5話 暗殺者ギルド『ブラッドキラー』

 俺の知らない母さんがいる。

 誰よりも優しくて誰よりも強い母さん以外の母さんがいる。

 母の出自、父との出会いと別れ、そして暗殺者として従事していたという事実――

 すべて俺の知らない母さんばかり。

 それを思う度、レヴィの心は強く締め付けられる。

 もっと知りたいという気持ちが半分、知りたくもないという気持ちが半分。

「このペンダントがあなたとあなたのお父さんを結びつけてくれる。だから絶対に離さないで·····」

 レヴィは首につけたペンダントを掴む。

 銀の蜥蜴の彫刻、スピネルの宝玉。十中八九その前の持ち主は高貴な出であるのは間違いない。

 だからこそ許せなかった。

 異邦人の母さんを捨ててのうのうと優美に暮らしている父親が許せなかった。

 そしてその怒りこそが自分の原動力だと思っていた。

「くそ·····」

 レヴィは悔しげにそう吐き捨てるとペンダントを握りしめた

 ここは帝都の東側、娼館や居酒屋が立ち並ぶ繁華街にあるレストラン『ブラッドキラー』

 だがそれは仮初の姿でしかない。

 このレストランの本当の姿――それは暗殺者たちに仕事を斡旋する暗殺者ギルド『ブラッドキラー』だった。

「ねえ、レヴィ……」

 そんな店のカウンター席に座って物憂げにペンダントばかり眺めるレヴィを隣に座っていた非魔血の少女は不思議そうに眺めていた

「せっかくパパが出したパスタ食べたら?冷めるよ?」

 彼女のその一言にレヴィは何も言葉を発せずにフォークにパスタを絡ませた。

 その不機嫌さに少女は少し不満げな表情を浮かべた

「一体なんなのよ。今日のレヴィおかしいし」

「別に·····」

 レヴィは言葉少なげに一言言った

「お前こそ、俺みたいな混ざり者と喋ってたら他の暗殺者に絡まれるぞ、シャラン」

 レヴィのそんな忠告も諸共せず、彼女シャラン・クイントンは親しげにニコニコする

「そんなにそのペンダント気になるの?」

「ああ――!?」

 その瞬間、レヴィはその首元にあのペンダントが消えているのに気づいた

 ハッとしてシャランを睨みつけるとペンダントはいつの間にか彼女に手の中にあった。

「不思議よね。明らかにこのペンダント高価そうだし売っぱらったらいい値になりそう。どこの女に貰ったの?」

 そんな彼女をレヴィは怒気を孕んだ視線で睨みつけた

「返せよ·····」

 そんな視線を受け流すように彼女はレヴィのペンダントをぽんと投げた

「やだなあ、本気で盗んでないわよ」

 そういうとシャランはレヴィにペンダントを放り投げ返した。

 相変わらずの手癖の悪い女だ――

 レヴィは苦々しくそう思いながらパスタを口に放り込んだ

 シャランはこの界隈でかなり有名なスリ師だ。

 但しその相手は魔血貴族だけを標的ターゲットにしており、彼女的は義賊だと言うことだ。

「でもさあ、そのペンダントのモチーフってどこかの魔血貴族の家紋じゃないかなあ?図書館とかで調べたりしたらすぐ身元われそう――」

「シャラン」

 その言葉を言ったのは、カウンターの奥でワイングラスを拭いていた義肢の店主の男だった。

「それ以上詮索するんじゃない。彼には彼なりの事情があるんだ」

 義肢の店主であり暗殺者ギルド『ブラッドキラー』レミオ・クイントンは愛娘にそう忠告する

 それに対しシャランは素直に「はぁい」と返事を返した

「ねえ、マスター……」

 レヴィはパスタの皿にフォークを置くと迷いの見える視線でマスターのレミオを見た

「マスターは俺の母さんが暗殺者だったってこと知ってるよね」

 その一言にレミオはため息混じりに「ああ」と答えた上で言葉を続けた。

「うちとは違うギルドに所属してたみたいだけど、噂はかねがねきいていた。相当の実力者で魔血と相対しても引けを取らなかった」

 その一言を聞いてレヴィの心はすこし締め付けられた。

 自分の知らない母、自分には絶対に姿を見せなかった母がそこにはにた。

 レヴィは徐に腰に差していた短剣を抜いた

 その刀身はまるで夜の闇のように深い黒。

 周りからはこの国の鍛冶技術では到達できない完成度の刃だと言われてきた『双燕ツインスワロー

 それが母が自分に残してくれたもうひとつの形見だった。

「母さんは何のために魔法帝国このくにに来たんだろう·····」

 そしてどうして父親と出会い別れそして自分を産んだのだろう

 考えても考えられない。考えたくもないその答え。

 レヴィはそれを打ち捨てるように『双燕』を鞘似しまい込むと席を立った

「ご馳走様、マスター」

 レヴィはそう言うと席をたちレミオを見た

 彼は何も言わなかった。それがマスター・レミオの優しさだとレヴィは悟った。

「待ってよ!レヴィ」

 店の外に出て彼をおってきたのはシャランだった。

「パパはああ言うけどやっぱりそのペンダントは絶対高貴な魔血貴族の紋章だと思うんだ。だからやっぱり図書館とかで調べた方が――」

 そんなシャランのお節介だったが、レヴィは全く無反応だった。

 彼はある一点を険しい表情で見ていた

 そこに居たのは、烏みたいな大きさをした凍えるほど青い鳥だった。

「ちょっと、レヴィ。聞いてる?」

 だがシャランの目にはその珍しそうな青い鳥は全く見えていない

 無理もない。その青い鳥はある魔血の使い魔なのだから。

 所詮非魔血であるシャランの目には映らないのだ

「わかったよ。あいつに伝えとけ」

 レヴィはその青い鳥に向かって不満げにそう呟くと

 その青い鳥は涼やかな羽音を出しその場から飛び去った。

 レヴィがあの青い鳥から受けた指示――それは夜にあの男の屋敷に来いということ。

 どうやら昨日の仕事の報告をサボったのが気に入らなかったのかどうなのか分からないが、レヴィはあの男に呼び出された。

 魔法騎士団団長イスラーグ・ジェラール。

 その男はレヴィの才能に最も早く気づいた男だった。

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