3話 セシリアの疑念

 サランド公爵ティアマート家の帝都別邸『火蜥蜴御殿』

 その場所に久しぶりに足を踏み入れた騎士団の隊服を着た長くつややかな赤い髪の美女

 魔法帝国首席召喚士セシリア・オノリコ。

 彼女にとってここ『火蜥蜴御殿』は実家以上に実家に近い場所だった。

 セシリアがまだ12歳位のいたいけな少女だった頃。魔法騎士団の隊長であった父が戦死した。

 母はそのずっと前に流行病で無くなってしまっていたため、セシリアと幼い妹リーザは父の友人であり上官でもあったこの屋敷の主ケンヴィード・ゼファー・ティアマートに引き取られた。

 そしてその瞬間、セシリアとリーザの進むべく道も自ずと決まった。

 亡くなった母の召喚士としての才能を引き継いだセシリアに、戦死した父の巨大な魔剣を扱う才能を受け継いだリーザ。

 二人は自然とその進路を魔法騎士団へと向けていた。

 まあ妹のリーザはその後いろいろトラブルを起こしてしまい魔法騎士団を除隊することになるのだが――

「姉様!」

 リーザはセシリアを見つけると見つけると回廊を早足で駆け出した

「お久しぶりね。リーザ」

 まるで子供のように彼女にぎゅっと抱きついた妹を見てセシリアは優しそうに笑った

「急にどうしちゃったの?帰るなら言ってくれたら迎えるのに·····」

「やだ、大袈裟ね。今日はおじ様に少し話があって来たのよ」

 その一言にリーザは反応したように、顔を赤くして言った

「姉様·····ケンヴィード様をおじ様って呼ぶのやめてよ·····」

「何で?私は魔法騎士団に入ろうがなんだろうがおじ様はおじ様よ」

 姉のその反応にリーザはさらに顔を赤くして固まった

 そんな妹を見たセシリアはクスッと笑い足を進め回廊を歩き出した。

「姉様ー。私一応ケンヴィード様の近衛騎士だよぉー。変な呼び方されると気合いが·····」

「あなたも昔みたいにおじ様って――」

「言えるわけないじゃん!」

 リーザはセシリアの言葉を大声で遮る

 相変わらず彼女の顔は自分の頭以上に真っ赤だった

「もーからかうだけで来たのならやめてよー。調子が狂うー」

「でもよかった。騎士団やめてあなた腐っちゃうかなと思ってたけどちゃんと意欲が湧いていて」

 その一言にリーザは不満げに腕を組みながら言った。

「そりゃ、憧れのケンヴィード様をお守りしてますから――」

「まあ、あなたが守る以前におじ様なら自分で――」

「だめー!それじゃあ私の存在意義があ!」

 セシリアの意地悪な一言にリーザはムキになって言った。

 いくら強い魔法剣士として成長したリーザだが、彼女の前ではただ幼い妹でしかなかった。

「もう、だからからかわないでよ」

 リーザはそう言うと少し不貞腐れた。

「それで、姉様はケンヴィード様になんの用で?」

 その一言にセシリアは先程までの妹をからかう様子から一転して真面目な表情で言った。

「イスラーグの話しよ」

 その男の名前が出た瞬間、リーザの表情から余裕が一気に消え去った。

 無理もない。彼女が魔法騎士団を離れた最大の理由が団長のイスラーグ・ジェラールそのものだったからだ。

「あの男。またやらかしだの?」

 リーザは明らかな嫌悪感をだしながら一言行った。

 だがセシリアはそれ以上話は進ませなかった。

 やがてセシリアはケンヴィードの書斎へと案内される。

「おお、セシリアじゃないか·····」

 普段はサランド公として超多忙な生活をしているケンヴィードであったが、この日は休日だったらしく書斎でゆっくりと本を読んでいた。

「おじ様、ご無沙汰しておりました」

 セシリアはそう言うとケンヴィードに敬礼した。

 その奥では「だからおじ様はやめてよ·····」と言いたげに顔を赤くするリーザもいた。

「どうした?急に連絡もなく帰ってきて·····もしかしてイスラーグとまた喧嘩したか?」

 ケンヴィードは相変わらず冗談を冗談とも取れない事をセシリアに面白げに言った

 それを注意しようとリーザはわざとらしい咳払いをひとつした。

「まあ、その事でも知らせたいことがあるのですが·····」

 そう言うとセシリアは真剣な表情でケンヴィードを見据えた

「おじ様·····もしかして、もう一人子供がいるんじゃないですか?」

 セシリアのとんでもない一言に場は一気に鋭く凍てついた。

 それに急に焦りだしたのはなぜかリーザだった

「な·····何言ってるの姉様·····」

 リーザは必死でそれを打ち消すかのように姉に迫っていく

「ケンヴィード様に失礼だよ!姉様!今の本気なんかじゃ·····」

「ごめん·····」

 セシリアはその瞬間緑色の瞳から涙を零した

 リーザにとって初めて見る姉の涙だった。

「私、もう隠し通せない。こんなこと隠せないよ――」

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