8話 許されざる命

「ごめんなさい、ケン。私――赤ちゃんができたかもしれない」

彼女はひとつ謝りながらケンヴィードにその言葉を告げた

本来であれば結ばれてはならない間。それは彼女も自分も重々承知の上だった。

だがその告白を聞いた次の瞬間、ケンヴィードは彼女の褐色の色の細い体を抱きしめていた。

許されざる命が宿った彼女が愛おしくてたまらなかった。

「ユノ、この戦争が終わったら――結婚しよう」

許されざる恋をして許されざる命を授かった彼女を最後まで愛せるのは自分しかいないと思った。

だからこの大戦が終わったら全てを精算して彼女だけの男になろうとケンヴィードは決めていた。

だけど、運命はとにかく非情だった

自分は地位を捨てることを許されず、サランド公の爵位を受け継ぎそして愛のない政略結婚をしてしまった。

そして彼女は――自分たちの愛の結晶だけ残し断頭台のつゆと消えていった。

「嫌だ!」

彼女が処刑される会場に一人の男の子が泣き叫んでいた

黒い髪に褐色の肌の――異国の血が混じった少年だった

「嫌だ!母さんを助けるんだ!」

彼は警備兵に捕まりながら必死で訴えていた。

今思えばそれが彼女が自分に残した許されざる命だった。

何故、俺はそんな彼を手放してしまったのだろう。

あの時しっかり受け止めてやれば、彼をここまで苦しめることにはならなかったのに――

ケンヴィードは深いため息を混じらせながら煙草の煙を吐いた。

火蜥蜴御殿の外回廊、その先の部屋で戦いで傷ついた彼はその生死をさまよっている。

深く負った裂傷、そして体に注ぎ込まれた毒により確実に救えるかどうかは保証できない――魔法医学の権威でありティアマート家御用魔法医であるユーグ・サーフィスはそう一言ケンヴィードに伝えてきた。

「それでも構わない。最善を尽くしてくれ……」

周りの人間は何処の馬の骨とも分からない異人混じり半魔血にどうしてここまでするのか、疑問だったに違いない。

だがそんな疑心の目などケンヴィードは何も気にしなかった。

誰に何を言われようとも絶対に彼の手を放さない。許されざる命として生まれた彼をもう二度と放すわけには――

「ケン·····」

その声を聞いてケンヴィードはその視線を左に向ける

そこに居たのはいつもと同じように綺麗に着飾った妻シエラが不満げな表情を浮かべ立っていた

「一体何がおきたの?ソフィアが誘拐されて大怪我を負ったって本当なの?」

その一言にケンヴィードはただ静かに「ああ……」と小さく答えるのみだった。

「あなた·····娘が酷い目にあったのよ!」

その答え方が不満だったのかシエラはいつもの様にケンヴィードに食ってかかった。

「誘拐犯はちゃんと処分したんでしょうね?それでも私のソフィアを傷つけたのだから、それ相応の罰を食らわさないと気がすまないですわ――」

「シエラ·····」

ケンヴィードは言葉少なに低く言った。

「すまない。今は一人にしてくれ·····」

「え·····?」

その一言を聞いてシエラの顔に不安がよぎる

「まさか、ソフィアの傷はそんなに酷いのですの?まさか、まさかもう手遅れってことですの――?」

「ああ、ソフィアなら今ジェイナスが――」

ケンヴィードがそう言い換えてもなおシエラの心配は増幅し始める

ああ、これはもう何を言っても無理だな――そう言いたげにケンヴィードは思わず天を仰いだ。

「ああ!もうハッキリしないのね!実の娘が死にかけているのにあなたはいつも通りの態度。ほんとにあなたはソフィアが可愛くないの――」

「あ、シエラ姉さん!」

そんな彼女の言葉を止めたのは奥の部屋から明るい顔で出てきたジェイナス・エアグレイスだった。

「ジェイナス!ソフィアは大丈夫ですの?」

シエラはそのままジェイナスを押し倒すような勢いで彼に縋った。

あまりの勢いに思わず圧倒されるジェイナス。

それを優しそうな目で見つめこちらに近寄ってくる眼鏡姿の魔血の青年が彼の背後から近づいてきた

「ご安心くださいサランド公爵夫人」

彼――魔法医ユーグ・サーフィスは優しく微笑みながらシエラに一言言った。

「お嬢様の傷はさほど深くなく今は眠っておりますよ」

「あ、先生。ソフィアを治したのは僕ですよ!それをちゃんとアピールしてくださいよ!」

ジェイナスは一言そういうとユーグを見た。

ソフィアの幼馴染であるジェイナスは魔法医を志す学生でもあり、今は魔法医の権威であるユーグ・サーフィスに師事していた。

「本当ですの?サーフィス先生?」

シエラは縋るような目でユーグを見つめる

そんな二人の間に割り込むようにジェイナスは言った

「だから姉さん。僕がソフィアを治したんだって――」

そんなやり取りをしているシエラとジェイナスを横目に、ユーグはその瞬間すこし暗い表情を浮かべケンヴィードを見た

「サランド公·····少しお話が――」

その一言にケンヴィードは覚悟を決めたように息を飲んだ。

最悪の結末が頭によぎったのだ

「安心してください、彼の命は取り留めましたよ」

ユーグは一言そういった後にケンヴィードの耳元で囁いた

「ただ、お知らせしたいことがあります。どうか人払いを·····」

ケンヴィードはその事を聞いて、ユーグを火蜥蜴御殿のある部屋へと通した

何を言われようとも覚悟の上だった。

きっと魔法医であり魔法の血の研究権威であるユーグ・サーフィスは気付いるであろう。

自分と彼との関係性を――

「閣下――私は何から話せばいいですか?」

ユーグは優しげな顔で一言そう言った

その笑顔も恐らくこちらを安心させるためであ

ろうがその優しささえも今は痛みさえ覚えた。

「ユーグ、ここで話す事実は口外は禁止だ」

ケンヴィードは緊張感の張った声で一言言った。

「お前はどこまで気づいてる?素直に言っていいぞ」

その一言にユーグはすこし複雑な表情を浮かべた。

だがしばらくの沈黙の後彼はしっかりとした声で一言言った

「彼はあなたの息子なのでしょう?」

その一言にケンヴィードは深いため息と一緒に「ああ……」と答えた

「でも、私が危惧しているのはその事実ではありません」

その一言を言った次の瞬間、彼は初めて不安で表情を曇らせた。

その手はすこし震えている様にさえ思えた

「ユーグ、どうした?」

そんなユーグを見てケンヴィードは気遣うように言った。

だが、それでもユーグの狼狽具合は治ることはなかった。

「閣下、あなたのご子息は――もしかしたらとんでもない人物かもしれません」

その一言にケンヴィードは思わず目を見開く

魔法の血の権威である魔法医ユーグ・サーフィスは気づいていた。

彼の――レヴィ・リーゥの血の中に潜む魔法帝国このくにの常識を覆しかねない秘密を。

そしてその血の秘密が魔法帝国このくにを――否、大陸全体を巻き込む渦になるということを。

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