第2話 勉強してる俺の頭の上で告白しないでほしいし隣にも寄らないでくれ その1

 紡希にとって、名雲家は未だに他人の家だ。


 何をするのでも、どこか遠慮したところがあって、窮屈そうに過ごしている。

 少なくとも、俺にはそう見えた。


 そうしているうちに春になり、新学期を迎え、俺は高校2年生になった。

 クラス替えがあり、クラスメートは自然と気の合う仲間を見つけてグループを形成していた。そこに俺の居場所はない。


 紡希を立ち直らせるためのコミュニケーション能力を求めつつも、俺はぼっちから抜け出せなかった。


『紡希が名雲家で孤独を感じているのなら、俺だけ孤独から抜け出して快適な環境を求めるわけにはいかない』という、自意識のこじれと言い訳を併発させたようなおかしな精神状態になっていることが、友達作りに二の足を踏ませていた。


「ぼっちがアイデンティティとか終わってるだろ……」


 唯一、俺の取り柄らしいものといえば勉強だ。


 ぼっちゆえに友達との遊びに時間を取られることがない分、勉強時間だけは十分に確保できたから、俺は学年トップ5圏内を維持し続けていた。

 おかげで、休み時間中に勉強をしていてもからかわれたりいじめられたりしない程度には、「勉強ができるキャラ」として認知されていた。


 まあ、だからといって親しまれてはいないんだけどな。


 うちは公立の進学校だけれど、勉強ができる程度ではクラスで一目置かれることはないから。


「人気者になれるのは、もっとわかりやすく華があるヤツだもんなぁ」


 そんなボヤきとともに、一人ぼっちの俺の昼休みが始まる。

 教室でも学食でもなく、校舎裏に隣接した赤茶けた非常階段が俺の昼食用スペースだ。


 まったく人通りがなくて静かで落ち着く空間だ。向かいには体育倉庫がある。すぐ近くにはグラウンドがあるものの、建物同士で挟まれているこの場所は常に日陰になっていて、誰からも見られることはなかった。


 俺は階段に腰掛けて、トートバッグから弁当を取り出す。

 手早くカロリー摂取を済ませると、バッグの中に一緒に詰めていた勉強道具一式を引っ張り出した。図書室以上に静かな環境だから、この際一緒に勉強を済ませてしまえというわけだ。


 しばらくそうして集中しようとしていたのだが。


「――この通り、頼む!」


 ちょうど俺の真上、2階の位置から何やら話し声がした。


「ごめん、いま私、友達と一緒にいる方が楽しくて」


 男の声がしたあと、女の声がした。


「でもオレ、高良井を楽しませるためならなんだってするから」

「私はいまでも十分楽しいから、そういうのは他の子のためにしてあげてよ」


 俺が勉強してる途中でしょうが! と思いながら見上げると、階段のステップの隙間から女子の白い脚を超ローアングルで捉えるハメになった。こんなアングル、フィギュアを下から覗き込んだ時しか無理だ。

 真っ黒な下着を目の当たりにして直視できるほど肝が据わっていないから、さっさと問題集に視線を戻してしまう。とんでもないものを見た、というドキドキは止まらないが。


 聞こえる限り、どうも女子が男子から告白されているようだった。

 その時点で、パンツしかわからなかった女子の正体にピンときた。


 高良井結愛たからいゆあである。


 高良井は校内の有名人で、美人と評判の華やかな女子だった。


 長い栗色の髪の毛先はウェーブがかかっていて、毛穴から妖気を発していそうなくらい艶めかしい白い肌をしていて、つり上がった目尻はいかにも気が強そうな印象がある。制服は着崩してあって、ブラウンのブレザー越しでもわかるくらい胸が大きく、チェック地の赤く短いスカートからはももが大胆に露出している。それでも下品な印象にならないのは、芸術的に体のバランスがいいからだろう。

 誰が相手も自信満々な態度をしていて、卑屈なところが一切なく、俺にとっては直視することすらためらうくらい輝いている、そんな女子だった。


 やたら告白されている高良井だが、今まで少なくとも学校内では彼氏らしきポジションの男子と仲良くしているのを見たことはなかった。クラスの男子と話しているのは見かけるが、それだけだ。告白を受け入れたという話は聞かない。


「わかった。オレがどれだけ本気か見せるよ。ここから大声で『愛してま~す』って叫んだら、高良井はオレの心意気を受け取ってくれるか?」

「それ、全校生徒の前とかじゃないと意味なくない?」

「全校生徒の前だろうが東京ドームのど真ん中だろうができるよ、できるけどさ――」


 高良井と全く接点のない俺には関係のないことだから、勉強に集中し直そうとするのだが、話し声が騒音になって上手くいかない。


 学校での俺は、勉強が最優先だ。


 ここでロスがあると、家の中で紡希と関わる時間が減ってしまう。


 どうやら高良井は告白を断ろうとしていて、それでも男は食い下がっているようだから、高良井の身の安全のためにもさっさとぶち壊しにした方がいいだろう。関わりはなかろうが、一応高良井はクラスメートだし、何らかの危害を加えられたら寝覚めが悪い。痴情のもつれで起きた事件の目撃者としてあれこれ引っ張られるのも面倒だしな。


 俺はおもむろにスマホを取り出すと、Uチューブのアプリを開き、泣いた赤ちゃんをおとなしくする魔力があることで有名な某ポイズンをBGMとして流すことで、告白シチュエーションにハイになった男の目を覚まさせることにした。これなら言いたいことも言えなくなるだろ。恥ずかしくて。シチュエーションがクサいもんな。


 俺の目論見通り、告白男子は意気消沈したようで、『ごめん……出直す』と言って足早に去っていった。


 よしよし、もう二度とここを告白場所に選ぶんじゃないぞ。

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