第8話 お迎えに上がりました



イアンは当惑した。王城での晩餐会に招待されたからである。招待主はシュタイン帝国の第一王子であるレオナルド。「準正装」と指定までされてあり、当日は自宅に迎えがくるという。イアンより4才年上のレオナルド王子とは顔なじみではあるが、特に親しい間柄でもない。


心当たりがあるとしたら、やはりレオナルドの親友であるバート、そしてシーアの件か。シーアはあれ以来、つまり、園庭での出来事以来、仕事を休んでもう3日になる。

「あなたの提案を受け入れる準備をするので待ってほしい」

とだけ連絡があった。


寂しい、寂しい、ひたすら寂しい。


女性と会えないことをこんなにも寂しいと思うのは初めての体験である。自分の心を持て余して、仕事が手につかず、夜も悶々と過ごす。


彼女も眠れない夜を過ごしていたらいい


なんて。


オレはどうしちまったんだろう。





招待状がとどいてから3日後、イアンの屋敷に迎えの馬車が来た。王城なんて毎日のように行っているのに、何だこの仰々しさは。と不思議に思いつつ馬車に向かうと、女性が立っているのが見えた。


薄紫色の、上品でシンプルなドレスを完璧に着こなし、銀色の髪を優雅に結い上げた女性は、イアンをみると恥ずかしそうに微笑んだ。


「シーア、、、」


イアンは呆けたように言ったあと、動けなくなった。シーアは優雅にお辞儀をしたあと、イアンに近づき、


「お迎えにあがりました、閣下」


と言って、手を差し出した。





王城までは馬車で30分ほどである。その30分の間、イアンは沈黙を通した。何しろ女性姿のシーアを見て強く意識してしまい、何をしゃべっていいのか分からない。今まで女性とちゃんと向き合うことをしてこなかった自分を殴ってやりたかった。ただ、しっかりとシーアの手だけは握っている。しかも恋人繋ぎだ。もう手から汗が止まらない。


『きれい可愛いきれい女性だ可愛い本当に女の子だこんなキレイな人見たことない信じられないきれい可愛いなんで隠していた、いや隠せ、オレ以外に見せるなイヤ自慢させろ、やっぱりいいやオレだけだでもかわいい、きれい、、、』


心の中で呪文のように繰り返しているだけで、言葉に出来ない。



シーアは、久しぶりにイアンに会って、単純に嬉しいと思ったが、むっつりと黙り込んで言える彼にどうしていいのか分からなかった。


ただ、繋いでいる手の汗がすごい。手袋が濡れているんじゃないかと思うくらいじっとりしてくる。彼は暑いのかも、と手を離そうとすると、さらにガッツリと握ってきた。


結局シーアは、伝えたい言葉も伝えられずに、なんとか王城のとあるバンケットルームに連れて行った。





二人は、王城の侍従に案内された部屋に入ると、すでにレオナルド王子とバートが席についていた。

イアンたちをみると立ち上がって握手を求める。レオナルドも、バートも、イアンと握手する際「ビショビショ!?」と思ったが、大人なので黙っていた。


シーアは指先だけを触れるだけの挨拶だったが、イアンと繋いでいたのが左手で助かったと思った。

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