第5話 『転生者狩り』

「…………ん」


 インスマスのとある宿。

 ゼロは日光を浴びて、小さくあくびをしながら目を擦った。


「あぁ、起きたかゼロ」


 俺はゼロにおにぎりと紙パックのお茶を投げ渡す。


「グレン。早いね」


「たまたま目が覚めただけだ」


 ゼロは適当に返事をして、着替えを持ってシャワー室へ向かった。


 ゼロと共に旅をするようになって、1週間が経とうとしていた。

 俺は魔法使いとして腕を磨き、ゼロはDEXの上がりやすい武闘家に就職し、着実に力をつけてきている。


 まだたどたどしさはあるが、だんだんとお互いのクセがわかってきた頃だ。


 例えば……ゼロの類まれなガン=カタは敵を一網打尽にする事に特化している。


 この世界の銃は、威力がステータスに依存しない。銃や弾丸の種類によって威力が決まる。


 だからゼロはDEXに全振りしているのに安定した高火力の攻撃を実現できるのだ。


 しかし、素の防御力が高い相手や、銃が当たらないほどの速さを持つ個体等には不利だ。


 そこで俺が、魔法攻撃を放つと言うわけだ。

 俺の魔法攻撃は脳に当てないとまともなダメージにならない。

 裏を返せば、脳に当たりさえすれば防御力も速さも関係なく一撃だ。


 ゼロは目配せの1つもせずに自ら囮になって俺にチャンスを与えてくれる。

 むしろ俺の方が彼女のくれたチャンスに気づけないほどだ。


 足の早い敵も、ゼロがある程度時間を稼いでくれれば目が速さに慣れるので、予測射撃等で相手を牽制できる。

 それで敵のスピードを少しでも下げられれば、ゼロの弾丸は相手を一瞬で貫く。


 よって、俺達は今まで一度も死なないままこのニグラスの地にいるというわけだ。


「死なない」で思い出した。

 ちょうどいいからここらでこの世界での『死』について話しておこうか。


 結論から言うと、俺達は不死身だ。


 どの街にも必ず1つ、マスターズギルドが管理する教会が存在して、事前にそこに訪れて電子職業手帳で『蘇生申請』を行っておけば、

 その後死んだときにその教会で蘇ることができる。


 なお、教会で蘇生した際に電子職業手帳は死亡数のカウントを1進める。

 どうやらこの点数が上位職へ就職する時の減点材料になるらしい。


 ゾンビ戦法は控えるべきだということだ。


「それにしても…………」


 俺は電子職業手帳を見ながらため息をつく。


 金が無い。


 クエスト報酬はしっかり貰ってるけどそろそろカツカツになってきた。

 主な出費先は、宿代、食事代、馬車代。

 それと、銃の弾代。


 そして何より


「ねぇグレン」


 ゼロが頭をタオルで拭きながら、何の遠慮もなく言う。


「お金貸してくれない?」


 これ!!!


 マジでこれ!!!!!!


 ゼロは何かとつけて金を借りようとする癖がある。

 金額も用途も様々だが、頻度が頻度だから馬鹿にならない。


 クエストになると貸した金以上の働きをしてくれるけど!

 クエスト報酬貰ったらちゃんと返してくれるしなんならジュースも奢ってくれるけど!


 そこまでがしんどい!!


 最高記録合計13000G。

 クエスト報酬2〜3回分。


 マジで死にかけるレベル。


 …………でもまぁ。


「しょうがねぇな」


 貸してやるか。

 実際、貸した金はしっかり返ってくるしな。


「で、何買うんだ?」


「新しいショートパンツが欲しくてさ」


「お前ショートパンツ何着持ってんだよ」


 俺は電子職業手帳を開き、ゼロに金を貸した。


 手元に残った金は僅かだが、今日明日の生活費くらいはあるだろう。


 今日はクエストを受けなくても大丈夫そうだ。


 俺はゆっくりと椅子から降りる。


「じゃあ私、服屋行ってくるね」


「あ、待て。俺も行く。暇だし」


「あぁ、そう?じゃ行こ」


 ゼロは宿の扉を開けた。


 ゼロ行きつけの服屋。

 名前だけは彼女から聞いたことがあるが、実際に行くのは初めてだな。


 確か《ブエンプロペチョ》とかいうギルドが出してる店だっけ。


 ニグラスには大小様々なギルドが存在する。

 そしてそのギルド達は大きく分けて「戦闘系ギルド」と「商業系ギルド」に分けられる。


 ここに来てすぐに装備を買ったアーカムにある店も、《ビエンベニードス》というギルドの系列だったはずだ。


 実際着いてみると、なかなかオシャレな雰囲気を放つ店だった。照明も抑えられているし、落ち着いたBGMが流れている。


 かと言ってセレブが来るような店かと思いきや、そうではない。

 マネキンに飾られていた値札を見たら20000Gと書かれていたもんだから焦ったが、

 ゼロが向かったコーナーの服はだいたい2500~3500G、高くても4000G。


 この店はどうやら幅広い層をターゲットに展開しているらしい。


 ゼロはその中から黒いスカートを引っ張り出し、レジに持っていった。


「あ〜ゼロちゃん!いらっしゃいませ!」


 ゼロは微笑みながら「どうも」とだけ呟いた。


 帰り道で聞いた話だが、この明るいレジの女性はこの店の店長のパレッタさんとのこと。

 彼女もまた転生者らしい。


「隣の人は?もしかして彼氏ー!?」


「…………違います」


 ちょっとつっかえたのが気になった。


「ふーん。あ、そうだお兄さんも転生者でしょ?」


「え?あ、はい。どうしてそれを?」


「まぁ長年の勘ってやつかなー。レジ打ってるとどうしても人と接する場面は多いからさ」


 パレッタさんは袋にスカートを入れながら、更に続ける。


「気をつけな。最近、アーカムとインスマスの間の森に最初からこの世界にいる人…………いわゆる現地人ばかりが集まったギルドの拠点が出来てて。そのギルド、『転生者狩り』なんてやってるらしいよ」


「『転生者狩り』…………?」


「モンスターじゃなくて、転生者に敵意を向けるの。目的は完全に不明らしいけど、逆に言えば何がそいつらの怒りの引き金になるかわかんないわけだからね。気をつけるに越したことはないよ」


 パレッタさんは「はい」とゼロに袋を渡す。


 帰り道、俺とゼロとの会話はその『転生者狩り』の話で持ち切りだった。


「そもそも、なぜ『転生者狩り』なんてものが現れたのかしら」


「多分…………その現地人達は、正義感が極めて強い奴らなんだと思う」


「どういうこと?」


「例えば、俺の前世は殺人鬼。お前は死刑執行人。ここに来ている以上、俺達は何かしらの罪を犯しているということになる」


「そんな人たちが今の私達みたいに街で当たり前のように暮らしてたら、現地人は不安だろうし、いい気分もしないだろうね」


 その気持ち、俺にはよく分かる。

 俺はそういう奴らも殺してきた。

『自分の犯した罪をなかったかのような顔で平然と生きている奴』は、とても憎かった。


 だからこそ、そいつらと同じ立場に立った俺はどうすればいいか分からない。


 それに……。


「ねぇ……1つ気になることがあるんだけど」


「……多分、俺とお前は今同じ事を考えている」


 ゼロはゴクリと生唾を飲む。


「俺達が前世で罪を犯してきたという事を知っているのは当事者、つまり転生者だけだ」


「それを現地人が知っているということは、その情報を流している人がいる…………つまり」


 俺とゼロは声を合わせ、同時に言った。


「『転生者狩り』の黒幕は


 それが俺達の結論だった。


「とにかく、パレッタさんも言ってたが気をつけるに越したことは――――」


「きゃっ」


 俺がゼロに注意喚起しようとした時、ゼロが小さく悲鳴を上げた。


 どうやら、他の人とぶつかってしまったようだ。


「大丈夫ですか?」


 茶髪で少し髪が長い少年は、立ち上がると同時に涙目でこう訴えかけた。


「たっ……助けてください!」


 少年は見ず知らずの俺達に助けを求めてきた。


「『転生者狩り』がッ…………!!」


 俺とゼロは顔を見合わせた。

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