管理する神官が絶やさず呪いをかけ直しているということを教えてもらった。

 神事を行うことで呪いが発動するのだそうだ。

 なるほど、この世界の神事がどんなものか分からないが、定期的に行われるなら常に保っていられるのも頷ける。

 この神殿にかけられている呪いは「腐蝕封じ」「獣魔除け」「癒し」なのだとか。

 腐食封じってスゴイなあと感心しながら、神殿の入り口に立つと癒しの効果が発動したのか、疲れが吹き飛んだ。


「すごい、身体が軽くなった!」


 そんなに疲れを感じていなかったのに、身体の軽さを覚えて旅の疲れを感じていたのだとヒスイは感心する。


「神官様に挨拶をしてくるよ、少し待ってて」


 そう言って、蒼河が神殿の奥へ進む。背中を見送りながら、柴と二人で今来た森を眺める。

 森と言っていたが神殿の場所は少し小高い。山と言ったほうが近いように思えた。遠くから神殿を見ることは出来なかったが、神殿からは遠くの景色を見ることが出来た。

 柴はそれは魔獣除けの呪いの効果だと教えてくれる。悪いものから見えにくくする、という呪いはこういった神聖な場所にはたいていかけられているそうだ。

 神殿について話を聞いている間に、蒼河が戻ってきて神殿に泊めて貰えることになった。

 夜は神官様と食卓を囲み、トークの森について話を聞くこととなった。


「トークの森に行かれるとか。トークの森は必要である者を導くと言います。あなたが強く願えば、必ず導かれますよ。」


 神官様はトークの森に行ったことはないそうだが、様々な言い伝えを教えてくれた。

 伝承では、トークの森に立ち入った時に霧が濃くなり、どこにいるか分からない!と思ったら、もう目的地の森に入っているのだそうだ。

 森に入るといくつかの試練があり、それを乗り越えた者だけが主に会うことができるということも教えてくれた。


──────試練。


 どんなものだろうか。

 少し引っかかったが、その内容は人により違うそうでヒスイ達がどんな試練になるのかまでは神官様も分からない。

 明日の朝、出発の前に無事たどり着けるよう祝福のまじないをかけてくださるとのことで、その夜は早めに就寝することとなった。


 翌朝、神官様より朝食を取り終えたら神殿の広間にある陣へ来るように指示があった。三人で神殿の広間に入ると、儀式用なのか床には陣が刻み込まれている。

 磨き上げられた大理石に緻密に刻み込まれた陣に圧倒されながらも、指示に従い真ん中にあるサークルに入る。

 三人がサークルの中に入り跪いたのを見届けると、神官様は呪いを唱え始めた。

 その呪いは、ただの音のような歌のような不思議な音色で心地いい。自然と目を閉じる。


無事に三人でトークの森へたどり着き、私の呪いが解けますように。


 ヒスイは心の中でそう願いながら呪いを聞いていた。

 呪いの音色が遠くに聞こえはじめたことに違和感を覚え、ヒスイは目を開けた。周りが見えないほどの白い霧に包まれている。

 何が起こったのかと、ヒスイの隣に居た二人を見る。


 真っ白で何も見えない。


 これほど深い霧は、生きてきて一度も体験したことがない。不安になり、跪いていた身体を起こし慌てて二人の名前を呼ぶ。


「蒼河、柴! どこ!?」


 立ち上がって目を凝らし、あたりを見回す。三分ほど経っただろうか、霧が徐々に晴れてきた。

 蒼河と柴はヒスイの隣に居た。呪いを受けた時と同じように跪いている。

 だが、反応はない。自分以外時が止まったように動かない。


 霧が完全に晴れると、辺りの様子が変わっていることに気づく。ヒスイはなぜか森の中に居た。さっきまで神殿に居たはずなのに。


 まさか、これがトークの森なのだろうか。


 二人は固まったままヒスイの呼びかけに応えない。


「・・・試練?」


 これが試練かと考えを巡らせる。森の中で、自分一人で何が出来るのだろうか。

 困ったことに神殿に荷物を置いたままだ。


 相変わらず、蒼河と柴の二人からは何の反応もない。

 ヒスイはひとまず現状把握だと、辺りを少し探ってみることにした。

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