3話 邂逅と拒絶

「閣下、あなたのご子息の血はかなり特殊なものです」

魔法の血の権威でありティアマート家の御用魔法医のユーグ・サーフィスは震えを抑えながらケンヴィードにそう告げた

研究者として彼はとてつもない興奮を抑えているようだった。無理もない、今まで見てきた事例の中で最も特殊な魔法の血を持っているのだから。

「まずは説明すると、彼の血は閣下の父方の火の血の他にもう一つの属性血を持ち合わせています。それが彼の扱う炎が黒くなるという原因であろうと思います。それが――今まで見た事も聞いたことの無い属性である可能性がたかいのです」

どういう事だ――?ケンヴィードはユーグに訊いた。

ユーグは抑えられない知的好奇心を露わにして言った。

「恐らく彼の母親は魔血ではない。夜美ノ民であるとは思うのですが、どうして魔血の父親と夜美ノ民の母親から彼みたいな複数属性を持つ事案が生まれたのか私にも予測が立たないのです。学者の私が言うのもなんですが――ミステリーとしか言いようがないんです」

ユーグは困り果てたように思わず苦笑いをうかべる。

だがその話を聞いてケンヴィードは少しだけ心当たりがあった。

レヴィの母、ユノ・リーゥと男女の仲になった頃、普段は自分の身の上話をしない彼女が言ったこと――

「ケン…もしかしたらあなたが火の蛇なのかもしれないわね…」

「……どういうことだ?」

 急にぽつりと言った謎の一言にケンヴィードは思わず首を捻った。

 だがユノはひどく怯えたように方をすくませ言った

「私、若い時、祖国で神託を受けたの。別にそういうの信じるタイプじゃないし、今まで引きずってることもなかったつもりだった。でも――今はその言葉が怖い。本当にその神託が私を巻き込もうとしている気がして……」

 震える彼女の体をケンヴィードは優しく抱き寄せた

 いつも凛としている彼女がこれほどまでに怯えるのは珍しいと思いつつも、ケンヴィードは小さく笑って言った。

「神託なんて所謂ハッタリだ。気にすることはない」

 そう言うとケンヴィードは軽く笑いながら言葉を続けた。

「なんなら俺が聞いてやるよ。その神託ハッタリってやつを」

 その一言を聞いてユノは暗い表情を少し和らげながらも、ケンヴィードに視線を合わせず一言言った。

「火の蛇と交われよ…さすれば我が一族の悲願が生まれる――」

 なぜその時この昔話が頭によぎったのだろう――ケンヴィードはその理由を測りかねていた。

 もし自分が彼女の言う火の蛇だとしたら、どうなるのだろうか?

 彼女の生まれ、彼女の一族、彼女は今まで一度も語ることはなかった。

 それに彼女は夜美ノ民――決して魔法の血に恵まれているはずではない。

 それこそ高名な魔法医学者のユーグ・サーフィスの口から出たミステリーとしか言いようのない彼の存在なのに。

「おい!ふざけるな!なんで俺がこんなド派手で悪趣味な服着なきゃなんねえんだよ!」

火蜥蜴御殿の奥で彼が怒りの声を上げている。

3日3晩眠りこけてた彼もようやく目覚めたようだ

ケンヴィードはブラックコーヒーが並々入ったカップを口につけた。

そして暫くしてからズカズカと大きな歩幅で歩く足音が五点に響き渡る。

そしてその部屋のドアの向こうに彼はすごい勢いで急停止する

少し不格好なスカーフタイ、着崩したフロットコート――

本来の魔血貴族であればキチッとした格好でいてもらいたい所だが、彼ならばそれでもいいかと思いケンヴィードは笑った。

「よく似合ってると思うぞ――」

「――なんの真似だ」

レヴィは次の瞬間、奥の部屋でコーヒーを飲むケンヴィードを睨みつけた。

だがそんな彼を見てもケンヴィードは涼しい顔を崩さなかった

「サランド公爵家の男子として当然の格好だとおもうがな。我が息子よ」

その一言にレヴィは思わず息を飲む。

彼も薄々は感じていただろうが、実際に言われてやはり動揺を隠せなかった。

「ふざけるな·····」

レヴィは小さく吐き捨てるように一言言ったあと、ケンヴィードを憎しみの籠った目で睨んだ。

「何が今更になって我が息子だ·····今更父親ごっこされても迷惑なんだよ!このクソ親父!」

その一言にケンヴィードはティーカップを机に置き静かにレヴィを見つめた

そして小さくため息をついたあと一言言った

「決して許して貰えるとは思ってない」

そう言うとケンヴィードはゆっくりと椅子から立ち上がった。

「お前の恨み憎しみそれがすべて俺に向かっても構わない!それでも俺はもう二度とお前を手を放さない!それがユノが残したたった一つの希望だ」

その言葉を聞いてレヴィははっと目を見開く。

母の名がこの男の口からでるとは思いもしなかったのだろう

レヴィは動揺したように顔を手で覆い弱々しい口調で一言言った。

「あんたに母さんの名前を言う資格なんてない――」

「ああ、お前にとってはそうかもしれないな」

そう言うとケンヴィードはゆっくりレヴィの下に歩んでいく。

レヴィは一瞬拒否感を感じ身構えたが、ケンヴィードはお構いなくレヴィに近づいた

そして次に彼を襲ったのは優しい抱擁だった。

「あの日以来だな·····レヴィ」

その瞬間レヴィの脳裏に稲妻のように走った光景。それは泥まみれの処刑場だった。

「あの時お前を手放したこと。俺はずっと後悔し続けていた。だからどんな運命が待とうとももう二度とお前を放さない――」

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