1 "みるく"は、ひらがな表記です!

 一人で歩く通学路は、怖いほど静まりかえっていた。さっきまでうるさかった蝉も、一斉に口をつぐみ、ただでさえ重い空気を、更に重くしてくれる。

 いつも晴翔と別れる場所、踏切の奥の十字路に、見慣れないものを見つけて、私は思わず口を開いた。


「晴翔、あれ見て……」


 思わず隣を勢いよく向いてしまってから、そこには誰もいないことに気づく。同じ視線でものを見て、ふざけて、笑い合える人は、もう自分の隣にはいないのだと思うと、鼻の奥がツンとした。

 慌てて首を振って、気持ちを落ち着かせる。


 泣くなんて、私らしくない。可愛い女の子にしか、涙は似合わない。しっかりしろ、と自分を叱咤する。


(晴翔立ち、しなきゃ)


 これは一歩目だ、と自分に言い聞かせて、見慣れないものの前に立つ。


「ジュースボックス?」


 カタカナで書かれた文字を読む。

 それは、気味の悪いほどカラフルな自動販売機だった。直視すると気持ち悪くなりそうで、思わず下を向く。すると、小さな花が、目に入った。


(あ、ヒメツルソバ)


 毒々しい色の下に、丸いピンク色の花が、集まって咲いている。明らかに自分とは喧嘩する色の下でも、平然と咲く花を見ると、自然の力強さを感じずにはいられない。私だったら、自分に似合わない物のすぐ近くで咲いたりなんか、絶対できないだろうから。

 視線を上げて、ディスプレイを眺める。メロンソーダにホワイトサワー、カルピスにミネラルウォーターと、売っているものは、どこにでもあるような飲料ばかりだ。

 整然と並ぶ、カラフルなペットボトルを見ているうちに、無性に甘いものを口にしたくなった。


ピッ


 軽快な電子音が鳴る。

 私は、いつもだったら絶対に選ばない、ピンク色のジュースの下のボタンを、押していた。





 ガコン、と音がして、苺ミルクのジュースが、落ちてくる。しゃがみこみ、取り出し口に手を伸ばした、その時だった。


「こんにちは!」


 真後ろからいきなり声をかけられて、驚いた私は、腕を引っ込めた。ぱっと振り向いた視界が、ピンク一色に染まる。


「!?」


 慌てて、自動販売機から飛び退くように立ち上がった。そこで、自分の真後ろにいたのが何だったのか分かって、私は目を丸くした。



「あはは、ごめんね。驚かせちゃった?ボク、苺みるく担当のミオです!"みるく"はひらがな表記です!よろしくね!」



 まるで花が咲いたように、にこっと可愛らしく微笑んでみせたのは、私より頭一つ小さい、苺みるく色のパーカーを身に纏った男の子だった。

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