7話 あんたの幸せが憎い

「ちっ·····外した」

 ティディエは一言そう舌打ちするとと魔剣を翻した

 その刃はまるで水の羽衣のようにしなやかに煌めいた

 魔剣には剣のように硬く鋭い魔法の刃を出す『直刃型』と鞭のようにしなやかでリーチの長い魔法の刃を出す『鞭刃型』がある

 ティディエの愛刀である『ウンディーネリボン』は水の帯のような魔法の刃の鞭刃型の魔剣だった。

「背後から襲うなんて卑怯よ」

 標的ターゲットソフィア・ラキア・ティアマートはそんな彼女の攻撃をかわし一言言った。

 だがティディエは得意げな表情を浮かべ魔剣をしならせた

「卑怯で結構。だってあんたの命を奪えればあたしはそれでいいから」

 そういうとティディエはニヤニヤしながら水の帯を翻す

 途端にその水は強い衝撃となってソフィアへと襲いかかった

 ティディエは勝利を確信した。自分の刃は絶対に避けられないそう思ってやまなかった。

 しかし、その楽観的な予想は裏切られる

 次の瞬間、ティディエの水の刃の手応えが一気に軽くなった。

 ティディエの目に見えたのは自分の水の刃を一刀両断していたソフィアの火の刃だった。

「言ったでしょ。私は烈火の剣聖の娘だって」

 彼女の手にはまるで針のように細い赤い魔剣が握られていた。

 魔剣『ファイアビー』――レイピアのように刀身の細い赤く燃える刃をソフィアは翻し得意げな表情でティディエを見た

 そんな彼女を見てティディエは心の中にある苛立ちを顕にした。

 彼女は歯を食いしばりながらその場で水の刃を何度も何度も翻した。

 許せなかった。ソフィアが自分より満たされているのがティディエは許せなかった。

 彼女や彼女の父親を地獄へ送るために血のにじむ思いをしてきたのだ。

 それなのになんの努力もせず満たされ幸せに暮らしているソフィアに負けるこおはティディエにとってあってはならない話だった。

 だから、絶対に負けてはならない。

 有無を言わさず彼女を殺さなくては自分の努力が無駄になる――と

 辺りに狂おしい水の刃が振り下ろされる。

 ティディエには勝算があった。

 直刃型はリーチ的に鞭型には負ける。絶え間なく攻撃し続けていれば彼女は自分の懐には入って来れないはず。

 つまりこの戦いあたしが攻撃し続けていればいるほど勝ち目がある――そんな目算が彼女の頭の中にあった

 だがソフィアはその刃を交わし続ける。

 時には水の刃を切り落とし、時にはその落下点を計算し避けたり――

 ソフィアはその時、父の言葉を思い出していた

「鞭刃型の魔剣はリーチはあり隙がないように見えるが、ある一定の間合いに潜りこめば攻撃されない安全地帯がある」

 ほんとだ。お父様の言う通りだ。

 絶え間なく続くティディエの攻撃の中ソフィアはその隙の間合いに潜り込もうとジリジリと彼女との間合いを寄せていく。

 そして、ソフィアの首を狙った水の刃をしゃがんでかわした次の瞬間、ソフィアは滑り込むようにティディエとの間合いを詰めた。

 そして次の瞬間、ソフィアはその炎の刃を前に突きつけた。

 その刃はティディエの喉元でピタッと止まっていた。

「な……」

 ティディエは刃を突きつけられ思わず絶句した。

 まさか、あの猛攻の中に入り込む隙があったのだろうか?

 ありえない。間合いを一番気にしていたはずなのに――

「勝負ありね」

 ソフィアはニヤッと笑った

「さてどうするの?他にも仲間がいるんでしょ?まあ、私がまとめて倒しちゃってもいいけど」

 その言葉にティディエは悔しげに彼女を睨みつけた。

「あんたそれであたしたちに勝ったつもり?」

「そうね……少なくともあなたには勝ったわよ」

「うるさい!」

 ティディエは吐き捨てるようにそう言うともう一度ソフィアを睨みつけた。

「あんたはこれから地獄に行くのよ!あたし一人に勝ったからって得意げにならないで!」

 その一言にソフィアは「そう·····」と小さく頷くと彼女に突きつけた魔剣を強く握り返した。

「言いたいことはそれだけ?なら――」

 その時だった、剣を突きつけるその先にゆらりと現れた人影がソフィアの眼に写った

 その人物を見たその瞬間、彼女の身体に不思議な感覚が走った

 血が騒いだ――のだ

「あなた……!」

 ソフィアはその人物に向かって思わず睨み返した

 艶やかな黒い髪に赤い瞳、そして褐色の肌をした彼――それは、あの夜会で遭遇した暗殺者の片割れ。

 どうしたのだろう――彼の顔を見る度に身体に変な力が走る。

 まるで血そのものが動揺しているかのように

「おっと、そこまでだよお嬢さん」

 その声は彼女のすぐ背後で響いた

 ソフィアははっとそちらを振り向くと、右手を彼女の首筋にかざす赤髪の少年いた。

「君の命、僕の胸先三寸で奪うことができるよ」

 しまった――ソフィアは思わず息を飲む

 ちょっとした隙を見せたせいでいきなり窮地に追い込まれていたのだ。

「私、殺す気?」

 ソフィアのその言葉に彼は笑った

「まさか、ただでは済まさない。重要なのは君じゃなく君のお父さんだ」

 その一言にソフィアは彼に鋭い視線を向けた

 だがその瞬間、彼女の意識はふっと途切れる

 催眠魔法スリーピング――誰がそれをかけたかわからないけど、これほどの使い手が揃っているのであればそんなの関係ない。

 完璧なる罠だった。ソフィアは意識を失いそのまま道端に倒れ込む。

 ただ、この事件に父を巻き込むことだけを危惧しながら。それだけが心残りだった。

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